夜を裂く閃光、その境界で君を呼ぶ
託された『想い』
【精神世界】
世界は音を失い灰色のノイズだけが視界を塗りつぶしていた
凛は膝を抱え自分という不完全なバグを消去するために深淵の底へと意識を沈める
肺の形さえ忘れたような浅い呼吸
喉の奥には冷たく硬い石が居座り喘鳴さえも外に漏らすことを許さない
指先は氷のように冷え血液の循環を拒絶し、ただ死を待つ情報の塊へと成り果てていた
凛は願う
このまま誰にも触れられず無機質なデータの塵になりたいと
だがその絶望の膜を破り現実世界の凄惨な情報が精神の最下層へと突き抜けた
焦げたアスファルトの臭気
焼き付くガソリンの匂い
そして誰かが無理やり肉体のリミッターを外した時に放つ悍ましいほどの生の熱だ
凛の閉ざされた鼓膜に接続部インターフェースを通じて烈の泥臭い心拍が流れ込んでくる
ドクン、ドクン
それは救いを求める音ではない
ただ一人の少女を繋ぎ止めるためだけに己の命を燃料として燃やし尽くす男の執念の鼓動だった
【現実世界】
「……っ、ハハッ……速すぎて笑えねえぞ!!」
烈は血飛沫を夜風に撒き散らしながら笑った
時速200キロを超える加速の果て
背後には座標を固定し逃げ場を奪う死神の絶対命令&追記が漆黒の鎌となって迫っている
烈の脳細胞は極限状態でスパークし死神の二次元的な追走ロジックの死角を射抜いた
「絶対命令:『事象整合・不変固定』」
「追記:慣性維持・極点跳躍」
次の攻撃をファルコンが受け止めたとしても その衝撃に耐えられるほどの耐久性はもうない
それに ファルコンには相棒も乗っている
残された選択肢は一つしかなかった....
烈は迷わずアクセルを全開に固定し 高速道路の断絶したガードレールへと直進した
「……あばよ、死神!!」
烈の身体が そして愛機ファルコンが、夜の深淵へと向かって宙へ躍り出た
烈の『賭け』は...
当たった
(あいつの絶対命令は『平面』だけだ。二次元に特化しすぎて「高さ」への追従がクソ甘い……!)
空中で烈の脳細胞がスパークし 死神のロジックの死角を完全に射抜く
勝機はここ、三次元の空間にしかない
宙に浮いた機体。逃げ場のない空中。
烈は、自分を追ってきたファルコンへ向けてパイルを叩き込んだ。
「空爆形態!!」
ドォォォォォォォォォォォンッ!!
凄まじい爆圧が烈の身体を垂直に跳ね上げ、逆に漣と凛の接続を担うファルコンを強引にハイウェイの路上へと押し戻した
烈の視界が火事場力の反動で白く染まる
天高くには深夜の凍りつくような冷たさを湛えた満月が世界のすべてを暴き立てるように輝いていた
【精神世界】
その拒絶の静寂の中で漣の脳裏にかつての自分自身の残像が過る
冷え切った部屋
無機質な端末
効率と数値だけを友とし他者という名の不確定要素を排除し続けた孤独な解析屋
バグを嫌いノイズを厭いただ最適解だけを求めて摩耗していったあの日々
その無彩色で空虚な残像がいま目の前で震える凛の絶望と寸分の狂いもなく重なった
「……ああ、そうか」
漣は気づく
自分はただ目の前の少女を救いたいのではない
あの頃、誰にも見つけてもらえず助けてという声さえ出せないまま、ただ静かに消えるのを待っていた過去の自分自身をいまの自分の手でデバッグしに来たのだと
漣は救い手としての高慢さを捨て泥臭い執着を指先に込めて凛の肩を抱き寄せた
烈という男が自分に理屈抜きの情熱を教えてくれたように
死んだ親父が自分にエンジニアとしての矜持を残してくれたように
今度は、自分が凛にとっての「道」にならなければならない
漣は震える凛の肩を、その細い体温を確かめるように強く抱きしめて、静かに、けれど逃げ場のないほど鮮明に告げた
「凛、前を見ろ。……あんたを導くための光なら、俺たちが 今ここで……これからも 作ってやる。あんたを、もう二度と独りにはさせない」
その 一人の男としての、そして一人の人間としての誓いが 凛の心臓の奥底で燻っていた最後の氷を爆砕した
「……独りには……させない……」
その瞬間、凛は気づいていなかった
自分の瞳から 熱い雫がこぼれ落ちたことに
死神、凶器、演算プログラム。
そんな暗闇に独りぼっちでいた自分
けれどこの男は、その闇を焼き払う光を「これからも」作り続けると約束した
その響きが 凛の閉ざされた記憶の深層にある佐伯教官の怒鳴り声と ついに一つに重なった
『凛! 敵を殺すための武器になるな。生き残るための牙を持て。お前が掴むべきは冷たい鉄じゃねえ。
.......明日を生きるための、お前自身の温もりだ』
佐伯教官が遺した願い
漣がいま、自分のために灯した覚悟
それは憐れみでも、一時的な救済でもない
「お前を独りで行かせない」という、一人の人間が別の人間へと手渡す、繋がれた意志
「教官……っ、『漣くん』……っ!!」
一つ、また一つ。
止める術を知らない涙が 堰を切ったように溢れ出し、彼女の視界をぐしゃぐしゃに塗り潰していく
マヒしていた指先に血が巡り 奥歯の力が抜け 鼻の奥がツンと痛み出した
喉が、熱を欲して鳴った
心臓が、痛いほどに明日の鼓動を刻みたがっている
私は。
暗闇に消えるだけのバグじゃない。
光に導かれ、いつか誰かを導くための、生身の人間だ
私は...!
「生きたい……! 帰り、たい……っ。……っ、…………漣くん……っ!!」
凛が漣の腕を その実感を 強く掴み返した
その刹那、彼女を縛り付けていた「死神」の呪縛が、内側から爆発した生の奔流によって粉砕される
「っ、う、あああああん……っ!!」
慟哭と共に、無理やり凍結されていた彼女の時間が猛烈な勢いで融け始めた
幼かった四肢はしなやかに伸び、あどけなさを残していた顔立ちは 一瞬にして一人の少女としての凛とした美しさへと輪郭を変えていく
それは誰かに与えられたアップデートなどではない
システムに奪われていた『十七歳の自分』を 彼女が自分自身の意志で奪い返した瞬間だった
そう。封じられていた心の成長...そのものを
その刹那、精神世界を支えていた灰色の空が足元から凄まじい速度で霧散を始める
凛を繋ぎ止めていた漣の身体が境界線の崩壊に巻き込まれ、静かに、だが鮮やかな白い霧となって解け始めた。
【現実世界】
「いけぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」
烈は空中に投げ出されたパイルの薬莢を足場にして空を蹴った
『追記:火事場力、解放率100パーセント...!!』
肉体のリミッターが完全に消失し細胞のひとつひとつが咆哮を上げる
銀色の満月を背負い天から急降下する烈
夜風を切り裂き閃光が如く 街の灯火を背負って上がってくる死神へと、烈は自らを一丸の弾丸として叩き込んだ
その時だった
死神の象徴である双剣が、月明かりに溶けるように『消失』した
そう、まさに精神世界で凛が救いを受け入れた瞬間と同じ時に
烈は真っ赤に腫れきった右腕を突き出した
それは少女を孤独から そして雨宮の秩序から物理的に止めようとする......まさに『閃光』だった
【収束する運命】
精神世界で凛が 漣の手を その掌の温もりを強く握りしめた。
現実世界の夜空で二つの『閃光』が衝突した
銀色の月を背負い天から牙を剥く烈
街の灯火を背負い地から這い上がる死神
交差する軌道
爆ぜる火花
コンマ数秒の静寂
「帰り、たい……っ。……っ、…………漣くん……っ!!」
ドカァァァァァァァァァァァンッ!!
爆流が夜空を白く染め上げ、全ての理を飲み込んでいく
……。
…………。
一瞬、世界の音が消えた。
爆炎の残光の中、砕け散った黒い装甲が まるで黒い雪のようにハイウェイへ降り注ぐ
咆哮を上げた烈の執念が、死神の絶対命令を真っ向から粉砕した
烈が 勝った
精神世界の崩壊と同時に死神の主導権が凛へと回帰する
その瞬間。
同時に 精神世界の境界が音を立てて崩壊する
凛を抱きしめていた漣の身体が 淡い光の粒子へと変わり 夜風にさらわれる霧となって解けていく
「漣、くん……っ!」
凛が伸ばした指先は もう彼には届かない
だが 彼が消える寸前。
凛の頬を包んだ手のひらの「熱」だけが、バグでもデータでもない、確かな記憶として彼女の肌に焼き付いた
ダイブを終えた漣の意識はそのまま現実へと引き戻され 赤いノイズが晴れた凛の口元から漏れる 一筋の白い吐息へと姿を変えた
それは漣がその存在を削ってまで彼女に注ぎ込んだ命の証
凛が独りではないと告げる、世界で一番優しい「体温」だった
凛はゆっくりとまぶたを持ち上げた
止まっていた呼吸を深く吐き出し、夜空を漂う自分の白い吐息を見つめる
冷たく青い月光が 涙で濡れた頬を刺すように照らす
肺を満たす空気の冷たさ。
胸を突くような鼓動の痛み。
痛い。熱い。
そのすべてを愛おしく思うほど、自分はまだ、どうしようもなく生きていた
意識が、遠のく。
烈が空に刻んだ純白の残光に見守られながら、ただ深い静寂が、落ちゆく少女を優しく包み込んだ
凛が『漣』の名前を知っていた理由とは...
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ここまで読み進めていただき、本当にありがとうございます!!
最強の「死神」というシステムを前に...
烈が選んだのは計算外の三次元機動
漣が選んだのはこれまでの自分なら「非合理的だ」と切り捨てていたはずの 剥き出しの抱擁と約束でした
クールな漣が 最も泥臭く そして「恥ずかしい」ほど真っ直ぐな言葉を凛に投げかけたのは、彼自身が烈や父から受け取った「熱」を ようやく自分のものにできた証でもあります
「俺たちが光を作ってやる」
「もう二度と、独りにはさせない」
この不器用で力強い誓いこそが、凍りついた凛の心を溶かし 彼女を「死神」から「一人の少女」へと連れ戻しました
ってか漣、普通に告ってね?
あと漣と凛は同じ十七歳。同い年です
次回、第二十三話
「零れ落ちた仮面、拾い上げた約束」
「烈の覚悟が格好良すぎて痺れた……!」
「漣、ありがとう……!」
「凛……救われて本当によかった……っ!」
と少しでも思っていただけた方は、
ぜひ【★★★★★】での応援とブクマをよろしくお願いします!!




