第二話 『原石』は光を帯びて
執行官、襲来。
戦利品を手に、漣は『低負荷区』へと戻った
そこは政府が管理する偽りの安息地
街ゆく人々は、あの日――『大崩壊』が世界を削り取ったことなど忘れたかのように、無機質な街路で明日を笑い飛ばしている
その笑顔が漣にはひどく滑稽に、そして鋭利な刃物のように感じられた。
父、九条弦。
大崩壊を起こした張本人
世界を壊した「大罪人の息子」である漣にとって、この平和な日常は、いつ崩れるともしれない『バグ』のような別世界だった。
周りの視線が痛い。
そんな「痛み」から身を隠すように、漣はカバンの中に眠る亡き父が遺した未起動の解析機『エイジャス(AGIS)』に触れながら路地裏へ向かった
解析屋らしい闇の中へ...
その時だった
路地の入り口、雨の音が不自然に消えた
「僕は雨宮、政府の執行官だ」
その言葉を聞いた漣はとっさに振り返る
「そして、解析屋:九条 漣。君をここで殺す」
そこに立っていたのは一人の男
白一色の軍服を纏った、まさに冷徹な秩序の化身
「君が扱う情報は、国家を揺るがす『毒』だ。君自身の素性も鑑み、政府は君の抹殺を決定した」
雨宮が指を鳴らす
降り注いでいた雨粒が空中で一瞬にして結晶化し、鋭利な氷の針へと変貌した
数千の氷の針が、漣の退路を完全に断つ
先程の半グレとは格が違う
本物の、理を追記する者の圧力
「『氷葬・上書き』」
放たれた氷の嵐
数千の氷の矢が、重力さえも無視した軌道で漣を包囲した
漣は反射的に左手を前方へと突き出した
「『追記:遅延実行!」
ガキン、と硬質な音が響く
氷の針がポーズボタンを押したかのように静止した
漣は全感覚を研ぎ澄まし、氷の針を強引に保留するが、脳を直接焼かれるような負荷に意識が遠のきかける。
雨宮はその様子を冷徹に見透かしていた。
「無意味だ。君のその不完全な力では、僕の絶対命令は止められない。『絶対命令:凍結』」
雨宮の巨大な氷槍が、漣が維持していたラグの空間を紙のように易々と引き裂いた
「が……はっ!?」
衝撃。背後の壁に激突し、後頭部から生温かい血が滴る
手放したカバンから、チタン製の端末『エイジャス』が路上の水溜まりへと転がり出た。
「……ガラクタと共に、眠れ」
その時だった
雨宮のエネルギーが端末に触れた瞬間、死んでいた画面が世界を拒絶するような鮮烈な青色に発光する。
『システム、リブート。ユーザー・九条漣を認証。……現象の解析を開始します』
画面には雨宮が放つ氷の「予測線」と、自分がラグで止めている物質の「限界秒数」...
今、まさに求めているすべてが『データ』として網膜に刻まれていた。
それを見て漣は全てを察した
「ハハッ……ようやく起きたか。……これなら俺でも戦える」
この機械が自分の生命線だと、父が遺してくれたことに意味があったのだと
雨宮が次の一撃を放とうとした瞬間、漣はエイジャスの側面に備わった無骨な物理ボタンを思い切り押し込んだ
「実行!!」
カチリ、と心地よい金属音が響く
保留していた...全現象の「一斉解放」!
今まで周囲で停止していた瓦礫と氷の破片がありえない角度へ跳ね返った
そこに加わるはエイジャスによる「弾道補正」!!
解放されたエネルギーが爆発的に膨れ上がり、そのすべてが雨宮へ飛ばされた
「ぐっ……!?」
が、雨宮もまた修羅場を潜り抜けたプロだ
衝突の直前、反射的に『絶対命令:凍結』を強制起動。目前に強固な氷壁を生成し、その身を死守した
だが、そこで終わるはずがない
雨宮の氷壁から剥がれた破片を、漣は即座に再利用。
エイジャスにより網膜に写し出されている情報から『弱点』を即座に見つけ出し、弾道補正によって「雨宮の氷壁」の弱点一点へと集束し、大爆発を起こした
その時だ。漣の体が...急に軽くなった
瞳の奥でも、どろりとした黄金色の光が渦を巻いた
「あっはははは!さっきまでの威勢はどうしたぁ??一気に形勢逆転だな!!」
漣の笑い声が、静まり返った路地裏に響き渡る
明らかに『ハイ』になっている漣を、雨宮は戦慄...
否、その想いは「期待」。
そんな考えを巡らせる中、雨宮は漣の『内』を凝視した
その目に映るは...漣の『生命エネルギー』が外へと溢れ出てる、制御が効かない状態
(まさか.....こいつも.....『本質を見抜ける者』なのか...?いや、この現象はそれ以上に...)
その瞬間、雨宮は追記を解除した
「.......今の君を殺すのは、国家にとっての大きな損失になりそうだ」
それだけを言い残すと、雨宮は壁を蹴り、銀色の静寂が降りる路地裏から去っていった
あたり一面には氷の燃え滓が舞い散る、銀色の静寂に沈んでいた
理を司る者が遺したあまりに美しく、冷酷な「秩序」の残滓
それだけが...満たされていた
「……あ...ははっ!」
漣の笑い声が、静まり返った路地裏に響き渡る
全身の細胞が沸騰するような、圧倒的な熱量
内側から『蓋』を突き破る全能感の奔流が、漣の意識を白く塗りつぶそうとした
その時
ピピッ、と無機質な電子音が脳内に響いた
手にしていたエイジャスの画面が、狂ったように文字を羅列する
『警告。対象の【源生】が臨界点を突破』
『現象:追記の基底コードが露出。強制冷却を開始します』
「が、あ……っ、ぐ……!!」
脳を直接氷漬けにされたような衝撃
全能感は一転して泥のような疲労感に変わり、漣はその場に崩れ落ちた
視界が急激に暗転し、溢れ出していた黄金の光が強引に内側へ押し戻されていく
(……なんだ、今の言葉は。……ゲン、セイ……?)
聞き慣れない単語を発するエイジャスに困惑する
意識の輪郭が溶け、闇に沈み込もうとする
その刹那
不意に、エイジャスのスピーカーからザラついたノイズが漏れた
『……漣。もし、これが……再生……ているなら……』
「……父、さん……?」
遠い記憶よりもずっと疲弊した、父の声
『……棄...む....え。......に、世....の……「.....……』
肝心な言葉がノイズに掻き消える
それでも、最後に聞こえた父の吐息だけは、恐ろしいほど鮮明に耳に残った
(……待って、父さん……まだ……)
伸ばした手は空を切り、漣の意識は深い闇へと沈んでいった
最後までお読みいただきありがとうございます!
次回、第3話
ついに父の遺産『エイジャス』が目覚め、物語が大きく動き出します
引き続きお楽しみください!




