バグった世界の境界線
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雨は、落ちなかった。
空から降り注ぐ無数の雨粒は 地上二メートルの位置で静止し 透明な層となって空中に貼り付いている。
物理法則が ここでは死んでいる。
この区域は『高負荷区』
かつて世界を壊した大厄災――『大崩壊』の爪痕の一つだ
九条漣は その異常な雨の下を歩いていた。
かつては......怖かった
だが今は、ただ“計算対象”でしかない
(……慣れたな)
ふと、胸の奥がわずかに軋む
父は.......大罪人だ
世界を壊した男――九条弦。
その息子であるというだけで 俺の人生はバグっていた
俺の居場所は壊れ、
俺の未来だけが静かに奪われた。
それでも...
俺は 父を憎みきれなかった
だから答えを探している
この世界で、どう生きるべきか
その答えのない式を、解き続けるために
「.....仕事だ」
重力の歪んだ廃ビルの屋上
その上には数時間分、数トンにも及ぶ「雨水の層」が巨大なダムのように空中で静止し続けていた
「……遅いぞ解析屋」
待っていた男が不機嫌そうに吐き捨てた。
漣は無機質な動作のまま 指先に挟んだUSBメモリを差し出す
中身は、この区域に発生する【バグ】の詳細ログ
あとは 指定の金を支払いさえすれば この取引は終わる
そのはずだった
男の口角が、歪に吊り上がった。
「悪いな。ガキ一人の知恵にしちゃこのデータは高値がつきすぎる。……死んでタダで渡せ」
男の合図で物陰から現れたのは ガラの悪い武装した集団だった
漣は無機質な視線のまま、依頼者へ短く告げる
「……依頼人、一応忠告しておく。そこにいると巻き込まれる。……そうだな、あの端にでもいれば安心だろう」
「……ははっ、遺言にしちゃ親切だな」
男は喉で笑い 指定された床の端へと歩いた。
ーーそれが この屋上で唯一の安全地帯だと知らずに。
その時、メンバーの一人が漣をみてポツリと言った
「追記:情報収集」
追記。
大崩壊という厄災以降、人間に発現した固有の能力
短い沈黙の後、男が耳打ちする
「頭、こいつの『追記』は『ラグ』。実行速度を遅らせるだけです」
「......ラグ?」
「ええ。しかも発動の反動で脳が焼ける。使うほど自分を壊す 欠陥品ですよ」
男は鼻で笑い、ナイフの切っ先を漣へ向けた
「いいか解析屋。この世界は追記...つまり能力の出力で決まる」
漣は男の言葉を黙って聞きながら、頭上の「雨水の層」に意識を割き ミリ単位で位置を調整する
「音速の加速、ビルを裂く剛力...そういうのが“当たり”だ。
だが お前のは違う。遅らせるだけの外れだ」
男は一歩踏み出し勝ち誇る
だが漣は冷徹なまでに静かだった
「.......確かにお前たちの言う通りだ。出力はゴミ。代償も致命的」
彼は懐中時計を確認し静かに呟く
「だが.....」
漣は視線を上げ 男の背後、歪み始めた空間を見据える
「それは追記『だけ』の話だろ」
漣は自分が立つ「唯一の安全地帯」を確認し 静かに指を鳴らした。
「高負荷区において、物理法則なんかを信じる奴は……すぐに喰われるぞ」
男は鼻で笑おうとした
だが、声が出なかった
足元から 脳をかき乱すような震動
本能が警告を鳴らし 男の顔から余裕が消える
「『遅延実行』――対象:俺、および半径一メートルの床」
その瞬間、世界が一拍、呼吸を止めた
漣の足元だけが一秒前の座標に固定され、現実から切り離される
直後...
高負荷区が牙を剥いた
轟音と共に、屋上が突然と『消滅』し 男たちは奈落へと放り出された
「...........なっ!?」
空中で必死に宙を掻く男たち
その超常現象 発生とほぼ同時...
頭上にある 数時間前から降り積もり空中で静止し続けていた数トンの「雨水の層」もまた...
【バグ】の発生と同時に自由落下を開始した
ドォォォォォン!!
落下する男たちに巨大な「水の槌」が叩きつけられる
落下の慣性と数トンの水に押し潰された男たちは 叫ぶ暇すら与えられず 理解できないまま瓦礫の山へと沈んでいった
漣はただ一人 計算通りに残った「床の端」に立っていた
依頼主の襟首を掴んで引き寄せる
「ひ、ひいぃっ! あ、ありがとう、助かった……!」
腰を抜かす裏切り者に漣は表情一つ変えずに手を差し出す
「礼はいい。報酬を。……俺は、金を払っていない人間を助ける趣味はない」
戦意喪失した首謀者から奪い取った札束と依頼主からの報酬を淡々とカバンに詰める
能力は欠陥品の『ラグ』
だが【バグ】の計算と予測....
否。重要なのは『使い方』
数多な「経験」とそれを活用しきる「知略」があれば不遇能力だとしても世界を塗り替える『必殺』となる
漣は震える男の懐から提示額の倍の札束を抜き取る
「手間賃だ。命の代金にしちゃ、安いだろう?」
背を向け土砂降りの雨の中へと踏み出した
カバンに突っ込んだ札束に価値などない
そんな紙切れ一枚で自分に刻印された『大罪人の息子』という汚名は消えない
解析屋。
高負荷区の【バグ】を情報として売買する仕事
そして.....
俺の中にある『矛盾』に決着をつけるための、唯一の手段でもある
父が大罪人だという事実は 誰よりも俺が知っている
それでもーーその罪まで、俺の人生に刻まれる理由はない
「父は罪人だ」という冷徹な認識と「それでも父の汚名を晴らして自分を救いたい」という利己的な渇望
もし解析の果てに父が「真の悪」だと証明されたなら、その時は........
その時は....俺もこの汚名を背負ったまま死んでやる
どちらの結末になろうとも自分自身が納得して諦めるために...俺は解析屋として情報の最前線に立ち続ける
「……綺麗事なんていらねぇ。俺が欲しいのは、俺が諦められるだけの『正解』だ」
自分に言い聞かせるように呟き漣は闇の深い方へと消えていく。
その直後だった
漣が去ったばかりの廃ビルを見下ろす位置に一人の男が「音もなく」降り立った
男は冷徹な眼差しで漣が歩き去った足跡を見つめ通信機を起動した
『ターゲットの九条漣を捕捉。これより抹殺任務に移行する』
少年の平穏は.....
今この瞬間に終わりを告げた
――その夜。
漣は一人、端末を握りしめていた。
『漣、探しにいくかはお前に任せる。……だがこれだけは忘れないでくれ。俺はお前を愛している』
そして父は 静かに告げた。
『お前こそがこの絶望の中で私が遺した...唯一の正解なんだ』
喉の奥で、何かが詰まった
――これは、不遇能力『遅延実行』で世界のバグをデバッグする、解析屋の記録。
そして...
この世界の“正解”を探す、物語の始まりだ。
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本日、第3話まで一挙公開中です。ぜひそのまま続きをお楽しみください!




