第3話:封印領域・崩壊の走路
廃路の先に現れたのは、完全に崩れたビルの廃墟。
壁は剥がれ、鉄骨がむき出しになり、床はひび割れている。
霧のせいで距離感が狂い、地面が波打つように見える。
葵は息を整えながら足を踏み出す。
影の少女が横で手を握る。
「ここが……死んだ日の記憶の入口。
進むほどに、痛みも鮮明になる」
弟影が震え声で言う。
「やっぱり……ここに入ると……怖い……」
影が低く唸る。
「油断するな。廃墟には記憶の残滓が形を成している。
触れれば、死んだ日の感覚が襲ってくる」
葵は頷き、拳を握る。
「怖い……でも、ここを通らないと、影王に会えない」
霧が濃くなると、建物の陰から黒い影が立ち上がる。
無数の手、無数の目、ひしゃげた口がゆらめき、声にならない悲鳴を漏らす。
影の少女が葵を抱き寄せ、強く言う。
「〈声喰い〉が現れた。葵の最後の声を飲もうとしている」
弟影が前に出る。
「離れて! 触れられたら危ない!」
影が地面を蹴り、影の群れを押し返す。
「ここは戦う場所じゃない。葵は走るんだ!」
葵は胸の痛みを噛み締め、廃墟の中へ駆け出す。
歪んだ壁の間を縫うように進むたび、冷たい空気が皮膚に刺さる。
足元の床が崩れそうになるが、弟影と影の少女が支えてくれる。
霧の奥から黄金の瞳が光る。
影王だ。静かに、しかし圧倒的な存在感でこちらを見つめる。
──アオイ。
その名前を思い出せば、私の元へ来る。
葵は振り返らず前を見据える。
「……まだ、思い出さない。
でも、向き合う。全部、向き合う」
〈声喰い〉が再び襲いかかる。
影が叫ぶ。
「葵! 触れられるな! 今は耐えるんだ!」
弟影が葵の手を握り、影の少女も肩を抱く。
三人で、廃墟の中を駆け抜ける。
鋭い音が廃墟を裂く。
影王の視線が迫り、影の残滓が渦巻く。
葵の胸は痛みで張り裂けそうになる。
しかし、葵は叫ぶ。
「逃げない! 絶対に逃げない!
私は、死んだ日の自分とも向き合う!」
影の少女の声が響く。
「葵……その意志が、影王に届く。
もう少し……進めば、記憶の核心に触れる」
廃墟の最奥に、巨大な亀裂が見える。
その奥に、死んだ日の記憶が残る“封印領域”が横たわっていた。
影が低く唸る。
「ここから先は、影王の気配がさらに濃くなる。
葵、心を強く持て」
弟影が涙を流しながら頷く。
「ぼくも一緒に行く……おねえちゃんのそばで守る」
葵は深呼吸をして、静かに足を踏み出す。
霧の奥で、影王の黄金の瞳がじっと彼女を見据える。
廃墟の走路は、崩れ、揺れ、声を飲み込む。
影の少女と弟影が支える中、葵はゆっくりと歩みを進める。
──記憶の封印が、今、静かに解かれ始める。




