第2話:死の記憶の入口へ ― 封じられた廃路
霧が濃く立ち込める廃路。
廃墟となったビル群の影が歪んで伸びる。
葵は足を踏み出すたび、かすかな記憶の痛みが胸を締めつける。
「……ここ……」
影の少女が小さく頷く。
「葵、ここはあなたが最後に走った道。
死んだ日の断片が残っている場所よ」
弟影が恐る恐る言う。
「ここに入ったら……危ないんじゃ……」
影が周囲を見渡す。
「気を抜くな。記憶の残滓が形を変えて待っている。
影王の力が近づくほど、葵の忘れた痛みが現れる」
葵は深く息を吸う。
「……怖いけど、行く。ここを通らなきゃ先に進めない」
影の少女が葵の手を握る。
「じゃあ、一緒に行こう」
霧の中、電柱の影が揺れる。
ひび割れたアスファルトに足を取られそうになりながら、葵は記憶の断片を追いかける。
「……走ってた……誰かの声を聞きながら、何かから逃げて……」
影が警告する。
「その“誰か”の名前を思い出すな。今は耐えろ。影王の誘導に乗るな」
廃路の霧が揺れ、黒く歪んだ影が集まってくる。
口だけがぽっかり開き、悲鳴を飲み込むようにゆらめく。
影の少女が声を震わせる。
「〈声喰い〉……葵の最後の声に集まってきている」
葵の唇が震える。
「最後の声……誰の……?」
影が冷たく告げる。
「死の直前、叫んだ誰かの名前だ。忘れているから、影が獣化している。触れられれば声を奪われる」
弟影が叫ぶ。
「おねえちゃん……あの日……最後に……」
影の少女が手で口を押さえる。
「言ったら駄目!!葵の記憶が溢れる!」
黒い影が迫る。
葵は拳を握り、胸の奥が焼けるように痛む。
「教えて……誰の名前を呼んだの……」
影が前に立ちはだかり、影の群れを押し返す。
「黙れ!!」
弟影が葵を引く。
「離れて!!これは……触れてはいけない記憶だ!!」
葵の涙が頬を伝う。
「でも……知りたい……絶対に……逃げたくない……」
影の少女が手を握りしめる。
「今は逃げるの。入口は開いた。でも、まだ思い出しちゃだめ。影王が待っている」
廃路を駆ける。霧の奥に影王の黄金の瞳が光る。
「アオイ……思い出せ……最後の名前を」
葵は胸の痛みを抱えながらも走る。
影の少女と弟影、影に支えられながら、廃路を抜ける。
「次……行こう。もっと深い記憶の場所へ」
霧の先に、死の記憶の断片が待ち受けていた。




