第6章 第1話:影王、目醒めの兆し
影の少女(最初の影)の涙が乾くのと同時に、
空気が急激に冷え込んだ。
弟影が肩を震わせる。
『……っ!?
この気配……まさか……』
影も全身の影を逆立てる。
──来る……!!
“死んだ葵”が……目醒めかけている……!!
葵は息を詰めた。
胸の奥が
ズキィ……ッ
と痛む。
影の少女が葵の手を握りしめる。
『……違う……
“呼んでる”んだ……葵を……』
葵
「呼んでる……?」
少女は青くなった顔で頷いた。
『うん……
影王が……葵が目を反らした“記憶”を……見せようとしてる。
けど……まだ早い。
今見たら葵の心は耐えられない……!!』
その時だった。
ゴォォォォォォ……ッ!
影の空間そのものが
重低音を響かせて震えた。
影の地面が波打つ。
空が割れるように黒く開く。
弟影が悲鳴に近い声で叫んだ。
『だめだよおねえちゃん!!
影王は……
本気で目を覚まそうとしてる!!
こんなタイミング……ありえない!!』
影も叫ぶ。
──影王は“弱った影”を狙う。
黒翼が消えかけた今は……
最低最悪のタイミングだ……!!
まずい……まずすぎる……!!
葵は影たちを見る。
「……目醒めるってことは……
こっちに来るの……?」
影
──来る。
場所を選ばず。
葵の近くなら“どこでも”来る。
弟影が葵にしがみつく。
『い、嫌だ……!!
影王に会ったら……おねえちゃん……
また“あの痛み”を思い出しちゃう!!
おねえちゃんが死んだときの……!』
葵の胸が痛みで脈打つ。
──走りながら振り返る
──誰かが叫んでいる
──「葵!」
──光が砕ける
──息が止まる
──冷たい
──苦しい
──暗い
──暗い
──暗い
──影が、手を伸ばして……
葵
「……くっ……頭が……!」
影の少女が葵の頬に触れる。
『ダメ!!
まだその記憶を見ちゃ駄目!!
影王が呼び水を流し込んでる……!!
“死の瞬間の記憶”だよ……!!』
葵
「でも……わたし……
知りたい……!!
本当のこと……!!」
少女は必死に首を振った。
『まだ耐えられない!!
だって葵は──
“自分が死んだ理由”を思い出した瞬間に、
影王と同調する!!
魂が二つに裂ける!!
どちらかが消える!!』
葵
「……っ!!」
影
──私が言う。
絶対にまだ思い出すな。
影王の“狙い”に乗るな。
影王は葵が弱っている時にこそ呼びかけてくる。
“戻ってこい”と。
それは罠だ。
弟影
『そうだよ!!
おねえちゃんが死んだ記憶は……
ぼくだって触れたくない……
ぼく……
思い出すたびに体が震えるんだ……
あれは……
本当に……怖かった……!!』
影の少女は葵の両手を握りしめ、
決意の目で言った。
『葵。
影王と会うのは“今じゃない”。
でも影王は来る。
近いうちに必ず。
そのとき……葵は逃げちゃいけない。』
葵は震える声で言う。
「……怖いよ……
本当に怖い……
でも……
逃げたくない……
私の影なら……
ちゃんと……向き合いたい……」
少女はそっと抱きしめた。
『うん……
それでいい……
葵は……ほんとうに……強い……』
温もりが伝わる。
しかし。
次の瞬間。
バキィィィィィンッ!!!!!!
影空間の天井が“裂けた”。
黒い空から、
黄金の瞳が覗いた。
──ナァルホド。
目を覚ましかけたのは、
この気配か。
その声は
冷たく
深く
どこか懐かしい。
影が息を呑み、震えた。
──まさか……
もう……!?
弟影が完全に固まる。
『こ、この声……
絶対……絶対……!!』
影の少女が葵を抱きしめたまま叫ぶ。
『葵!!
離れちゃ駄目!!
見ちゃ駄目!!
あれは──!!』
裂け目の奥で、
黄金の瞳がただ一人を見ている。
──アオイ。
葵の心臓が悲鳴をあげる。
「……あ……」
影王の声が響き渡った。
──私は、
ずっと待っていた。
“生き残ったお前”に、
真実を返すために。
葵の体が引き寄せられるように震える。
影の少女が絶叫。
『葵!!
見ないで!!
“死んだ葵”が呼んでる!!
行ったら……帰れなくなる!!』
しかし──
影王の瞳は葵だけを捉え、
──アオイ。
思い出せ。
あの日を。
私が死んだ日のことを。
葵は震える唇を動かす。
「……あなたが……
“私”なの……?」
影王は微笑んだ。
──そうだよ。
私は“死んだアオイ”だ。
弟影が泣き叫ぶ。
『いやだ!!
来るな!!
おねえちゃんを奪わないで!!』
影が拳を握りしめる。
──影王……
ここで姿を見せたか……
影王の声は静かで、
どこまでも優しく、
しかし圧倒的に絶望的だった。
──生きた葵。
やっと……
ここまで来たね。
私は
お前の“影の終点”だ。
葵の頬を涙が伝う。
「……いくよ……
影王。
逃げない。
わたし……
あなたと向き合う。」
影王の黄金の瞳が細くなり、
微笑んだ。
──待っているよ。
“私を殺した世界へ”一緒に来る日を。
そして裂け目が閉じる。
ドクン……ドクン……ドクン……
葵の心臓が壊れそうなほど脈打つ。
影の少女は震えながら葵を抱きしめた。
『葵……
あなた……
影王に“気づかれた”……
もう、影王は止まらない……
あなたの記憶を奪い返しに来る……』
影が低く呟く。
──第六章は、影王との距離が刻一刻と縮まる章だ。
葵が死んだ日の真実を避け続けることは……もうできない。
弟影は泣きながら葵の手を握る。
『ぼく……守るよ……
おねえちゃんが全部思い出すまで……
絶対……そばにいる……』
葵は震えながらも頷いた。
「……ありがとう……
みんな……
行こう。
影王に会う前に……
“真実の鍵”を集めなきゃ……」
影の少女が、静かに動いた。
『……じゃあ、葵。
まず向かうべき場所がある。
あなたが“死んだ日”、最初に崩れた場所──
その記憶の“入口”へ。』
葵
「……入口……?」
少女は葵の手をぎゅっと握り、
『“あの場所”へ行く。
あなたが……
“死んだ瞬間の世界”の残滓が眠っている場所へ。
そこが──
影王との決戦の最初の鍵になる。』
葵は深く息を吸った。
「行こう。
全部、向き合うために。」
影王の目醒めはもうすぐ。
そして葵の封印された“死”の記憶も──。
物語は核心へ向かい、
転がり始めた。




