第10話:覚悟と虚影の衝突・影の正体が揺らぐ
衝撃が走った瞬間、
黒い霧が四方八方へ弾け飛び、
黒翼の身体が数歩後退した。
弟影が驚愕して叫ぶ。
『あ、あれ……!?
おねえちゃん……黒翼を押してる……!!』
影も目を見開いていた。
──信じられない……
虚影形態の黒翼を“正面から押し返す”人間など……
本来存在しない……!!
黒翼は歯噛みしながら葵を見る。
『どういうことだ……
なぜ“見える”……
虚影の動きが……なぜ読まれる……!?』
葵は震える息を整えながら答える。
「恐怖は……まだあるよ。
でも……
それが私を止めてるんじゃない。
“守れなかった記憶”は……
弱さじゃない。
私の強さなんだ。」
黒翼の目が鋭く細められる。
『戯言だ。
恐怖は人を曇らせる。
絶望は視界を奪う。
そうしてお前は敗北する……!
それが人間だ!!』
葵は首を振る。
「違う。
私は怖い。
でも──
“怖いからこそ守りたい”って思える。」
影が低く呟く。
──葵……
それが、君の……
黒翼が声を荒げる。
『黙れ!!
そんなものは力ではない!!
心を殺せば、すべては手に入る!!
心を捨てれば、何も失わない!!
それが影の真理!!』
弟影が黒翼を睨んだ。
『違う!!
心があるから……
ぼくは葵を守りたいって思えるんだ!!
心があるから、ぼくは痛いんだ!!
でも……それでも守りたいんだ!!』
黒翼は弟影を睨み付ける。
『……黙れ“失敗作”。
心を持った影など……
影ではない。
お前は欠陥だ。
その感情こそ──葵の弱点!!』
黒翼が影を振りかぶった瞬間──
ドッッ!!
葵が弟影の前に飛び込み、
虚影の爪を弾いた。
「弟くんに……触らないで……!!」
黒翼が後退する。
『あり得ない……
私の虚影を……
人間が……力で受けた……!?』
影が葵の背中を見つめながら言う。
──葵の“覚悟”が、虚影の曖昧さを削り取っている。
恐怖の霧に飲まれず、まっすぐ黒翼だけを見ている。
だから……黒翼の輪郭が見え始めているんだ。
黒翼は苦しげに胸を押さえた。
『なぜ……
私の影核……
完全に解放したはずなのに……
なぜ不安が生まれる……!!』
葵は影核の破片のような黒い霧を見つめた。
「黒翼。
あなた……
“恐れてる”んだね。」
黒翼の全身がビクリと震える。
『……何を……?』
葵は静かに言う。
「“失うこと”を。」
一瞬で空気が凍る。
弟影が息を呑んだ。
影が震える声で呟く。
──……まさか。
黒翼の虚影が大きく揺れる。
『……何を……
言っている……?』
葵は黒翼をまっすぐ見据えた。
「虚影形態は“恐怖を曖昧にする”。
でもそれは──
“あなた自身も何かを恐れてる”ってことでしょ?」
黒翼が狂ったように笑い出す。
『はは……
はははははは……!!
人間が……!!
この私に……!!
恐怖があるなどと……!!』
だがその笑いは、
どこか震えていた。
葵は続ける。
「だって……
あなたの影……
“ずっと揺れてる”。
虚影の曖昧さじゃない。
──“不安の揺れ”だよ。」
黒翼の顔から笑みが消える。
影が重く呟く。
──黒翼……
お前は……
まさか……
黒翼が絶叫する。
『黙れぇぇぇぇぇッ!!!』
ドオォォォォンッ!!!
黒翼が虚影をさらに解き放ち、
無数の黒い羽が空間中に散った。
弟影が悲鳴。
『おねえちゃん!!
黒翼の気が完全に乱れた!!
これ……暴走する!!』
影が警告する。
──まずい!!
黒翼は今、正体を隠しきれなくなっている!!
このままだと……
“本当の姿”が露わになる!!
葵は黒翼の揺らぐ輪郭を見つめる。
「黒翼……
あなたは──
本当は“何者”なの……?」
黒翼が叫ぶ。
『やめろぉぉぉ!!
その目で見るな!!
その言葉で触れるな!!
私は……私は……!!』
虚影の霧が裂け、
黒翼の“別の形”が少しだけ露わになる。
影が震える。
──……っ……!!
葵、見るな!!
あれは……
あれは影王の……!!
葵が問う。
「影王の……?」
黒翼が狂った目で葵を睨む。
『教えん!!
お前だけは……
絶対に知ってはならん!!』
ズドォォォォォン!!
虚影の爆風が葵を吹き飛ばす。
弟影が駆け寄る。
『おねえちゃん!!
黒翼、もう理性がないよ!!
本当の姿を隠すために……
何をしてくるか分かんない!!』
影が言う。
──葵。
黒翼の“正体”は……
おそらく……
君と深く関係している。
だからこそ……黒翼は恐れている。
葵は痛む身体を支えながら立ち上がる。
「私と……関係?」
黒翼が虚影の霧の中から現れた。
だがその顔は、
先ほどまでの冷酷な影ではなく──
**“怯えた人間のような表情”**を浮かべていた。
『葵……
お前だけは……
私の“本質”を知ってはならない……
知られれば……
私は消える……!!』
弟影が震える。
『消える……!?
そんなの……!!』
影が重く呟く。
──黒翼は“存在を保つために”葵から隠している何かがある。
それが露わになれば……
黒翼は影王としての形を保てない。
葵は息を呑む。
黒翼は絶叫する。
『来るなぁぁぁ!!
近寄るな!!
葵──
お前に“見られる”ことだけは……
死より怖いッ!!』
虚影が暴走し、
葵めがけて襲いかかる。
葵は拳を構え、
まっすぐ黒翼へ向かって走る。
「黒翼!!
もう逃がさない!!
あなたの秘密も──
あなたの怖さも──
全部、私が受け止める!!」
黒翼が悲鳴を上げた。
『やめろぉぉぉぉぉ!?!? 葵!!
お前だけは……
“知るな”ッ!!』
衝突の直前──
黒翼の虚影が完全に崩れ、
その“素顔”の輪郭があらわになった。
影が絶叫する。
──葵!!
見るなッ!!
黒翼の正体は──……!!
しかし葵の瞳は、
もう“それ”を捉えてしまっていた。
黒翼の正体──
その一瞬の姿を。




