第8話:黒翼・第二解放「虚影形態」
葵の一撃を受け、胸元から黒い霧を漏らしながら
黒翼はゆっくりと後ずさった。
その瞳は、初めて“恐怖”に染まっていた。
『……血……
私が……血を流した……?
この私が……!!』
葵の影が低く唸る。
──事実だ、黒翼。
お前の時代はもう終わる。
黒翼の目が怒りに燃えた。
『終わらぬ!!
終わるわけがない!!
私は影の頂点……
影界を統べる者!!
人間風情に汚される存在ではない!!』
弟影が葵の背にしがみつく。
『おねえちゃん……
黒翼、怒ってるなんてもんじゃない……
これ……やばいよ……!!』
黒翼の身体の周囲が、
不自然な揺らぎを始めた。
影が逆流し、
空間がきしむ。
『……もう容赦はしない。
お前の覚醒影を解析した。
ならば──
その上を行けばいいだけのこと。』
黒翼は胸に爪を立てた。
ズブッ……
葵が息を呑む。
「なに……して……っ!!?」
黒翼は胸を裂き、
内部から濃密な漆黒の“球体”を取り出した。
弟影の顔が蒼白になる。
『あれ……“影核”……!!
影の魂そのもの……!!
解放なんかしたら……
黒翼はもう……別の存在になる!!』
黒翼は影核を握り潰した。
バチバチバチバチィィィッ!!
凄まじい黒い雷光が走り、
周囲の影が吸い込まれるように黒翼へ流れ込む。
黒翼の声が震える。
『虚──
影──
解放……!!』
ドォォォォォンッ!!
影が爆ぜ、
黒翼の姿が闇に包まれる。
葵は思わず後ずさった。
「気配が……消えた……!?」
弟影が震える声で言う。
『違う……
気配が濃くなりすぎて“感じ取れない”んだ……!!
おねえちゃん……
本気で気をつけて……!!』
影が収束していき、
新たな姿が姿を現した。
黒翼の身体は細く伸び、
輪郭がぼやけている。
まるで──
“見えているのに、存在しないもの”
のようだ。
その姿を見た瞬間、
葵の影が低い声で呟いた。
──虚影形態……
最悪だ。
葵が影を見る。
「最悪って……どういう……」
影は短く答えた。
──攻撃が当たらない可能性がある。
葵の表情が凍る。
弟影も震えていた。
『虚影形態は……
“恐怖で形を見失う”異常状態……
黒翼が本気で殺しにきてる……!!』
黒翼の声が、
空間のあらゆる方向から響いた。
『葵。
お前が私に傷を付けた代償……
たっぷり払わせてやる。』
ス……ッ
黒翼の姿が完全に消える。
葵は慌てて周囲を見渡す。
「どこ!?
どこにいるの!!」
弟影が叫ぶ。
『おねえちゃん後ろ──じゃない!!
横──違う!!
囲まれてる!!』
影が葵の足元から立ち上がる。
──葵、落ち着け。
見えないのではない。
“認識できない”だけだ。
心を静かにしろ。
葵は深呼吸をする。
黒翼の声が耳元で囁く。
『ここだよ。』
ザシュッ!!!
黒翼の爪が葵の頬をかすめた。
血が一筋流れる。
「……っ!!」
弟影が叫ぶ。
『だめだよ!!
黒翼の動き、ぜんっぜん見えない!!
このままじゃ……おねえちゃんが……!!』
黒翼の声が、
狙いすましたように葵の心を刺す。
『葵、お前は弱い。
守りたいと叫びながら……
何も守れなかった。
それが“本質”だ。』
──ドクン。
胸の傷が、疼く。
影が叫ぶ。
──耳を貸すな!!
その言葉は“お前の弱さ”に触れに来ている!!
黒翼は今、お前の心を狙っている!!
黒翼の声が重なる。
『お前はいつも遅い。
大切なものを守れない。
泣きながら後悔するだけだ。
──今回もそうだ。』
ザシュッ!!
葵の肩に深い傷が走る。
「っっ……ああああッ!!」
弟影の悲鳴。
『おねえちゃん!!
血が……!!』
黒翼がさらに囁く。
『見えるはずがない。
認識できるはずがない。
“失う未来”だけが、お前の真実だ。』
影が叫ぶ。
──葵!!
反撃はできない!!
まずは“恐怖”を抑えろ!!
恐怖が黒翼の存在を曖昧にする!!
落ち着け!!
呼吸しろ!!
葵は震える身体で必死に呼吸を整えた。
「……っ……
でも……怖くて……!!
黒翼が……どこにいるか……!」
影は静かに言う。
──怖さを否定するな。
“認めろ”。
今のお前は、怖くて当たり前だ。
怖いと感じていい。
その上で──
動け。
葵は涙を流しながら頷く。
「……怖いよ……
でも……動く……!!」
その瞬間──
黒翼の動きが“少しだけ”輪郭を帯びた。
弟影が叫ぶ。
『見えた!?
おねえちゃん!!
いま少し見えたよ!!
恐怖を制御したからだ!!』
影が続ける。
──葵。
その調子だ。
お前は“恐怖で弱くなる”んじゃない。
“恐怖を抱えて強くなる”んだ。
黒翼の声が低く唸る。
『……なるほど。
お前の影の正体……
少しわかったぞ。』
葵が影に問う。
「どういうこと……?」
影は答えない。
ただ、静かに震えていた。
──黒翼は……
“何か”に気づいた。
そして、葵……
本当の戦いは、ここからだ。
黒翼の輪郭が完全に霧散し、
殺意が周囲を満たす。
『第二解放──虚影形態。
ここからは一切容赦せん。
葵。
お前を“消去”する。』
葵は影と共に構える。
「消えない……
絶対に……!!」
黒翼の爪が葵の目前に現れ、
“完全な殺意”が振り下ろされようとしていた。




