第5話:黒翼連撃・心の限界
黒翼が一歩踏み込んだ。
その瞬間──
影が、爆ぜた。
ズガガガガガガガッ!!
空間を裂くような連撃。
翼、拳、爪、影刃。
あらゆる角度からの“恐怖の軌道”が
葵へ殺到した。
葵は必死で避けるが──
速さが違う。
ドッ!!
脇腹に風圧だけで衝撃が走り、
床を転がった。
「ぐっ……っ!!」
弟影が悲鳴を上げる。
『葵!! 危ない!!』
黒翼が上空から降りてきた。
翼が刃と化し、
葵を貫くように振り下ろされる。
ヒュッ……!
ギリギリで跳ぶ。
が──
次の翼がすでに迫っていた。
バシュッ!!
太ももに浅い切り傷。
焼けるような痛みが走る。
葵は歯を食いしばる。
(怖い……
怖い……!
でも……止まれない!!)
黒翼は追撃を止めず、
笑う気配もなく淡々と告げた。
『恐怖は加速する。
お前の恐怖も──
もう“形”になった』
影の床から、
“葵の怯える像”がいくつも立ち上がる。
倒れる弟影。
葵自身が泣き叫ぶ姿。
両手を伸ばしても届かない誰か。
「……やめて……!!」
黒翼の声が静かに刺す。
『抵抗は弱者のあがきだ』
ザッ──
背後から殴打。
肺の奥から空気が強制的に押し出される。
「っ……!!」
床に叩きつけられた葵は、
立ち上がろうとするが──
足が震えていた。
(だめ……
体が……言うこときかない……)
弟影が必死に支える。
『葵!!
しっかり!!』
黒翼は動かない。
ただ静観している。
まるで、葵が折れる瞬間を待っているように。
『立て。
立てるならばな』
葵は立ち上がろうとするが、
脚に力が入らず、また膝をつく。
カタン……
その音が、妙に大きく響いた。
弟影の声も震えていた。
『もう……限界だよ……
こんな攻撃、耐えられるわけ……』
葵の指先が床を掴む。
(……耐えなきゃ……
だって……守らないと……
弟くんも……みんなも……)
黒翼の影が、葵の前に落ちた。
『終わりだ』
黒翼の翼が大きく広がる。
ズオオオォォッ!!
葵を飲み込むほどの黒い奔流。
弟影が悲鳴を上げる。
『やだ……やだやだやだ!!
葵、もうやめて!!
死んじゃう!!』
葵は顔を上げた。
涙が流れ、
声は震え、
身体は限界。
それでも──
その瞳の奥には、
消えない光があった。
「死なない……
だって……守るって言ったんだ……
まだ……終われない……!」
黒翼の目が細まり──
初めて、抑えきれない感情が滲んだ。
『何故折れない……
何故恐怖が消えぬ……
何故──
まだ立とうとする……!?』
葵は息を切らしながら答えた。
「……怖いままで……いいじゃん……
怖いって思えるのは……
生きてるってことなんだから……!!」
黒翼が動いた。
翼が振り下ろされる。
弟影が叫ぶ。
『おねえちゃんッ!!』
そして──
葵の意識の奥で、
“別の声”が囁いた。
──葵。
立て。
聞き覚えのある、
それでいて“初めて聞く声”。
──まだだ。
ここで終わるな。
“お前の影”は……
こんなものではない。
葵の瞳に、
黒い光が宿り始めた。
黒翼の翼が命を奪う寸前。
バチィッ!!
衝撃が走り、
黒翼の攻撃が止まった。
弟影が目を見開く。
『……え……?
いま……何したの……葵……?』
葵はまだ理解していない。
だが──
身体の奥で“何か”が覚醒し始めている。
黒翼が後退し、
初めて“動揺”を見せた。
『……何だ……今のは……
お前の影は……まだ“開いていない”はず……』
葵の背後に、
揺らめく黒い光。
“影の形”が変わりつつある。
(なに……これ……
わたし……のなかに……
こんな力……?)
黒翼が睨みつける。
『馬鹿な……
“覚醒前の影”が、我を弾くだと……!?』
弟影が震える声で言う。
『おねえちゃん……
これ……まさか……!
“影同調”の……
発現……!?』
葵は答えられない。
ただ──
胸の奥から湧き上がる声だけが、
はっきり聞こえた。
──葵。
次は、“お前の番だ”。
葵の影が、
ゆっくりと形を変え始めた。




