第11話:第二段階・願望の影
白い光が収束し、
再び世界が形を取りはじめた。
色が戻る──
しかし、そこは現実ではない。
整然と並ぶ木の机。
日の光が柔らかく差し込み、
外から子どもたちの声が聞こえてくる。
葵の胸が締めつけられた。
「……ここ……昔の我が家……?」
弟影が小さく頷く。
『うん。
でも、本物じゃないよ……
願望の影が“作った世界”』
弟がまだ小さかった頃の家。
葵が高校へ入る前、
家族がまだ三人だった頃。
葵は震える息をこぼす。
(どうして……
こんな場所が第二段階なの……?)
足を踏み入れると、
懐かしい木の匂いが胸を刺す。
その瞬間──
「おねえちゃん!」
声が響いた。
振り向くと、
そこには“弟の生前の姿”が立っていた。
あの頃のままの、
笑顔の弟。
「見て! 勉強できたよ!
おねえちゃんに見せたくて……!」
葵は息を呑む。
(……違う。
本物じゃない。
これは“願望”。
私がずっと夢に見てきた……弟の姿。)
弟影が葵の袖をつまみ、震えている。
『おねえちゃん……気をつけて……
“願望の影”は、やさしい顔して心を壊しにくる……』
目の前の弟は、無邪気に笑って走り寄ってくる。
「一緒に遊ぼうよ、おねえちゃん!」
葵の胸は裂けそうだった。
(会いたかった。
ずっと会いたかった。
この“もしも”に、どれだけすがりたかったか……)
弟影が必死に言う。
『あれは……ぼくじゃない。
“おねえちゃんの願望そのもの”が形になっただけだよ……!
つかまったら……帰れなくなる……!』
でも、葵の心は激しく揺れる。
目の前の弟が泣きそうな顔をした。
「嫌なの……?
おねえちゃん、もう僕のこと……いらないの……?」
葵の足が止まる。
(そんなこと……
絶対ない……!!)
弟影が焦った声を出す。
『だめ!!
願望の影は、触れた瞬間に“心を飲み込む”!!
おねえちゃん……手を伸ばしちゃだめ……!!』
でも──
弟が涙を浮かべている。
「おねえちゃん……抱っこ……」
その声は、
生前の弟がよく甘えてきたときの声と同じだった。
葵の瞳が揺れた。
(触れたい……
抱きしめたい……
謝りたい……
守ってあげたい……
本当は“ずっと”……)
弟影の声が震える。
『おねえちゃん!!
お願い……ぼくを見て!!
ぼくはここ!!
本物の弟は……“ぼく”だよ!!』
だが葵の視線は願望の弟に吸い寄せられる。
弟は両腕を広げて待っている。
「おねえちゃん、大好きだよ」
その一言で、
葵の心は破れかけた。
(……ずるいよ……
そんな言い方されたら……
私だって……抑えられない……)
葵は一歩、願望の弟へと近づく。
弟影の声が霞んでいく。
『おねえ……ちゃん……?』
願望の弟は無邪気に笑った。
「一緒にいてよ。
ここにずっといようよ。
苦しくないよ。
悲しくないよ。
僕が全部消してあげる」
葵は震えた声で呟く。
「……そんなの……
行きたくなる……に決まってるよ……」
弟影は声にならない叫びを上げる。
『だめぇぇぇぇッ!!!!』
だが葵の手は願望の弟へ伸びる。
あと数ミリで触れる──
その瞬間。
“願望の弟の瞳”が、黒く染まった。
口元がゆっくりと裂けていく。
弟影が叫ぶ。
『気づいて!!
“あれ”は願望なんかじゃない!!
おねえちゃんの弱さにつけこんだ──
影の主の分身だよ!!』
願望の弟の声が急に低くなる。
「ようやく……捕まえた」
黒い腕が裂け、
葵の腕を掴もうと伸びてきた。
葵は反射的に手を引く。
ザッ!!
寸前で触れずにすんだ。
弟影がすがるように葵の手を握る。
『よかった……!!
ほんの少し触れてたら……もう帰れなかった……!!』
願望の弟は醜く歪み、
影の主の声で笑う。
『器……やはりお前は脆い……
二度と逃がさぬぞ……』
葵は涙を流したまま、
震える声で叫んだ。
「私は……“現実の弟”を守るためにここへ来た!
偽物の幸せなんかに……負けない!!」
願望の影が咆哮を上げる。
弟影が立ち上がり、葵の前に出る。
『おねえちゃん……いくよ!!
第二段階……乗り越えよう!!』
葵は涙をぬぐい、頷いた。
「うん……!
もう逃げない……!!」
願望の影が黒い渦を広げ、
葵たちを飲みこもうと迫る。
弟影が叫ぶ。
『戦うよ!!
あれを“願望じゃない”って証明するんだ!!』
葵は影拳を構えた。
「さぁ来い……!!
私の願望は──
“過去に戻ることじゃない”!!
“弟と一緒に未来に進むこと”だぁッ!!」
願望の影と、
葵&弟影が──激突した。




