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第9話:器の修行のはじまり

瓦礫の散らばる倉庫跡に、

夜風が入り込み、金属片をかすかに響かせていた。


戦いの余韻がまだ空気を震わせている。

その中心で、葵はゆっくりと立ち上がった。


青年は葵をじっと見つめた。

先ほどまでとは違う、

厳しさと、期待と、そして恐れの混ざった表情。


「葵。

 君は……器として“目覚めた”。

 でもまだ“完成”には程遠い」


葵は息を整えながら答えた。


「どうすれば……強くなれるの?」


青年は指先で空間を弾いた。

すると空気が歪み、

薄い膜のようなものが現れる。


奏が小さく息を呑む。


「……なに、これ……?」


青年は静かに応じた。


「“影界の入口”だ。

 器の力は、ただ鍛えるだけじゃ得られない。

 本来の“影”の世界で自分自身と向き合う必要がある」


颯が前へ一歩踏み出し、青年の胸倉を掴んだ。


「待てよ。

 そんな危険そうな場所に……葵をひとりで行かせるつもりか?」


「ひとりじゃないよ」


葵が颯の手をそっと掴んだ。


「弟がいる。

 私の影もいる。

 大丈夫」


弟影が葵の横に並び、

小さな身体をしっかりと張ってみせる。


『ぼく……ぜったい守る』


颯は唇を噛み、拳を震わせた。


「だけど……戻って来られなかったら……どうするんだよ……」


青年は静かに告げる。


「影界は魂の領域。

 戻れなくなる可能性は……確かにある」


奏が息を詰まらせる。


「そんな……

 葵ちゃんを危険に晒すなんて……!」


青年は首を横に振り、はっきりと言った。


「危険を避ければ、影の主に勝てない。

 奴が次に来たとき、君たちは全員“魂を喰われる”。

 葵だけじゃない。

 全員だ」


重い沈黙が、瓦礫の音を消した。


叔父が口を開く。


「葵……

 本当に行く覚悟は、できているのか?」


葵は迷わず頷いた。


「もう、誰も失いたくない。

 私のせいで……誰かが消えていくのは絶対に嫌。

 影の主が来るなら……

 私が止めたい」


青年は満足そうに微笑む。


「強くなったな、葵」


そして青年は指を鳴らした。


膜の向こう側で、

黒く静かに揺れる世界が開く。


──影界。

光のない、時間のない、魂の輪郭だけが浮かび上がる場所。


青年は言った。


「そこでは、君の“心の形”がそのまま力になる。

 強ければ強さに変わるし、

 弱ければ弱点として襲いかかる」


葵は喉を鳴らし、小さく息を吸う。


(私の……心……

 そこに何があるんだろう)


青年が続けた。


「修行第一段階は──

 “恐怖の具現化”。

 心の奥、一番隠してきた恐怖が姿を成し、

 君に襲いかかる」


葵は震える指で、自分の胸元を掴んだ。


「……それを、倒せばいいの?」


「倒す必要はない。

 “受け入れる”んだ」


「受け入れる……?」


青年は頷く。


「恐怖は器の源。

 押し殺しても消えない。

 見て、触れて、認めろ。

 それが君を強くする」


葵はゆっくり膜へ向かって歩きはじめた。


颯が叫ぶ。


「待て!!」


葵は振り向く。


颯は震えながら言った。


「なぁ……葵。

 本当に行くなら……帰ってこい。

 ぜってぇ帰ってこい……!

 俺、また……お前失いたくねぇんだよ……!」


葵はそっと微笑む。


「もちろん。

 帰るよ。

 颯のところへ。

 奏のところへ。

 叔父さんのところへ。

 弟のところへ」


そして最後に、

自分の影に手を伸ばした。


影は嬉しそうに形を揺らした。


青年は言う。


「第一段階は過酷だ。

 君の心が壊れる可能性もある。

 でも──」


葵は息を吸い込み、

影界の膜へ足を踏み入れた。


「行ってくる」


空気が吸い込まれ、

世界が反転する。


奏が息を呑む。


颯が拳を握る。


叔父が祈るように目を閉じる。


青年だけが静かに呟いた。


「──さぁ、葵。

 “本当の自分”と会いに行くんだ」


影界が開き、

葵の姿は闇の中へ消えた。


膜が閉じる直前、

ふっと小さな声が響いた。


『おねえちゃん、こわくても……ぼくがいるよ』


そして──

世界から葵の気配が消えた。


倉庫跡には、

風だけが静かに吹き抜けた。


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