第4話:欠けた魂の秘密
青年の言葉が落ちたとき、
部屋の空気はまるで氷のように冷えた。
――魂が欠けている。
葵は息を呑み、胸を押さえた。
(私の……魂が……欠けている……?
そんな……どういう……)
青年は葵の反応を静かに見つめ、
ゆっくりと言葉を紡ぎ出した。
「葵。
君の魂が欠けているのは──
“事故のせいじゃない”。
君が忘れてきた記憶の、
本当の核心はそこにある」
叔父が驚きに目を見開いた。
「魂が欠けるだと……?
我々が診たとき、
魂はただ“歪んで”いるだけと判断したはずだ!」
青年は首を横に振る。
「違う。
歪みではない。
“欠損”だ」
葵の手が震えた。
(欠損……
私の魂には、
なにか“大事な部分”が
最初からなかった……?)
颯が思わず葵の肩をつかむ。
「葵……!
何のことだよ……!
お前に欠けてる魂って……!」
奏も泣きそうな声を上げる。
「そんなの……
そんなの、絶対葵ちゃんじゃないよ……!!」
青年は二人の声を受け止めたうえで、
淡々と続けた。
「君たちはまだ知らない。
“影”という存在が
どうやって生まれるのかを」
叔父が苦い顔で呟く。
「……まさか……」
青年が頷く。
「そう。
影は──
“欠けた魂が外にこぼれたもの”だ」
颯と奏が固まり、
葵は目を見開いた。
(魂が欠けると……
その欠片が……
影になる……?)
青年はゆっくりと葵の胸元に視線を落とす。
「つまり──
葵」
葵の心臓が跳ねる。
青年の言葉は
残酷なほど静かだった。
「君の“弟の影”は……
本来、君の魂の欠片だったんだ」
空気が凍りつく。
葵の脳が理解を拒むように、
思考が止まった。
(え……?
弟の影が……
私の魂の……
欠片……?
どういう……こと……?)
青年は淡々と、
けれど優しい声で続けた。
「影はただの怪異ではない。
人の魂が欠けたとき、
そこから“人の形を借りて”生まれる。
君の“欠けた魂”は、
偶然にも“弟の姿”に似ていたんだ」
叔父が呟く。
「……そうか……
だから影は……
ずっと葵を守ろうとしていた……
魂の欠片だから……」
奏が涙を流しながら震えた声で言う。
「……じゃあ……
弟の影は……
ずっと葵ちゃんの中に戻りたかった……?」
青年が頷く。
「影にとって、
本来あるべき場所は“君の中”だ。
だから彼は……
必死に守り、
必死に近づこうとし、
必死に君に執着した」
葵は胸に手を当てた。
ドクン……ドクン……
(じゃあこの温かさは……
魂の欠片が……戻ったから……?)
青年はさらに、
核心へと踏み込む。
「そして──」
全員の視線が青年に集中した。
「君が“弟”として見ていた存在も……
本物の弟ではなく」
葵の心臓が跳ねる。
「君が欠けた魂が生んだ
“もうひとつの幻影”だった可能性が高い」
葵の視界が揺れた。
(弟が……
幻影……?
私が……
見ていたのは……
本物じゃ……なかった……?)
頬を伝う涙が止まらない。
青年は葵に歩み寄り、
同じ高さまでしゃがんで言った。
「葵。
君が悪いわけじゃない。
誰も悪くない。
影も、弟の幻影も、
すべては君が“生きるために”生まれた力だ」
しかし──
救いだけでは終わらない。
青年は重い声で続けた。
「だが、その欠けた魂を取り戻した今、
君の中には“二つの魂の性質”が混在している」
葵の胸が軋む。
「このままでは、
君の魂は崩壊する」
颯が立ち上がる。
「崩壊ってなんだよ!!
葵が……どうなる!!」
青年の瞳が揺れる。
「……消える」
奏が叫び声を上げた。
「だめ!!
そんなの絶対だめ!!
葵ちゃんを消さないで!!」
叔父も顔を強張らせる。
「方法は……方法はないのか……!」
青年は静かに告げる。
「方法は二つだけだ」
全員の呼吸が止まった。
青年は
葵の瞳をまっすぐ見つめて言う。
「一つ。
“弟として存在していた魂”を切り離し、
再び影として外に追い出すこと。」
葵の胸が痛む。
(そんなの……
そんなの……絶対……)
「二つ。
“葵の魂”が“弟の魂”を吸収し、
完全に取り込むこと。」
葵の身体がふるえた。
吸収──
取り込む──
それはつまり……
(弟が……完全に……
私に“喰われる”ということ……?)
青年は頷く。
「そう。
君が生きるか。
弟の魂の残滓を守るか。
選ぶのは……
葵、君自身だ」
葵は言葉を失う。
どちらを選んでも、
深い傷しか残らない選択。
どちらを選んでも誰かが消える、
悲しい決断。
胸の奥で、
小さく脈打つ温もりがある。
──ドクン。
(弟……
私の中で……
泣いてる……?)
颯が葵の肩に触れようとする。
「葵……無理に答えなくていい。
俺たちが一緒に考えるから──」
だが葵は小さく首を振った。
涙の跡を残したまま、
静かに言う。
「……弟の気配が……
今も……私の中で……
震えてるの」
奏が手を握る。
「葵ちゃん……」
葵はまぶたを閉じ、
胸の奥に語りかけるように呟いた。
「……弟を……
ひとりにしたくない……
でも……
私も……まだ……
生きていたい……」
青年の声が静かに落ちる。
「その“矛盾”こそが──
魂を壊す原因だ」
葵の瞳が揺れる。
そして青年は
葵の心の奥底へ突き刺すように言った。
「葵──
本当に選ばなければならない選択肢は
この二つじゃない」
全員が息を呑む。
青年の瞳が深い光を帯びる。
「第三の選択がある」
葵は驚きで目を見開く。
颯が叫ぶ。
「あるのか!?
葵も弟も救える道が!!」
奏が涙をこぼしながら身を乗り出す。
叔父も震える声で言う。
「なんだ……!
どんな方法だ……!」
青年はゆっくりと葵に手を差し出し、
「──“君自身が、本来の姿に戻ること”だ」
と言った。
葵の心臓が大きく跳ねる。
本来の姿……?
私が……?
どういう意味……?
青年は静かに続ける。
「葵。
君は──“普通の人間じゃない”。
人間として生まれたわけではない」
葵は顔色を失う。
叔父が息を呑む。
颯も奏も声を失った。
青年は言った。
「君は、生まれたその瞬間から──
“影を喰う器”だったんだ。」




