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第2話:罪の中の涙

白い世界が、

ひび割れるように音を立てて崩れはじめた。


パリ……パリ……ッ……


葵の意識は、

炎の中に残された幼い自分と弟の姿を

何度も何度も映し出した。


――弟を包んだ影。

――葵の身体から溢れた“黒”。

――父母の絶叫。

――弟の最後の言葉。


『また会いに行く』


その言葉だけが、

何度も反響する。


(私が……

 影を呼んでいた……

 私が……

 弟を……)


胸が痛い。

呼吸ができない。

自分の心が、自分を刺してくる。


世界が大きく揺れた。


ドン!!


現実に戻った衝撃だった。


葵は床に倒れ、

激しく咳き込みながら息を吸い込む。


視界が揺れ、

涙が止まらない。


颯がすぐに駆け寄る。


「葵ッ!!

 大丈夫か!!」


奏も泣きそうな声で叫ぶ。


「葵ちゃん……!!

 起きて……しっかり……!!」


葵は震える手を伸ばしながら、

頬を伝う涙を拭えなかった。


(私のせい……

 全部……私が……)


俯いた葵の前に、

青年が膝をつく。


「……思い出したのか」


震える声で葵は呟いた。


「……私が……

 影を……呼んで……

 弟を……

 巻き込んだ……」


颯が息を詰める。


奏は手を口に当て、涙をこぼした。


だが、

その瞬間──


影が、静かに呟いた。


『ちがう……』


葵の背筋に冷たいものが走る。


影は床に崩れたまま、

小さな声で続けた。


『ちがうよ……

 おねえちゃん……

 それは……

 ちがう……』


葵は震える声で言った。


「違わない……

 私は……あなたを……

 弟を……」


影は首を振る。

涙のような黒い滴をぽたぽたと落として。


『ちがう……

 ぼくが……

 “呼んだ”んだ……

 おねえちゃんを……

 守りたくて……

 ぼくが……

 “影を呼んだ”んだ……』


葵の心臓が大きく跳ねた。


(……え……?

 影が……呼んだ……?

 私じゃなく……?)


影は目を伏せ、

苦しげに続けた。


『こわかった……

 家が……こわれていくのが……

 おねえちゃんが……

 泣きそうなのが……

 ぼく……いやで……

 ぼく……しにたくなくて……

 こわくて……

 そのとき……

 “あれ”を呼んだ……』


颯が息を呑む。


奏が震える。


青年が目を細めて影を見た。


「……なるほど。

 やっと辻褄が合う」


葵は息を震わせながら影を見る。


「じゃあ……

 私が影を呼んだんじゃなくて……

 弟が……?」


影は小さく頷く。


『ぼく……

 おねえちゃんを一人にしたくなくて……

 でも……

 ぼく……

 こわれて……

 “影”になった……』


影の声が涙で濡れる。


『ぼくはね……

 本物の弟の……

 “残った気持ち”なんだよ……

 おねえちゃんを……

 守りたかった気持ち……』


葵の喉から声が漏れた。


(影は……

 弟が残した最後の感情……?)


影は続けた。


『ぼくは……弟の全部じゃない……

 弟は……

 あのとき……ほんとうに……

 死んじゃったんだよ……』


外の少年が静かに立ち上がる。


ゆっくりと、

影の方に歩く。


影は怯えたように身体を震わせた。


『こないで……

 こないで……!!

 ぼく……

 ぼくが……

 “のこったほう”なんだ……!!

 おまえなんか……

 本物なんか……

 いまさら……いらない……!!』


しかし少年は優しい目のまま、

影の前に立つ。


そして言った。


「ありがとう。

 “ぼくの気持ちを残してくれて。”」


影の身体が固まる。


少年は続けた。


「ぼくは、あの日……

 本当に死んだ。

 でも、最後に願ったんだ。

 “おねえちゃんを守りたい”って。

 その願いだけが残って……

 それが君になったんだよ」


影は震えだす。


『……なんで……

 なんでそんなこと言うの……

 ぼくを……

 けすため……?』


少年は首を振る。


「違うよ。

 ぼくは……

 君が“生きてた”から……

 おねえちゃんがずっと守られてた。

 君のおかげで……

 ぼくは、おねえちゃんの中で

 “生き続けられた”んだ」


影の膝が崩れる。


黒い涙が、

床にぽたぽたこぼれた。


『ぼく……

 おねえちゃんを……

 守れて……た……?』


少年は静かに頷いた。


「うん。

 君は、“ぼくの代わり”なんかじゃない。

 君は……

 ぼくの願いそのものだよ。」


葵は泣きながら口を押さえた。


(影は……

 弟が最後に残した

 “愛情”だった……

 私を守りたいっていう……

 その気持ちそのもの……)


影は声を震わせながら、

初めて“自分の涙”を受け入れたように泣き出した。


『いやだ……

 いやだよ……

 ぼく……

 きえたく……ない……

 だって……

 おねえちゃん……

 ひとりになっちゃう……』


葵は影の元へゆっくり近づいた。


颯が止めようとする。


「葵!!

 危険だ!!」


青年が手を伸ばす。


奏が泣き叫ぶ。


だが──葵は振り返らず、

影に手を伸ばした。


「影……

 聞いて……」


影が怯えたように顔を上げる。


葵は涙をこぼしながら言った。


「私は……

 あなたがいたから……

 ずっと……

 “ひとりじゃなかった”」


影の黒い目が揺らぐ。


葵は続けた。


「あなたは……

 弟が最後にくれた“愛情”なんだよ……

 誰も……あなたを否定なんてしてない……」


影は涙を流す。


『……おねえ……ちゃん……』


葵は影を抱きしめようと手を伸ばす。


だが──その瞬間。


外の少年が

苦しげに胸を押さえた。


「……だめ……

 葵……!!

 近づきすぎると……

 影が……!!」


影が突然、

叫び声を上げる。


『いやだ!!

 とられたくない!!

 おねえちゃんは……

 ぼくの……!!』


影の黒が一気に膨れ上がった。


部屋全体が震える。


叔父が絶叫する。


「まずい!!

 影が“本能”を取り戻し始めた!!

 今の影は……

 葵を“取り込む”ぞ!!」


颯が葵に飛びつこうとする。


奏が叫ぶ。


青年が結界を展開する。


影の黒が

炎のように渦巻いた。


『おねえちゃん……!!

 おねえちゃん……は……

 ぼくの……!!

 ぼくだけの……ッ!!』


少年が葵の名を叫ぶ。


「葵ッッッ!!

 離れて!!

 “影が本性に戻る前に”──!!」


だが葵は、

影を見つめながら静かに微笑んだ。


その表情は、

恐怖ではなく──

“愛情”だった。


そして葵が言った言葉は、

影の暴走を一瞬で止めた。


「……あなたが“弟の一部”なら──

 私もあなたを、愛してるよ。」


黒の渦が止まった。


影の動きが止まり、

少年の目がゆっくり見開かれる。


そして次の瞬間──

影は声もなく崩れ落ちた。


葵が駆け寄る。


「影!!」


しかし影は、

静かに、穏やかに消えていった。


最後に残した言葉は、

涙に濡れた小さな声だった。


『……おねえ……ちゃん……

 だいす……き……』


影は消えた。


そして──

その消滅の余波が、

“本物の弟”にも触れてしまう。


少年の身体から光が溢れた。


「……あ……

 だめ……

 ぼく……

 消え……」


葵が叫ぶ。


「お願い!!

 行かないで!!

 まだ……!!

 まだ何も言えてない!!」


しかし弟は微笑む。


「大丈夫だよ……

 おねえちゃん。

 ぼくは……

 “ここにいるよ”……」


光が少年の胸に集まり、

葵の方へ伸び──


少年の身体が、完全に光になって消えた。


葵の手が空を掴む。


「いやあぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


彼女の悲鳴は、

夜の家に響いた。


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