第4章 第1話:最初の記憶が開くとき
真白な光に飲み込まれた葵は、
足元の感覚も、呼吸の仕方さえも忘れていた。
(……ここは……?
息の仕方が……わからない……
私……消えてる……?)
白の中で、声すら出ない。
耳鳴りが、遠くで風のように響く。
──チリ……チリ……
何かが焼ける音。
葵は目を凝らした。
白の奥に、わずかに“揺れ”がある。
(これ……知ってる……この音……
これ……家の……)
その瞬間、
白がゆっくり“色”を帯びていく。
最初に現れたのは──
赤。
炎の色。
次に、
焦げた匂い。
泣き声。
叫び声。
叩く音。
(うそ……やめて……やだ……
これは……見ちゃダメ……!)
だが記憶はもう止まらない。
光が一気に収束し、
世界が“過去の家”に変わった。
葵の目の前で──
幼い自分が泣きながら弟の手を掴んでいる。
「だいじょうぶ……!
こわくない……!
おねえちゃんが……いるから……!」
小さな弟は泣きながら、
葵の袖にすがりついている。
『……お姉ちゃん……やだ……こわい……』
葵の喉が詰まった。
(私だ……
私の声……
弟の声……
これ……私が忘れていた……
“最初の記憶”……!)
すると、記憶の中の奥の部屋から
荒々しい声が響いた。
老人のような低い声。
『連れてくるな!!
そいつは──“影”を連れてくる!!』
母の叫び。
『この子はただの子どもよ!!
お願い!!
そんなこと言わないで!!』
父が震えた声で言う。
『違う……違うんだ……
あの子は……“見えてしまう”……
あの子がいるだけで……影が寄る……!
葵まで危険なんだ……!!』
(待って……
何を……言ってるの……?
弟が……なに……?)
炎が家の奥で揺らめき、
煙が天井を覆っていく。
記憶の中の“父の手”が弟を掴もうとした。
「やだ……!!
やめて!!」
幼い葵が必死で弟を守る。
父は叫んだ。
『葵!!
その子から離れなさい!!
あの子は──“影の巣”だ!!』
現在の葵の心が
激しく脈打つ。
(影の……巣……?
弟が……どういうこと……?
弟が影を……呼んでいた……?)
母は泣き叫んでいた。
『そんなはずない……そんなはずない……
二人とも私の子なのよ……
どうして……どうして……!!』
だが父は泣きながら続けた。
『俺たちが守らなきゃ……
葵だけは……守らなきゃ……!!
あの子は……いずれ葵を──』
その言葉の続きを言う前に、
天井が爆ぜた。
ドォォォン!!
炎と黒い影が舞い落ちる。
弟が悲鳴を上げた。
『おねえちゃん!!
こわい!!
いっちゃやだ!!
おいてかないで!!』
幼い葵が弟を抱きしめる。
「置いていかない!!
一緒にいる!!
絶対に守る!!」
現在の葵は涙を流していた。
(そうだ……そうだった……
私……“約束”したんだ……
二度と離れないって……
なのに……私は……)
炎が家を覆い、
煙が弟を飲み込んでいく。
そして──
記憶の中で葵の体から、
“黒い影”が溢れ出す。
じわり……ひたり……
幼い葵の身体から生まれた影は、
弟にまとわりつき、
家全体に広がっていった。
父の震え声が聞こえる。
『……やっぱり……
“影を呼んでいた”のは……
弟じゃない……』
葵の心臓が止まった。
(え……
じゃあ……)
父は震えながら、
炎の中で言った。
『影を呼んでいたのは──
“葵、お前だったんだ”』
世界が崩れる。
白と赤が混じり、
記憶が渦巻き、
時間が反転する。
弟が叫んでいる。
『おねえちゃん!!
ぼく、こわい!!
ぼく……しにたくない!!
いやだ……いやだぁ……!!』
幼い葵は叫ぶ。
「ごめん!!
ごめん!!
私のせいなら……
全部……私が……!!」
炎が弟を包む瞬間、
弟が最後に言った。
『──おねえちゃん。
ぼく……
“また会いに行く”』
視界が真白になった。
葵の胸が強く締めつけられ──
記憶が完全に開かれた。
彼女が自分を呪うほどに
封じ込めていた真実。
それは──
弟を影に変えたのは、葵自身だった。




