表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/73

第10話:二つの声、どちらが本物か

玄関越しに響いた「ノック」は、

影とはまったく違うリズムだった。


静かで、控えめで、どこか優しい。


そして──

その後に続いた声は、

葵の心の奥を直接揺らした。


「……葵おねえちゃん。

 開けて……?」


葵の胸が大きく跳ねる。


(この声……

 懐かしい……

 あの子の声に……似てる……

 でも……)


影は壁に張りついたまま、

怯えたように震えていた。


『……に、ニセモノ……

 にせモノ……ッ……』


叔父が影へ言う。


「“本物”の足音に怯えるのは、

 記憶から生まれた影の特徴だ」


青年が葵の肩に手を置く。


「落ち着け、葵。

 今、軽率に動けば危険だ」


葵は震えながらも視線を玄関へ向ける。


外の声は、再び呼んだ。


「……おねえちゃん。

 こわくないよ……

 ぼくだよ……」


その声が胸を掴む。


痛いほど懐かしくて、

同時に理解できないほど遠い。


颯が狼狽したように、

葵の手首を掴んだ。


「葵!! だめだ、開けるな!!

 いま開けたら……取り返しがつかない!!」


葵は颯を見る。


「颯……どうして……そんなに……?」


颯は言葉に詰まった。

胸の奥に、何かを隠している目だった。


奏は泣きながら首を振る。


「葵……わからない……

 あの声が……“本物”かどうか……

 怖いよ……」


叔父は静かに分析するように言った。


「影は“弟の記憶を模倣する”。

 しかし、声や足音を

 ここまで正確に再現するのは……難しいはずだ」


青年が続ける。


「つまり“可能性は二つ”」


一同に緊張が走る。


青年の声が低く響いた。


「①本物の弟が外にいる

 ②別の影が“本物級”に擬態している」


叔父が言い直す。


「そして……

 どちらも容易に見分けられない」


葵の喉が鳴る。


(弟……?

 本物……?

 それとも……危険な影……?)


──そのとき。


玄関の外の声が、

少しだけ震えた。


「……おねえちゃん……

 さむいよ……

 ひとり……こわいよ……」


葵の胸が、

張り裂けそうになった。


(この言い方……

 小さい頃と同じ……

 これは……)


だが叔父が鋭く遮る。


「葵、惑わされるな。

 “影は何万通りもの声を作れる”」


青年も冷静に言う。


「声の温度で判断するのは危険だ」


しかし──


颯だけが、

外の声を聞いた瞬間、

血の気が抜けるほど青ざめていた。


彼の唇が震える。


「……うそだろ……

 なんで……今……

 どうして……」


葵はその反応を見逃さなかった。


(颯……

 あなた……

 “この声の主”を知ってる……?)


颯は震える拳を握り、

外を見ようと一歩踏み出しかけ──


青年に肩を掴まれた。


「颯、行くな!

 お前が動揺すると、

 葵が判断を誤る」


颯は悔しそうに歯を食いしばる。


「……だって……

 この声……

 “あの日”の……!!」


叔父が表情を変えた。


「颯……お前、

 “あの日の記憶”があるのか?」


颯は言葉を失った。


その様子に葵は目を見開く。


(颯……

 何を知ってるの……?

 ずっと……私に言えなかった……?)


玄関の外の声が、

震えた声で再び呼ぶ。


「おねえちゃん……

 ぼくね……

 ずっと言いたかったことが……あるんだ……」


葵の呼吸が止まる。


(それ……

 私が思い出しかけている“弟の最後の言葉”……?)


叔父が緊張で声を潜める。


「まずい……

 このままだと“影の側”も

 言おうとしてくるぞ……!!」


確かに影も叫んだ。


『やめロォォ!!

 おれガ……!!

 おれが“ホンモノ”ダァァァ!!』


玄関前で、

“二つの声”が重なり始めた。


外の声。

影の声。


どちらも葵を呼ぶ。


青年が叫ぶ。


「葵!!

 どちらかが“嘘”だ!

 だがどちらかは……

 お前の弟の“鍵”を握る本物だ!!」


奏が耳を塞ぐ。


「どっちも……そっくり……

 わかんないよ……!!

 こんなの……!」


葵は震える声で呟く。


「どうすれば……

 本物がわかるの……?」


叔父は唇を噛みしめる。


そして──

極めて深刻な顔で言った。


「葵。

 “影”は……

 “本物の足音”だけは絶対に真似できない」


葵は息を呑む。


叔父が言葉を続けようとした瞬間──


外の声が、

ぽつりと呟いた。


「ねぇ、おねえちゃん。

 ぼくの“名前”……

 おぼえてる……?」


葵の背筋が凍る。


(名前……

 名前……

 弟の……名前……)


しかし葵は……

記憶が白く歪んでいて思い出せない。


青年も慌てる。


「まずい……!!

 “名前”を言わせようとしている!!!

 名前を言ったら、影が……!!」


叔父が叫ぶ。


「葵!!“絶対に名前を言うな!!”

 言った瞬間、影が優位に立つ!!」


だが外の声は、

玄関越しに優しく問いかける。


「おねえちゃん。

 ぼくの……なまえ……」


影も叫ぶ。


『いエよォォ!!

 おれノ……ナマエ……!!』


二つの声が重なり、

家中が揺れる。


葵は涙をこぼしながら叫ぶ。


「どっちが……

 弟なの……!?

 私……どうすればいいの……!!?」


叔父は苦悩の中で言う。


「……葵。

 選ぶしかない。

 どちらが“本物”か」


青年も叫ぶ。


「だが“勘”では危険だ!!

 必ず“根拠”で選べ!!」


颯が震えながらも葵の肩を掴む。


「葵……

 俺は……

 ひとつだけ、言えることがある……」


葵は縋るように颯を見る。


颯は涙をこぼしながら言った。


「“あの日、最後に弟が言った言葉”。

 葵……

 お前はそれを聞いて──

 “笑った”んだよ」


葵の心臓が止まった。


(私……笑った……?

 最後に……弟に向かって……?)


颯は震える声で続ける。


「弟の最後の言葉は……

 お前を悲しませるような言葉じゃない。

 “笑わせるための言葉”だったんだよ」


その瞬間──

葵の胸が熱く震えた。


(そうだ……

 私……

 笑った……?

 最後の言葉で……?)


叔父も頷く。


「そうだ、葵。

 “弟の最後の言葉”は……

 “優しい言葉”だったんだ」


影は咆哮する。


『ウソダァァァ!!

 そんなわけナイ!!

 おれは……ッ!!』


外の声は、

静かに言った。


「……おねえちゃん。

 ぼくね……」


葵の記憶の奥が光り出す。


白い世界。

泣きじゃくる自分。

その手を握る、小さな手。


──おねえちゃん、

  なかないで。

  ぼく、ね……


影が絶叫する。


『やめロォォォォ!!!

 思い出すなァァァァ!!!』


叔父が吠える。


「葵!!

 そのまま行け!!

 本物を思い出せ!!」


青年が叫ぶ。


「影が崩れる!!

 今がチャンスだ!!」


玄関の外の声が

優しく続ける。


「──“ぼくは、ずっと”──」


葵の瞳が開く。


その瞬間、

葵の記憶が鮮明に灯り出す。


弟の最後の言葉が

とうとう……形になり始めた。


(そう……だ……

 弟は……

 最後に……)


葵は震える声で、

その続きを──


言おうとした。


だがその瞬間──


玄関の鍵が外から勝手に回った。


ガチャリ。


影が悲鳴を上げる。


『やめロッ!!

 そいつを入れるなアァァァ!!』


叔父が叫ぶ。


「葵!! 後ろへ!!」


青年が武器を構える。


奏が葵を抱きしめる。


颯の顔は絶望で青ざめている。


そして──


ドアが、開いた。


冷たい外気が流れ込む。


そこに立っていた人物を見て、

全員の呼吸が止まった。


葵の喉から、

小さな声が漏れた。


「……え……?」


そこにいたのは──


涙を流しながら微笑む、

 幼い少年。


影ではない。

ゆらぎもない。

確かな存在感。


その少年は、

まっすぐに葵を見て言った。


「──こんにちは。

 おねえちゃん。」


葵の世界が揺れた。


(これ……

 本当に……

 弟……?)


少年は続ける。


「ぼくのこと……

 やっと、思い出してくれた?」


その瞬間──

影が発狂した。


『やめろォォォォ!!!!!』


影の叫びとともに

家が大きく揺れた。


しかし少年は

笑顔のまま、涙を拭い──


そっと手を伸ばした。


「おねえちゃん。

 迎えに来たよ」


葵の胸が、

破裂しそうになった。


(この子が……

 本物……?

 それとも……)


影が崩れ始める。


叔父が絶叫する。


「葵!!

 “触れるな!!”

 それが本物かどうかは、まだ──!!」


葵の手は震えていた。


外から来た少年。

扉の奥で崩れゆく影。

叔父の警告。

颯の涙。

奏の震え。

青年の叫び。


そして──

弟の笑顔。


葵は息を吸い込み、

一歩、前に進んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ