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第10話:告げられた影

カラン……と落ちた金属音は、静まり返った廊下に不気味なほど響いた。


葵は身をすくめる。

さっきの白い指先の冷たさが、まだ頬に残っている。


颯は葵の肩を押し、後ろへ下げた。

「三人とも、絶対に離れるな」


奏が震える声で問いかける。

「なに……いまの音……?」


青年が廊下の奥を見つめ、低く答えた。

「“あれ”が、この階に入り込んだ」


言葉の温度が下がる。

一瞬、空気が凍り気味になった。


「そんなの……冗談だろ……?」

颯の声は怒りと焦りを混じらせて震えていた。


青年は首を横に振る。

「壁を“通る”ことはできても、階層を移動するには手がかりがいる。

 その手がかりが――彼女についた印だ」


葵は反射的に頬へ手を当てた。


(やだ……私のせいで、みんなが危険に……?)


胸の奥がぎゅっと痛む。


そのとき――


廊下の奥の教室が、コン……と揺れた。

まるで誰かが内側から軽くノックしているような音。


全員が息を止める。


青年は鋭く低い声で言った。

「動くな。これは“試している”」


「試してる……?」

葵の声がかすれる。


青年はゆっくり説明した。

「奴は葵が動くと気づく。“反応”を測っているんだ。

 距離、姿勢、呼吸……気配の変化を探っている」


奏が泣きそうに言った。

「そんなの……どうすれば……」


颯は迷いなく宣言した。

「――逃げる」


青年をにらみ、言い切る。

「お前が何を知ってても関係ない。葵は絶対守る」


青年は少しだけ目を伏せ、諦めたように息を吐いた。

「逃げるだけでは……いずれ追い詰められる」


「だからって立ち止まる理由にはならない」


二人の視線がぶつかる。

緊張が一瞬、火花のように散った。


葵は震えながら口を開いた。


「わ、私……逃げたら……あれ、追ってくるの……?」


青年は即答した。


「追う。印をつけた以上、君を逃がす気はない。

 ――でも、追われ続ければ“弱点”が見える」


「弱点……?」


青年は葵の瞳をまっすぐ見る。

その視線はあまりに真剣で、心の奥を見透かされるようだった。


「“あの存在”が最初に葵へ触れようとした理由……それは、君の記憶に“何か”があるからだ」


「記憶……また……?」


葵は胸がざわつく。


「失われた記憶は、単なる空白ではない。

 ――そこには“あれを呼ぶほどの何か”が隠されている」


颯が青年の言葉を遮った。

「葵の過去を勝手に決めつけるな! 記憶がなんだって言うんだ!」


青年は静かに続ける。

「君が思っている以上に、葵の“過去”は深い。

 あれが葵を呼ぶのは――“返してほしいもの”があるからだ」


返して。


あの子どもの声が、頭の中に響いた。


『……返して……あおい……』


葵は震える声で言った。

「でも……私……何も盗んでない……何も取ってない……」


青年は目を細めた。

「取り上げた覚えがないのは当然だ。

 “君ではなく、別の何か”が、葵を通じて奪った可能性が高い」


「……別の、何か……?」


その瞬間――


教室の扉が、ゆっくりと、ゆっくりと開いた。


ギィ……と乾いた音が廊下に響く。


奏が葵の手を強く握る。

颯は葵を背中に隠し、青年が前に出る。


開いた扉の隙間から、“白い紙”が滑り落ちた。


ひらひら……と舞い、葵の足元に落ちて止まる。


葵は震える手で紙に触れ――息を呑んだ。


そこには、たった一言だけ書かれていた。


『つぎは ちゃんと いくから』


手が冷たくなる。

足が震える。

心臓が止まりそうだった。


(つぎ……って……私を……?)


紙の端には、うっすらと小さな手形がついていた。

幼い子供のような、白い手形。


青年はその手形を見て、顔色を変えた。


「……まずい。“段階”が進んでいる」


「段階……?」

颯が低く唸るように問い返す。


青年は葵の肩を掴み、真剣に言った。


「――奴は今日、葵を“観察”していた。

 次は、“確保”に来る」


葵の血の気が一気に引いた。


廊下の奥で、また別の教室のドアが、カタリ……と揺れた。


始まりは、もう止まらない。


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