第4話:誰も開けない扉
放送室へ向かう廊下は、昼間だというのに異様な静けさに包まれていた。
普段なら部活動の準備をする生徒や、走り回る後輩たちの声で賑わっているはずなのに――今日は誰一人いない。
「……変だよね」
奏が葵の袖をきゅっと掴む。
「ここだけ、音が止まってるみたいだ」
颯も眉を寄せ、周囲を警戒するように歩を進める。
黒髪の青年は黙ったまま先頭を歩いていた。
その歩みは迷いがなく、まるで“何が待っているかを知っている”かのように落ち着いている。
葵は胸の奥がさらにざわつくのを感じた。
(昨日からずっと……知らないことばかり。全部、何なの……)
やがて、放送室の前に到着した。
だが――。
扉には、見たことのない金属の封鎖器具が付けられていた。
学校の備品ではありえない、無骨なロック。それが扉の中央にどっしりと構えている。
「……何これ」
葵は思わず後ずさる。
奏も青ざめて呟いた。
「こわ……これ、学校の普通の鍵じゃないよね?」
颯がしゃがみ込み、装置に触れないように慎重に観察する。
「……誰かが外から開けられないように閉じた。昨日か、今朝か……」
「じゃあ、あの放送は……誰が?」
葵の声が震える。
青年が扉に手をかざし、静かに首を振った。
「扉の向こうに“誰かがいる”のは確かだ。ただし……『生徒』かどうかはわからない」
言い終えたその瞬間――
ガンッ!
内側から何かが扉を叩いた。
鋭く、必死な音。
葵は息を呑む。
冷たい汗が背中を伝う。
再び、扉が揺れる。
ガンッ……ガンッ……!
奏が泣きそうな声を漏らした。
「ねぇ……これ……ほんとに“人”だよね?!」
葵の心臓は激しく脈打つ。
颯は葵の腕を引き寄せ、自分の後ろに隠した。
「葵、下がって。絶対に前に出るな」
青年は扉に耳を寄せ、静かに息を吸った。
その表情には、わずかな緊張すら浮かんでいた。
「向こう側にいる“何か”は……助けを求めている。ただし――」
青年はゆっくりと振り返り、葵の瞳をまっすぐ見つめた。
「葵を“呼んでいる”。」
空気が凍りついた。
「わ、私を……?」
葵の声が震える。
颯が青年を睨みつける。
「ふざけるな。葵は巻き込まれてなんかいない」
青年は静かに言った。
「もう巻き込まれている。最初にあの紙を拾った時点でな」
葵の胸がざわめき、膝が震える。
(紙……『気をつけて』……あれから全部……繋がってる?)
その時――
ガチャ……ッ
封鎖器具が突然、ひとりでに動き出した。
「え……?」
金属音が廊下に響き、ロックが勝手に外れ始める。
奏が震える声で叫んだ。
「ねぇ! 誰も触ってないのに……!」
颯はすぐに葵を抱き寄せ、青年すら前に出る。
「開くぞ、構えろ!」
重たい金属の音が最後まで外れると――
放送室の扉が、ゆっくりと、ゆっくりと……ひとりでに開いていく。
暗闇の奥から、冷たい空気が漏れ出した。
その闇の中に――
白い指先が、ぽつんと覗いていた。
まるで葵を掴もうとするかのように、震えながら。
葵の心臓が止まりそうになった。




