第2話:校舎に潜むざわめき
校門の前で青年を見た瞬間から、葵の胸は落ち着かなかった。
颯が前に出て彼を牽制するように視線を向けると、青年は一歩も動かぬまま、ただ静かに見守るように立っている。
「葵、行こう」
颯が小さく囁く。
葵はうなずき、奏と三人で校舎へ向かう。
だが――学校の空気が、いつもと違う。
階段を上がる足音が、やけに響く。
生徒たちの笑い声が、どこか上ずっている。
視線を感じる。
気のせいだと否定しようとするたび、胸のざわめきは強まる。
「ね、なんか……変じゃない?」
奏が声を潜めるように言った。
「……気づいた?」
颯の表情がさらに固くなる。
葵は戸惑いながら周囲を見回す。
掲示板の前に集まっている生徒たちの中に、妙にぎこちない笑顔があった。
さっきの破裂音のようなもの――あれも無関係ではない気がした。
教室に入ると、空気がピンと張っていた。
誰も何も言わないが、どこか落ち着かない。
普段なら明るく声をかけてくる同級生も、葵の方をちらりと見ては目を逸らす。
(なに……? 私、何かした……?)
席についた途端、後ろから紙がそっと差し出された。
振り向くと、無言で目を伏せるクラスメイト。
渡されたメモには、シャープペンで書かれた震える文字。
――気をつけて。
昨日拾った紙と同じ文言だった。
葵の指先が震える。
「葵、見せて」
颯が紙を取り、眉をわずかに寄せる。
「昨日のやつと同じだね……」
奏ものぞき込む。
「……誰が書いたんだろう」
葵は不安を抑えきれない。
颯は紙を握りしめながら、周囲をさりげなく警戒する。
「葵、この学校の中に……お前に何かを伝えたい“誰か”がいる」
「どういう意味……?」
颯は言いかけて、喉の奥で言葉を止めた。
まるで、言えない事情が喉元を塞いでいるように。
その瞬間――
ガタンッ。
廊下の方で大きな音が響き、生徒たちがざわついた。
窓の外では、教師たちが慌てて走っている姿が見える。
「何があったの……?」
葵は立ち上がる。
颯はとっさに葵の手を強く引いた。
「葵、動くな」
その声は、今まで聞いたことがないほど鋭かった。
教室のドアの向こうで、誰かが急ぎ足で近づいてくる。
足音は1人分――だが、妙に重く、不規則だった。
奏が小さく息を呑む。
「ねぇ……あの足音、誰か変じゃない?」
葵の心臓が跳ねた。
足音はドアの前でぴたりと止まり――。
コン、コン。
ありえないほど静かなノック。
その静けさが、逆に恐怖を煽った。
颯が葵の前に出て、ドアを睨む。
そして、教室中の視線がドアに集まる中――ドアがゆっくりと開いた。
そこに立っていたのは――
黒髪の青年だった。
葵の息が止まる。
「……な、なんで……」
青年は何も言わず、ただ葵に視線を向ける。
そのまなざしは、警告とも、導きとも、別の何かとも取れた。
そして彼は静かに告げる。
「葵。避けられないぞ」
その言葉と同時に、校舎のどこかで再び破裂音のような音が鳴り響いた。
葵の世界が揺れた。




