第2章 第1話:揺れた朝の気配
翌朝、葵はまぶたの裏に夜の港町を残したまま目を覚ました。
胸の奥には、昨日の影と青年の微笑みがまだ張り付いている。
「……夢じゃなかったんだよね」
布団の中で小さく呟くと、心臓がひとつ跳ねた。
制服に着替えて外に出る。朝の海風はひんやり冷たく、昨日のざわつきを少しだけ薄めてくれる。
だが――。
「葵」
背後から声がした。振り返ると、颯が立っていた。
いつもの冷静な表情のままだが、その目の奥にわずかな緊張が浮かんでいる。
「今日も、気をつけろ」
その言葉は、昨日拾った紙切れとまるで同じだった。
葵の心がざわりと揺れる。
「……颯、それ……」
問いかけると、颯は一瞬だけ視線をそらした。
まるで、言えない何かを抱えているように。
「学校へ行けばわかる」
その一言に、葵の胸の奥がわずかに冷たくなる。
並んで歩く二人の少し後ろから、足音が弾むように近づいてきた。
「おはよー!今日も葵と颯、並んで歩いてる〜!」
奏が笑顔で駆け寄ってくる。無邪気さが朝の空気を一瞬だけ明るくした。
「奏……昨日、怖くなかった?」
葵の問いに、奏は笑って肩を叩く。
「怖かったよ。でも……アドベンチャーみたいで、ワクワクもした!」
その笑顔に、葵は少しだけ勇気をもらう。
三人が学校へ近づくにつれ、周囲の空気が微かに変わっていく。
ざわざわとした気配。
誰かの視線。
昨日の影が、まだどこかに潜んでいるような気配。
校門の前に差し掛かったとき、葵は立ち止まった。
門柱の影に――見慣れた黒髪が揺れていた。
黒髪の青年。
その姿は、まるで三人を待ち構えていたかのように静かに立っている。
「なんで……学校に?」
葵の声が震える。
青年は何も言わず、ただ軽く頷いた。
その瞳の奥にある光が、昨日よりもさらに深く感じられる。
颯が前に出て、静かに葵の前に腕を伸ばす。
「……ここから先は、気を引き締めろ」
その言葉の直後、校舎のどこかで微かな破裂音のようなものが響いた。
耳では捉えきれないほど小さな音。
だが、葵は確かに聞いた。
「今の……何?」
胸がざわつき、鼓動が速くなる。
青年は、わずかに目を細めると、静かに一言だけ告げた。
「始まった」
葵は息を飲み、颯と奏の手が自然と近づく。
――日常が揺れた瞬間だった。




