吾輩は猫である。正確に言えば女神様の使い魔である
吾輩は猫である。正確に言えば猫の姿をしている使い魔である。
女神様の命で、人間の聖女を導くためにこの人間の社会に降り立った。
いま吾輩の目の前で、婚約破棄なるものがおこなわれている。
王子に婚約破棄を宣言され、捨てないでくださいと泣きながらすがる聖女。
みっともないものである。
仮にも女神様のしもべである聖女なのだから、きぜんな態度をとるべきである。
聖女は泣き喚きながら、吾輩の身体を掴む。
「何を他人事、決めこんでいるんだよ!」
聖女に身体を振り回され、吐きそうになる吾輩。
「おまえは当事者だろうが!」
聖女とは思えない口の悪さである。
「いや、吾輩はまったく関係ないでしょう」
「王子は、おまえに惚れたから、私との婚約を破棄するって言っているんだよ!」
「え?吾輩は猫ですよ。猫に惚れるって、きもっ」
「おまえ、人間の姿になったことあっただろう。王子はその姿を見て、惚れたんだって」
「人間の姿って、あれ十歳ぐらいの女の子の外見じゃないですか。もっと、きもいじゃないですか」
あまりの醜態に、その場にいた王妃がその場を収めようとする。
「双方とも頭を冷やしてから、話し合いましょう。一日時間を空けてから・・・」
「うるせえ、ばばあ」
聖女は掴んでいた吾輩の身体を投げる。
王妃の顔面に、吾輩の身体がぶち当たる。
吾輩と王妃は悲鳴を上げる。
王妃を罵り顔に傷をつけた極刑行為は、女神の加護がある聖女であることから不問となった。
そのかわり、聖女に命じられていた魔王討伐が一か月以内との期限付きになった。
まったく、人の世界は滑稽である。
吾輩は、魔王討伐に旅立とうとしている聖女を見送る。
口は悪かったが、もう二度と会えなくなるかもしれないと思うと、吾輩もしんみりした気持ちになる。
聖女は吾輩の首を掴み、王国の国境を出る。
ん?
「吾輩は一緒に行きませんよ」
「いや、行くよ。女神様の許可はとってあるから。おまえも戦うのよ」
「なんで、吾輩を通さないで、女神様と話すんですか?」
「そんなことより、魔王城に行くには、この先の森を通らなくちゃいけないの。その森には性欲にまみれたゴブリンがいて襲ってくるからね」
「それは大変ですね」
「私は大丈夫なのよ」
「え?どういう意味です?」
「女神様が言っていたとおり、ちょっと認識がずれているわね。この世界のゴブリンは人間には欲情しないの。人間の飼っている家畜とかペットに襲いかかるの。だから、私は安全なのよ」
「なるほど」
「それで、あなたはゴブリンの性癖のドストライクなのよ」
吾輩は悲鳴を上げる。
吾輩は猫である。一旦、人間の姿になったが無駄だと思い知ったので、猫の姿に戻った。
「なんで、人間の姿のときでも、吾輩だけに襲い掛かってくるんですか?」
「臭いとかフェロモンとかじゃないの」
四回ほど貞操の危機一髪になった。
森を抜け、魔王城にたどり着く。
魔王配下の高位魔族が襲ってくるが、女神の加護がある聖女はそつなく倒していく。
吾輩も、女神様の使い魔として、サポートする。
「よくぞ、ここまでたどり着いた。この魔王自ら相手にしてやろう」
聖女と魔王の戦いが始まる。
高度な魔法攻撃が飛び交い、その合間に剣や体術でのかく乱も混じる。
手を出せない高次元な戦いが展開され、吾輩は見守るしかできない。
だけど、
めちゃ、魔王がこっちを見てくる。
なんだろう?
戦っている最中なのに、ずっと吾輩の方を見ている。
ガン見してくる。
「ちょっと、ストップ」
魔王がなんだか可愛い声を出して、戦闘を中断させる。
「ええっと、その、そちらのお嬢さんなんだけど、なんでそんないやらしい格好と言うか、なんで素っ裸なんだ?」
ほわっ?
吾輩をお嬢さんと呼んだ魔王は、顔を真っ赤にして今度は視線をそらす。
猫ってふつう裸じゃん。
そう言えば魔族はみんな服を着ているな。
意識してしまうと、めちゃくちゃ恥ずかしくなってくる。
魔王は、聖女にこそこそ話をする。
「あのお嬢さんは彼氏とかいるのですか。いや、いるに決まってますね」
「ははっん。惚れたな。よし、お姉さんに任せなさい。魔族が人間との戦争をやめたら、あの子と結婚させてあげるわ」
バカ聖女、何言ってるんだ。
「わかりました。戦争やめます」
待て、魔王。
天から光が下り、女神様が現れる。
「感動しましたわ。愛によって、戦いが終わる。なんて素晴らしいのでしょう」
帰れ、バカ女神。
吾輩は猫である。バカ女神から脱走している最中の使い魔である。
今、この世界は、人間も魔族も仲良く手を取り合っている。そして、協力して吾輩を捕まえようとしている。
吾輩は逃走中である。
世界の全てが敵である。
それでも、吾輩は逃げるのである。
おわり