通いたくなる歯医者にできる?
歯の治療中に言われる「痛かったら手を上げてください」から生まれたお話です。
──奥歯が痛くて一睡もできなかった。
一ヶ月ほど痛み止めで誤魔化してきたけれど、さすがに限界だ。ずっと目を背けてきた『親知らず』といよいよ向き合わなければいけない……。
スマホで近所の歯医者を探すと、近所に新しくできたクリニックが見つかり、まずは口コミを見てみる。
評判が悪いところには行きたくないもんね。
『治療終わったけど月イチでメンテに通います!』
『すごく癒されました。通いたいと思ったのは初めてです』
『痛みを我慢しなくていいなんて……最高です』
『指名システムってないんですか?』
……これ、ほんとに歯医者の口コミ?
妙に柔らかいコメントばかりで逆に不安になるけれど、痛みは容赦してくれない。
考えるのを諦めて、私はその歯医者を予約した。
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クリニックに着いて最初に驚いたのは、問診票と一緒に渡された 『質問票』だった。
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【質問票】※悩まずにお答えください
□小さい子は好きですか
□小さい子に懐かれますか
□小さい子にからかわれると不快ですか
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……歯医者で聞く質問じゃないよね? 性格診断? 問診票より項目が多いんだけど。
全部記入して受付に渡した後、名前を呼ばれて診療台に案内される。
担当らしき女性が私の横に立ち、もう一人、小さな女の子がぴょこんと隣に現れた。
「今日の治療をサポートしてくれる、ももちゃんです」
「ももです、8歳です!」
……え? サポート? 何を?
考える暇もなくももちゃんが私の首にエプロンを掛けてくる。真っ直ぐになっているか何度も覗き込んでくるのが可愛らしい。
なるほど、そういうサポートなんだね。流石に資格とか責任の問題で実際に治療するわけないか。
椅子が傾き、目元にタオルが置かれた。
「痛かったら左手を上げてくださいね。本当に痛かったら右手を上げてください」
「はい……え?」
左右で何が違うのか聞き返す間もなく治療が始まった。
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麻酔の注射はやっぱり痛い。
でも、さすがにこれで“痛いです”アピールはできない。
奥歯を削り始めてしばらくすると鈍い痛みを感じて、左手をそっと上げる。
「こんな痛みも我慢できないの? お姉ちゃん、大人なのに……」
耳元で囁かれる小さな声。
えっ……今なんて言われた?
思わず手を下ろす。
口を開けたまま羞恥に耐えるのって、こんなに難しいんだ。
さらに痛みが強くなってきたので今度は恐る恐る右手を上げる。
「えっ、本当に痛いの!? ……もう少しだからね、がんばって?」
次の瞬間、ふわっと小さな手が頭を撫でてきた。
……いや、癒されるんだけど。
いや、癒されるんだけど!?
ツッコミどころが多すぎて、もうどういう状況なのかわからない。
いつの間にか左手を小さい手に握られ、『がんばれ、がんばれ』と小さい声に励まされながら、治療は進んでいった。
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「以上で治療は終わりです。
追加オプションの“歯磨き指導”はいかがなさいますか?」
担当女性の横で、ももちゃんが上目遣いで私を見てくる。その目に負け……いや、予定が空いていたのでお願いすることにした。
マスク越しなので表情はわからないけど、ももちゃんのうれしそうな雰囲気を感じる。
手鏡を持たされ、ももちゃんが私の歯を丁寧に磨いてくれる。
「ここはね、横向きで小刻みに動かすといいよ」
家庭で親が子にするはずの光景が、なぜか逆になっている不思議な空間。でも、気づけば私はすっかり力が抜けていた。
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手渡された"アンケート用紙"の記入が終わり、会計を済ませて次回の予約も入れる。
ももちゃんは出口まで付いてきて、最後に紙を手渡してきた。
それには歯のキャラクターが描かれていて、『またきてね』の文字が入った手書きのメッセージカードだった。
小さく手を振るももちゃんに笑顔で手を振り返してクリニックを出る。
私は歩きながら、口コミの意味を理解し始めていた。
……うん。これは確かに、通いたくなるかも。
“癒し特化型クリニック”です。
いかがわしいお店ではありません!
実際のところ『痛かったら手を上げる』のって、『治療を優しくする』のか『痛みの有無で削り具合を判断する』のか、どっちなんでしょうね。
もし後者なら手を上げなければいけなくなるし。




