冒険者のお仕事
僕は人族の街に来て冒険者登録をした。身分証とお金が必要だったからだ。冒険者ギルドのメアリーから薬草採取を勧められ、郊外に薬草を採りに行くことにした。すると、正門のところにカールがいた。
「身分証は手に入れたか?」
「はい。先ほどはありがとうございました。無事に冒険者登録できました。」
「そりゃよかったな。頑張れよ!」
門を出て東に歩き始めたが、何故かリンが一緒だ。
「どうしてついてくるのさ?」
「だって、あなたヒール草を見たことないでしょ?私が教えてあげるわ。」
リンは親切というよりも、かなり世話好きなのかもしれない。急ぎ足で歩いたせいか目的の草原までさほど時間がかからなかった。目の前には広大な草原が広がっている。この中から目的の薬草を見つけなくてはならない。結構、大変な作業だ。すると、いきなりリンが声をかけてきた。
「リュウ!あれがそうよ。」
リンの指さした方向を見ると紫の花があった。
「あれがそうなの?結構生えてるな~。」
「当たり前でしょ!ここは私の秘密の場所なんだから!ここはヒール草の群生地なのよ。他の人に言っちゃだめだからね。」
「わかったよ。ありがとう。」
お礼を言われることになれてないのかリンがもじもじしている。僕はヒール草の採取を始めた。途中から楽しくなって、気が付けば持ちきれないほど採取していた。
「このぐらいでいいや。これ以上は持てないし。」
「そうね~。魔法袋があれば便利なんだけど、あれってすごく高いしね。」
「魔法袋?」
「そうよ。空間魔法が付与してあって、高価なものだと馬車1台分ぐらい入るみたいよ。」
「そうなんだ~。」
「でも、空間魔法が使える人がいるなら空間収納できる人もいるんじゃないの?」
「あなた馬鹿なの?!空間収納なんてお伽噺の話でしょ!そんなのが使える人がいたら大騒ぎになるわよ!」
「どうしてさ?」
「だって、武器を隠しておけるじゃない。そんな人がいたらどこの国も危険人物に指定するわよ。」
“よかった~。リンに言われなかったら亜空間に仕舞うとこだった。”
人族の国に来ていきなり危険人物にされるのは困る。この街に来る途中で何匹か魔物を討伐したけど、当面は空間収納から出すわけにはいかないだろう。
「よいしょっと。帰るよ。」
僕はヒール草を両手いっぱいに持って街に向かった。なぜか隣にいるリンも大量のヒール草を持っている。
「お帰り!早かったわね。二人とも。あっちのカウンターの上においてくれるかな。」
僕とリンはメアリーに言われた通り、カウンターの上にヒール草を置いた。
「じゃあ、報酬を渡すわね。リュウ君は金貨1枚ね。リンちゃんは銀貨7枚よ。」
僕には貨幣に関しての知識がない。金貨がどのくらいの価値なのか全くわからないのだ。
「すみません。メアリーさん。この国の貨幣について教えてくれますか?」
何か変なことを言ったのだろうか、メアリーが口を開けてポカーンとしている。すると、隣からリンが言ってきた。
「やっぱりあなた変よ!」
「だって知らないんだからしょうがないだろ!」
するとメアリーが説明し始めた。どうやら人族の間では共通の貨幣を利用しているらしい。銅貨10枚で銀貨1枚。銀貨10枚で金貨1枚。金貨10枚で白金貨1枚になるようだ。
「ありがとうございます。メアリーさん。だったら、この金貨を銀貨にしてくれませんか?」
「いいわよ。」
僕はメアリーから銀貨を10枚もらった。その中から3枚をリンに渡した。
「リンさん。ありがとう。これ返すね。」
すると、リンが頬を赤らめて言った。
「初めて名前を呼んでくれたわね。でも、リンでいいよ。私もリュウって呼んでるし。」
「わかったよ。今日は本当に助かったよ。ありがとう。」
「リュウはこれからどうするの?」
「野宿できる場所を探すよ。」
僕はエンシェントドラゴンの息子だ。そのためか外で寝ることに全く抵抗がない。だが、リンが真っ赤な顔で怒り始めた。
「ダメよ!あなた剣だって持ってないじゃない!夜盗に襲われたらどうするのよ!」
「夜盗?この街にそんな人がいるの?みんないい人達に見えたけど。」
「何言ってるのよ!そういう連中は昼間は大人しくしていて夜に活動するのよ!」
するとメアリーが話に加わってきた。
「リュウ君。泊まる場所がないんだ~。だったらうちに来なよ。私も一人暮らしだからさ。」
「いいんですか?迷惑じゃないですか?」
「リュウ君みたいな子なら大歓迎よ。」
なぜかリンが怒ってる。
「ダメよ!女性が一人暮らしの家になんか!」
「あらあら、私は平気よ。リンちゃん。」
「いいわ!私の泊まっている宿に来なさい!1泊2食付きで銀貨3枚で交渉してあげるから!」
「えっ?!リンは宿に泊まってるの?」
リンの話を聞いてちょっと驚いた。宿に泊まっているとしたら、もしかしたらリンもこの街の人間じゃないのかもしれない。
「そうよ!いけない?」
「別にそうじゃないけどさ。リンはこの街の住人だと思っていたからさ。」
「違うわよ。去年この街に来たのよ。」
「わかったよ。じゃあ、お願いするよ。」
“やっぱりそうだ。でも、15歳の少女がどうして一人でこの街に来たのだろう。まあ、深入りしないようにしておこう。それよりも手元には銀貨7枚ある。宿屋に泊まるには十分だ。”
僕はリンと一緒に宿屋に向かった。宿屋の名前は『アルベール館』だ。他の街から移住してきた夫婦が経営している。女将さんはローズ、旦那さんはジェットと言っていた。
「しょうがないわね~。リンちゃんの紹介なら1泊2食付きで銀貨3枚でいいわよ。」
「ありがとうございます。」
部屋に行くとベッドが一つあるだけだった。トイレは共用で1階にしかない。お風呂はないので、近くの公衆浴場に行くか、外の井戸で水を汲んできて体を拭くしかない。ベッドに寝転んでいるとリンがやってきた。
「リュウはお風呂どうするの?」
「適当に行くよ。」
「そう。そろそろご飯だけど一緒に行く?」
「そうだね。僕もお腹空いてきちゃったし。」
僕とリンが食堂に降りて行くと、冒険者のような男達が酒を飲んでいた。他にも商人や家族連れがいる。恐らく宿泊客なのだろう。
「ローズさん。今日の料理はな~に?」
「ホーンラビットのスープとレッドボアの野菜炒めよ。」
「おいしそう!」
「ちょっと待っててね。」
「は~い。」
こうしてみるとリンもまだ子どもだ。それにしても彼女は何者なんだろう?気にしないようにしているがやはり気になる。1年前にこの街に来たとか言っていたが、両親はどうしたんだろう?彼女は自分のことを何も話さない。謎だらけだ。
「リン。僕さ~。世界中を旅したいんだ~。だからある程度お金が溜まったら王都に行くつもりなんだけど。」
僕の言葉を聞いてリンの様子が暗くなった。
「王都か~。何にもないわよ。貴族達が争ったり、平民を馬鹿にしたり、いいことなんか何にもないところよ。それよりもここの方がはるかに幸せに暮らせるわ。」
「もしかして、リンは王都から来たの?」
「ち、ち、違うけど。噂を聞いただけよ。」
なんかリンが焦ってる。
「ならリンはどこから来たのさ?」
「私のことはどうでもいいでしょ!」
・・・・・
「ごめん。怒鳴ったりして。」
「いいよ。気にしてないから。それよりごめん。言いたくないこともあるよね。」
ローズさんが料理を運んできてくれた。物凄くいい匂いだ。考えてみれば、記憶を取り戻してから調理されている食事は初めてかもしれない。野生動物や魔物を食べたりしたが、丸ごと焼いて豪快にかぶりついていたのだ。
「美味しい!このスープ、物凄く美味しいよ!」
前世でもこんなにおいしい料理を食べた記憶はない。思わず涙が出てきた。
「どうしたの?リュウ。」
「こんなにおいしい料理初めてだったから。」
「泣かないでよ!私が泣かせたように思われるでしょ!」
「でも、本当に美味しんだよ。」
ローズさんがやってきた。
「あら、どうしたのさ。」
「ローズさん聞いてよ!リュウったら一口食べて、こんなに美味しい料理は初めてだって泣き始めたのよ。」
「そうかい。嬉しいね~。そんなに美味しかったのかい。ならおかわりしていいよ。今日だけ特別だからね。」
「ありがとうございます。」
当たり前だが、人間の姿になってから食べる量が極端に減った。スープ2杯とレッドボアの野菜炒めだけで満腹になってしまった。
「リュウ。明日はどうするの?」
「今日と同じさ。薬草採取するよ。」
「明日も薬草採取の依頼があるかどうかわからないわよ。それよりもゴブリンの盗伐にでも行かない?」
「行かないよ。薬草採取がなければ他の依頼を探すよ。」
「まさか、ゴブリンが怖いの?」
何と答えようか考えてしまった。決してゴブリンが怖いわけではない。でも、食べるためならともかくとして、むやみに生き物を殺すのはどうも気がひけてしまう。それに、下手に一緒に魔物を討伐して、僕のことがばれてしまうかもしれない。
「生き物を殺すのは好きじゃないんだ。」
「バッカじゃなーい!ゴブリンやオークは魔物なのよ。放っておけば人間を襲ったりするのよ。あなた、害虫は駆除するでしょ?同じじゃない!」
言われてみればそうだ。前世でもネズミや蚊のように人間に害になるものは殺していた。
「わかったよ。ならゴブリン退治に行くよ。」
「でも剣がないわね~。ギルドで借りられるかな~。」