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New age children  作者: え-O
2/4

2.

 反動とは何かに対して何かの力が働くとき、それとは反対の方向に働く力のことであり、反作用ともいわれる。

 宇宙空間では、体を固定していなければボールを投げた時にその反動(反作用)で自分自身もボールとは反対に動いてしまう。

 積み荷も加えれば2トンも大きく超えるトラック。それがブレーキも踏まずに突っ込んだのだ。ガードポールにか? いや、人にである。相手が人工物よりは柔らかいとはいえ、その車体は反動を受け大破は免れなかった。

 エアバックが運転手を殴りつける。それで逆に意識を取り戻した運転手は認識が間に合わずにいた。眼前に広がる白い布。顔の痛み、全身の痛み。首を左右に振ると思考回路が動き始めたが霞がかかってうまく機能しなかった。現状に記憶の断片がパズルのようにはまり始め、状況を吐き出す。

 …まさか…事故? 運転手は頭でうずく痛みを何度か振り払いながらゆっくりと運転席を降りた。

「あ…」愕然とした。膝から力が抜けてそのまま尻餅をついた。事故を起こしたことは理解した。理解したはずだった。だが、目の前の光景を信じられず、そして「もう…いいか…」と責任と意識を放り投げて昏倒した。

 トラックの全面はつぶれていた。そこに血痕があれば、まだ運転手は正気を保っていたかもしれない。  

 金属で作られた車体はそこに巨大なポールが立っていたかのように少年少女を避けてひしゃげていた。  

 これは夢だ。自己の常識と合わない現実は、運転手が意識を手放すにはもってこいの言い訳をもっていた。


「大丈夫か?」狭間は腕の中のこよりに問いかける。反応がない。もしやどこか怪我でもしてるんじゃ。狭間はこよりの両肩をゆすり「大丈夫なのか?」ともう一度問いかける。

「キャー!!!!!」水島こよりの掌底が顎に決まる。

「えっ?なに?」

「うっっさい!! 急に抱きしめるとかびっくりするでしょうが!!!」

 水島こよりの顔は耳まで真っ赤に燃えている。言われてみればいくら助けるためとはいえ、急に抱きしめたのだから痴漢のように扱われても無理はない。自分の手に残るぬくもりを再確認すると狭間の顔も赤く染まった。

「いや、そうだけど、すいません! だけど、咄嗟の時ってどう反応するかわからんし、とりあえずくっついてれば弾かれることはないかって…」

「うっさい!!!! 死ね!!!!」一眼レフの入ったスクールバックは十分なスピードを持って狭間真の頭に炸裂した。

 

 誰かが通報したのか警察官はほどなくして救急車をつれてやってきた。救急隊員たちは横目で大破した車両を確認し、ある程度の惨状を予想しながら被害者を探す。トラック側に血液が見られない。だが、あの車体のひしゃげ具合からみて人体が無事であるとは思えない。五体がつながっていれば御の字。まず止血。搬送先を探しながら輸血準備。輸血用血液の追加依頼をしなくては! 救急隊は焦り、傍らにいる少年少女に問いかける。

「被害者は!?」少年少女は一度互いの顔を見合わせ。遠慮気味に手を挙げる。

救急隊員に疑問符は沸いた。が、周囲を見渡しても怪我人は他になく、女生徒の方も怪我はなく、男子生徒の頭のこぶだけ処置をした。


 異常がないか調べられていると担任を含めた教師が数人やってきた。その頃には救急隊も重症患者を探すのを諦め、狭間たちの手当についた。

 やってきた教師たちは原型を留めない車体を見ると、救急隊と同様の想像を膨らませた。その非現実性に彼らは足を止めたが、クラス担任の伊藤加奈子だけは横目でその惨状を確認しただけで狭間たちに駆け寄った。

「大丈夫か!?」

 伊藤加奈子が問いかけると狭間は「大丈夫っす」とばかりに笑顔でサムズアップを見せ、救急車の後部に座り診断を受けていた水島こよりも一回頷いた。


 事故は取り合えず居眠り運転だろうと言われた。

「とりあえず」とは運転手が意識を取り戻さず、救急車で運ばれて行ったので、状況判断と狭間たちへの聞き取りで「とりあえず」判断された。

 無傷であることは確認できていたが、伊藤加奈子は二人に帰るように言った。精神的なダメージがどれほどあるのか計り知れない。狭間真はとくに異常がみとめられないが、水島こよりは顔が赤く反応が悪い。狭間にしても精神的なショックもあるかもしれない。なんなら家まで送るぞ。と提案したが、二人は声をそろえて「大丈夫です」と答えた。

「いや、送ろう」白衣を着た男が割って入ってきた。「いや、大丈夫です」と回答しようとして狭間真の口は止まり「誰だっけ?」と水島に聞くような口調で伊藤に問いかけた。

「馬鹿野郎、副担任の神間総太かみま そうた先生だよ。昨日だって私の代わりにアサ会とかやってくれてただろ?」

 あっ…と思い昨日は昼近くまで寝ていたことを思い出した。そうか、だから昼まで寝てられたのか。余計なことは言うまいと「そうでした、そうでした」と返した。

 怪しい。狭間の反応を伊藤は訝しんだ。だが、二日酔いで休んだ手前、あまり突っ込むのは良くないと判断した。

 余談ではあるが、伊藤加奈子が二日酔いで休むときの言い訳は「頭痛と吐き気、それに倦怠感もあるので風邪かもしれません」である。我ながら嘘はついていないし、良い言い訳だと思っているが、飲み仲間の教師は出勤しているため、大概ばれている。

「大丈夫です!一人で帰れます!」言ったのは水島こよりだった。突然脇から声がしたことに驚いたのか、神間は「そっ、そうか」と少し引いた姿勢を見せた。

 顔は赤いがしっかりとした足取りで歩き始める水島こより。狭間真は「じゃ!」と軽く挨拶をして水島の後を追った。


 水島こよりはいつもより歩調が速かった。終始黙り込み、たまに「うーん」と唸る。さすがにほとぼりも冷めたかと顔を覗き込むと「ぎゃぁ~!」と悲鳴と暴力が重なった。

「いきなり顔を近づけるな! バカ!」

「なんだよ、怪我でもしてんのかとか心配してるんだろう?」

「うっさい! あーもう、何度も何度も顔近づけてきて! 何考えていたか忘れちゃった!」

 と言い切る前に声量は弱まり顔が曇った。

「それよ、狭間」

「なによ、どれよ」

「さっきっからなんか違和感あったんだけど、ひょっとして…私たち狙われてない?」

 第六感という言葉がある。

 五感の上。つまり超常の力であり、日常生活ではほぼ使われることはない。

 しかし、「第六感」を一言で「なんとなく」あるいは「偶然」と片付けてしまうのは尚早ではないだろうか。

 人は危機的状況になると自分の今までの人生を走馬灯のように思い出すという。それは一部の人間に言わせると、危機的状況において脳が過去のデータの中から助かる方法を検索しているのではないか。と言われている。

 だとすれば、「虫の知らせ」「第六感」と言われている現象も自分自身が自覚していないだけで、脳が過去のデータ(記憶)から何らかの「答え」を導き出したものなのではないだろうか。

 それがもし、何かをきっかけにして強く作用するようになるのであれば、数々の不思議な話に触れ、強いショックを受けた脳の、人間の力の限界値が「ここではない」と気づいた水島こよりの脳が人知を超えた、あるいは宇宙の真理に近づいた感覚を持っても不思議はない。

 という長文がしっかりゆっくり読まれるだけの時間、狭間は時間の流れを失い、それを取り戻した瞬間「ぶふぁ!」と吹き出した。

「誰が狙われてるって? 俺? 水島? ないない! 陰謀論とかってやつか? ないない! なにがどうなったらそんな話になんだよ!」

「何度も何度もこんなスクープ級の事件が起こるなんておかしいでしょ!」と言いはしたが、昨日の事件はこちらから挑んでいるのである。それを思い出し、水島の顔は改めて紅潮した。

「しね!」

 八つ当たりアタックは狭間の、いや、男の急所をとらえた。狭間は死ぬよりも前に女の子になってしまうのではないかと思いながら崩れ落ちた。


 夢を見た。

 同じ夢。

 学生服で歩いている。

 少し歩いているとつけられている気がして振り返った。誰もいない。気にせず歩いていくと踏切にさしかかる。夢はそこで終わる。

 通学路に踏切はない。同じ夢を見るといっても歩くだけの夢だ。初めのうちはむしろ面白がっていた気すらする。

 変化があったのは3日ぐらい同じ夢を見たときだった。その日の夢では振り返った時、今まで気づかなかった人影が遠くに見えた。

 そしてそれは、日を追うごとに段々と近づいてきた。最近では野球帽にジャンパー姿だということまで判別できるぐらいまで近づいてきた。

 同じ夢を繰り替えす。男は近づいてくる。夢の中で襲われるわけでもないし、そもそも夢なのだから気にしなければいい。

 そうは思っても恐怖心は殺しきれず、夜中に目が覚めてしまうこともしばしばあった。

 緊張のせいか食事ものどを通らなくなってきた。頭が痛い。気持ちが悪い。今日の夢ではついに男が手を伸ばせる位置まで来ていた。

 何とか授業を終え帰宅の途に就く。足元がふらつく。さすがにおかしいと思い帰りがけに病院に寄ろうと思った。

 カンカンカン、聞き覚えのある音。さんざん夢の中で聞いたあの音だ。茫々としていた意識が定まる。気が付けば遮断機の前。そうだ、病院に行くにはこの踏切を越えなくてはならない。夢との合致に背筋を何かが走った。途端恐怖で腰が抜けた。その場に座り込んだと同時に頭上を影が通り過ぎた。

 電車にひかれたのは中年の男だった。周りの人の証言では自分から飛び込んだようだといい、自殺として片づけられた。

 だが、きっと自殺ではない。100歩譲って死にたい願望はあったかもしれない。だが、彼は決して一人で死ぬ気ではなかったと思う。

 頭上を通り過ぎた影。通り過ぎる瞬間、はっきりと目が合い、彼はこう言っていた。

「夢と違う」


「ね?」

 どうだ? といわんばかり力づよく水島こよりは迫った。フードコートでスマホの画面を見せられながら、狭間は「命を狙われる可能性」についての研究結果を聞かされていた。この講習代は『54』のアイストリプルであり、強制徴収となっていた。

「他には…」

「いいや、もういいっす。すいませんでした!」

 狭間はテーブルに頭がつくほど謝罪した。

「他には、「国境」ってみんなが言ってる北側の住宅地の向こうの山の中に研究所があって」

「昨日、水島のとこのお母さんが言ってたやつ?」

「そう。そこでは超能力の実験が行われてて、動物実験も行われてて、そこで実験されてた動物たちが未だ山の中をさまよっていて、中には人の言葉で話しかけてくる動物もいるんだってさ」

「あーなるほどー。うんうん。そういうこともあるよねー」

「で、その動物たちと会っちゃった人たちは数日のうちに黒いスーツ男たちに記憶を消されちゃうんだって」

 記憶を消されちゃうのに誰が話をしてるんだろう? と突っ込みはせず狭間は赤べこのように何度も首を縦に振った。

「ちょっと、聞いてる?」

「聞いてるよ。 つったって、別にしゃべる動物なんか見てないだろ?」

「そこよそこ。きっと昨日の先輩がやばい実験とか受けてて、それに係っちゃった私たちのことを狙ってるのよ!」

 強盗が皆実験を受けてるのか? 楽しんでないか? 顔に出た自覚があり、そのままの言葉も口を出た。

「そんなことないわよ! 失礼ね! でも、こんな可憐な美少女が正体もわからぬ黒いスーツの男たちに狙われているなんて、…なんてかわいそうなんでしょう!」

 カワウソでしょうか。と問い返せば何をされるか、させられるかわからない。狭間真は愛想笑いをするのが精いっぱいだった。

「さて、アイスも食べ終わったことだし」

「そろそろ帰ろうか」

「そろそろあったかい物が食べたくなってきたわ」

 狭間は嘆きながら財布の中身を確認し血涙が流れそうになるのを必死にこらえた。

「ここ、いいデスカ?」

 不意に声をかけられた。片言、もしくはAIのような抑揚おかしな言葉だった。見上げれば同じ制服を着ている。そしてその手には金属バット。

「水島! 逃げろ!」

狭間は転げるように椅子から降りて距離を取る。躊躇なく振り上げられた凶器は狭間が座っていた椅子を砕く。

「えっ? この人って!?」

「昨日暴れてたヤツだよ」叫んだ狭間は手のひらを暴漢に向ける。

 カンッと甲高い音がした。それは高校野球の中継でホームランが出た時の音に似ていた。再び振り上げたバットが手元から消えた少年は自分の手を確認する。

「ん? ひょっとして、知らない?」

狭間は手のひらを少年に向け続ける。少年は構わず拳で襲いかかった。

 ドンッ。今度は低い音が鳴った。襲いかかる少年の体が少しだけ宙に浮いた。一瞬、それでも動こうとしたのか視線を狭間に向けたが、お腹を抱えたまま床に崩れ落ちた。身構えた狭間は安堵のため息を落とした。

「水島、大丈夫か?」

確認する水島の表情は暗い。

「狭間…後ろ…」

「後ろ…」の言葉は聞き取りずらかった。が視線と指先で指し示す場所はわかった。分かれば尚敏感に人の気配を感じる。

「今のはなんだ?」

後ろから声がかかった。聞いたことがない声だ。狭間の背筋に冷たいものが走る。振り返って人物を確認したいが、何か行動を起こしたらその時点で致命傷を負わされる。そんなことは誰も一言も言ってないが、背中にかかる空気はそう伝えていた。

 後頭部に何かが押し当てられる。冷たい。だがそれよりも冷たい、感情のこもらない声が質問を重ねた。

「今起こった現象は何か? と聞いている。…気功? 初見すぎて何が起こったのかわからない。だから俺は用心し、確認する。『今起こった現象は何か?』」

後頭部に何が押し当てられているかわからない。それ以上に後ろの男の意図が掴めない。後頭部に押し当てられた物が凶器であるかどうかよりも、得体の知れないということの方が恐怖を呼んだ。狭間はできるだけ冷静になろうと呼吸を1つした。

「『ブラスター』っす。俺も理屈はわからないんですが、手のひらを向けた方向になんかの(ちから)を打ち出せるっす」

 沈黙。どれだけの時間それがあったのかわからない。先に沈黙を破ったのは襲撃者の笑い声だった。

「わからない? 『ブラスター』なんて中二病チックな大層な名前が付いているのに『わからない』のか?」

狭間の顔は赤く染まった。それは感情に任せて書いた詩を音読された時の感情に酷似していた。

「違うっす! 俺が考えた訳じゃないっす! そのっ、なんていうか! 頭にポーっと浮かんできたっていうか、ぼんやりした記憶から思い出したっていうか!」

「やっぱりお前発信じゃないか」確認されてさらに顔から火を吹く思いをした。

 大きなため息とも安堵の息抜きとも取れる呼吸があった。後頭部に押し当てられていた何かが離される。

「何か気が抜けた。よくわからんが同じ高校のよしみということで話し合いにするか」

「初めから話し合いにしてくれ」心からそう思ったが先に安堵のため息が出た。


霧島良(きりしま りょう)だ」

 握手を求める少年は年上とは思えないような屈託のない笑顔をみせた。背は低いがそれを補うだけのルックスをもっていた。アイドルか俳優か。同性の狭間ですら認めるほどであった。

「じゃ、行こうか」霧島が踵を返す。

「どこに?」と言いかけてあわてて「どこへですか?」と狭間は言い直した。

「もう、警備員が飛んでくるだろう。面倒はごめんだ。近くの緑地公園でゆっくり話そう。とりあえず狭間君は相沢…彼を背負ってくれ」

 指示はしたぞ。とばかりに歩き出す霧島。

「いやいやいや、なんで俺が運ばないといけないんですか!?」質問というよりも抗議である。

「誰が気絶させたんだ?」

「俺です」

「この中で一番体が大きのは?」

「俺です」

 わかったろ? とばかりに視線を相沢と呼ばれた少年に向けた。狭間が渋々背負うと「ちょっと君たち!」と声がかかり、3人は同時に駆け出した。


 ショッピングモールから歩いて10分程度のところに霧島が言う緑地公園はある。

 雑木林を改築した公園で敷地は広い。散歩コースの1周を回れば小1時間かかる。キャンプエリアもあり、遊具エリアは土日ともなれば家族連れでごった返す。人々の憩いの場である。ここに逃げたとわかったところで探し出すには時間がかかるだろう。「話す時間が稼げればいい」とこれまた霧島の提案で公園の見通しがきく広場に出た。

「ちょっと待ってくださいよー」

 遅れてきた狭間に霧島はため息を落とした。

「なんだ。体力のない奴だな。超能力を持ってるくせに」

「超能力は関係ないっす! 俺の力は『打ち出す』だけで体力がムチャクチャあるとか、力持ちなわけでもないっす!」

 狭間は背負った少年を降ろそうとしたが霧島が無言でベンチを指さしたのでそちらに寝かせた。


「改めて自己紹介しよう。2年の霧島良だ」

「俺は…」と続けようとする口を霧島の手が遮った。

「狭間真。だろ? そういえば転校生に変なのが入ってきたと噂になっていた。俺はあまり学校に興味がないのでいかないからここまで確認が後回しになっていたんだが…。なるほど、噂は本当だったわけか」

一人で解決に行き着く霧島良を狭間はじっと見つめた。

「なにか?」

「いや、随分あっさり認められちゃうんだなって」

 狭間は転校初日に事件を思い出し、その時ですらクラスメイト達が納得するまで随分時間と手間がかかったことを思い出した。

「いや、疑ってはいるよ」霧島の回答は予想外の物であった。

「疑ってはいる。が、今はお前の情報を信じておこうか。というここだ。人の言葉をすんなり信じるほど子供ではないが、事実を事実して受け止められないほどキャパが無いつもりもない。見せつけられているしな。俺は俺なりに情報を収集、分析して真実に足るか確認する。嘘なら嘘とわかった時に反応すればいい。それだけだよ」

 霧島はあたりを見渡し人のいないことを確認すると、「さて」と狭間に向き直った。

「証言と証明と実験と実践の時間だ。聞きたいことがある。時間ももったいないし、聞きながら君の力の真髄を見せてもらおうか」

 霧島は右手を挙げて「とりあえずここに打ち込んでみてくれ」とキャッチボールを始めるかの如く軽い調子で言った。


「狭間は関係ないですよ」

 並べた空き缶を狙い撃ちさせる実験中、となりの水島こよりが霧島に切り出した。

「本人も言ってたと思いますが、アイツの超能力は『打ち出す』だけです。何が打ち出されてるのかは知りません。狭間もわからないって言ってます。逆に聞きますが、狭間を疑う理由は何ですか?」

 こういう時、水島こよりはなぜか強気になる。もし報道に係る仕事をしたら悪徳政治家にもどんどん質問して煙たがられる存在になるだろうと狭間は思った。

「俺は相沢と同じクラスだ。友人というわけではない。そもそも学校にあまり行かないからな。だが、あるクラスメイトから『相沢君はあんなことをする人じゃない』『なにかおかしい』と依頼されて、調べた。結果、たしかに彼は強盗なんかをするような質ではなかった。まぁ、内心まではわからないけど」

 霧島は一息ついて続ける。

「それで薬でもやっているのかと調べたがそれも違う。ストレス? とにかく本人に話を聞くのが一番早いと思って会いに行ってみれば行方不明という。だから探していたら君たちと争っているところを見つけたという訳さ。俺からみたら相沢は一方的にやられてたように見えたからな。お前がなにかしたのかと思ったまでだ。なんらかの弱みを握って強盗をさせた。とかな」

「してません、してません。つーかそんなに俺って悪い奴に見えますか?」

 言われて霧島が頭の先からつま先まで確認する。

「見えんな。頭は悪そうだが」

「正解です」水島が答えた。

「ひどいです」と狭間は感想を漏らした。

「でも、先輩って優しいんですね? 友人でもない友達の心配をするなんて」

 霧島は意外そうな顔で答える。

「別に心配はしていない。『依頼』されたから調べ、探しただけだ。金はもらうよ」

「えっ? …同級生相手にですか? …ちょっと引きます」

 水島は文字通り一歩引いて身構えた。

「君たちはどうかしらんが、俺は訳あって一人暮らししてる。そうでなくてもこの世の中、金はいるさ。まぁ、彼は見つけたことだし。あとはお前の超能力の件だな」

 霧島は狭間に向き直った。

「自分でもあまりわかってないって言っていたな。日を改めて調べたい」

 どうして自分の回りは人の予定を聞かない人ばかりなのだろう。狭間は先輩と同級生を交互に見比べた。


 月曜日。

 人がその理性を試される日である。

 ただでさえ土日を抜けた後の登校日など憂鬱であるのに、土日が自分の余暇にあてられなかった狭間は昨日までは実は平日だったのではないか。と布団の中で思い込もうとしていた。

 ピンポーン、無情にも鳴り響くインターホン。体がだるい。どうせ水島だろう。

 ピンポーン。まぁ、諦めないわな。でも眠い。多分、もうすぐ水島よりも先に睡魔が会いにきてしまう。

 ピンポーン。フフフッ、諦めたまえ水島こより。俺はすでに睡魔様のしもべなのだよ。狭間は枕ごと布団の深くにもぐりこんだ。

 ガチャ。「お邪魔しまーす!」と元気な声が響き渡った。「入るぞ」と覚えのある声もする。…はぁ? 狭間は事態の異常さに気づき布団から飛び起きた。

「なんだ。起きてるじゃないか」部屋に霧島良と水島こよりが入ってきた。

「えっ? なんすか? なんで入ってきて…」

 侵入者の二人は顔を見合わせる。

「狭間が起きてこないから仕方なく入ってきたのよ?」

「そうじゃなく。そうでなくて、鍵かかってたでしょ?」

「問題ない。このぐらいの鍵なら大体開けられる」

 答えた霧島は悪びれる風もない。その上部屋の中を眺めまわす。

「普通だな」

「普通ですよ。何が必要なんすか?」

「いや、超能力者だろ? なにか特別な訓練を受けていたり、力を制御する装置があったり…」霧島は部屋の主に視線を合わせず、あちらこちらと見て回った。

「普通だな?」

「普通ですよ。アンタ、超能力者に何求めてんですか?」

 とは聞き返そうとしたが、霧島が青春の詰まったブラックボックスに手をかけそうになったので慌ててベッドを飛び出しそれを遮った。一瞬驚いた顔を見せた霧島だったが、すぐに察し、悪戯を思いついた少年のような笑みを浮かべた。

「まぁ、女子もいることだしな」

「そう、女子もいることですし」

 愛想笑いをぶつけ合う二人を見ていると、男子同士だと打ち解けるのも早いなと水島は思った。

「それより狭間、これ見て?」水島が自分のスマホの画面を見せた。そこには『またもや強盗。犯人は学生か?』との見出しのついたニュース記事があった。

「犯人は地元高校の制服を着ており、現場より逃走…」

 狭間が読み上げる。記事には顔にモザイクをかけられた女生徒の姿が映った写真も掲載されていた。

「これ…」

 狭間は記憶の糸をたどる。

「知り合いか? 俺が顔を知らないから1年か3年かと思ったが」

「昨日、購買でぶつかった人っす。なんか、ぶつかったけどリアクションの薄い人でした」

 霧島は口元に手を当てて少し考えた後こう切り出した。

「個人で強盗に入ろうと思うヤツが同時期に二人。ストレスをため込んでいた二人が同時にキレて、同時に行動を起こしたとは考えにくいな」

 霧島は人に聞かせるようであり、自分で確認するかのようにさらに言葉を続けた。

「闇バイト、洗脳、ドラッグ、脅迫、煽動、…可能性が随分あるな」

「それについてはもう一つ候補が…」

 水島こよりが軽く手を挙げて発言した。


「夢の女。…か」

 狭間が身支度を整えている間、霧島と水島はダイニングに降り、テーブルを挟んでその話の概要と狭間真がその夢を見ていることについて情報共有をした。

「その話は聞いたことがあるな。鷲尾さんのクラブに来た女子がそんなことを言っていた気がする」

「鷲尾さんって、あの、鷲尾総合病院の一人息子のですか? えっ? あの先輩、クラブの経営までしてるんですか?」

「才能豊かな人だからな。まぁ、それは置いといて」霧島は溜息を一つ落とした。

「俺も都市伝説や、超能力と言った話は嫌いじゃないが、トンッ、と目の前に出されてみればさすがに思考がにぶるな。現実の境目をどこに置けばいいか判断に迷う」

「ですよねー」

「かといって、『それもアリ』となれば調べざるを得ないか」

 時間がもったいない。とばかりに霧島は携帯電話を取り出し検索を始めた。話の終了を見計らったかのように支度を終えた狭間が階段を降りてきた。

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