第8話.
第8話.
ソクユンはムドンバウィゴルに行ってから、ゆっくりと考えを巡らせてみた。エソンの変わった成長背景、彼女の母親、そして祖父の話、エソンが母親を紹介してくれなかった理由が分かったようだった。いつだったかエソンが自分と少し距離を置いているような気がしたことがあった。
当時は大きな喧嘩をしたこともなく小さな喧嘩はたまにあったが、その時何があったのか改めて考えてみた。エソンの許可を得てギルソンと週末に1泊2日で江原道に旅行に行ったことがあった。
ギルソンはソクユンと高校時代からの親友だ。ギルソンは製薬会社の営業職に就いており、性格が営業職にぴったりの友人だった。社交的で活発で好奇心旺盛な友人である。アフリカTVというインターネット放送で一時期、 廃墟での肝試し動画が流行っていた。僻地にある閉鎖された病棟や田舎の誰も住んでいない廃墟に入り、BJ(YouTuberのような位置)がカメラを持って建物や家の隅々を見せるのが主なコンテンツだ。
人々がホラー映画を見るときに感じる不気味な感情を廃墟での肝試しの動画を見ることでもその感情を感じることができた。さらに幽霊屋敷の肝試し動画は生放送なので緊張感がさらに高まる。幽霊屋敷の肝試しで紹介された場所の中でギルソンが特に興味を持ったのが、京畿道楊平にある廃病院だった。楊平市加賢里の飛龍山近くにある病院だった。ギルソンはソクユンに1泊2日で楊平のペンションに泊まって夜に加賢里の廃病院に行こうと誘ってきた。
ソクユンはその誘いを聞いてそんなところに何しに行くんだと断ったが、ギルソンがどうしても行きたいとしつこく何度も説得したため、ソクユンはしぶしぶ一緒に行くことにした。ソクユンはエソンに高校時代の友人であるギルソンと1泊2日で楊平に遊びに行くとは言ったが、わざわざ肝試しに行くとは言わなかった。
そんなところに行くと幼稚だとからかわれそうだったからだ。ペンションの予約から旅行の準備はギルソンが全てやってくれた。ギルソンは営業マンなので、自家用車がなく会社の営業用車を使っていた。ガソリン代も法人カードで決済できるため費用を節約することができた。 2人は楊平に出発した。
「久しぶりにソウルじゃない田舎まで来て良い空気吸って最高だな。ガールフレンドにはうまく話せたのか?」
「うん、大まかに話したよ。楽しく遊んで来なって言ってくれたよ。」
「まさか、廃墟に行くとは言ってないよな。」
「俺がバカに見えるか?そんなことまで話すかよ。」
「それはそうだよな。とりあえず楊平の羊の牧場を見に行こう。」
「そうだな。」
「そこに行った後、楊水里市場に行ってご飯を食べよう。市場の中にある美味しい店を見つけたんだ。」
「何の店なんだ?」
「魚の辛鍋のお店さ。そこでご飯食べて、ペンションで少し休んでから加賢里の飛龍山というところへ向かおう。その近くに病院があるんだ。今は閉鎖されているけど、そこで肝試ししよう。」
「ところで、その病院まさか精神病院とかじゃなかったよな?」
「おっ当たりだ!よく知ってるな。」
「ああ、くそったれ!なんでよりにもよって精神病院なんだよ。」
「ビビってんのか!スーパーに寄るからおむつでも買ってこいよ。」
「うるせー、この野郎!」
「幽霊屋敷を肝試しする動画を何回か見たんだけどさ。 ただ静かで何も起きない幽霊屋敷もあるし、ゴーストスポットと呼ばれる場所が平沢、井邑、順天にあるんだけど、その中でもここ。楊平が一番だそうだ。雰囲気がもう・・・考えただけでチビりそうだ。楊平の動画の時は視聴者数が3千人を超えたこともあったんだよ」。
「3千人って多いのか?」
「人気のある廃墟での肝試し動画が普通千人くらいだから、3千人なら相当な数だよ。」
「やれやれ、お前がやたらと一緒に行こうって言うから仕方なく一緒に行くんだよ。 お前も本当は怖くて1人じゃ行けないから一緒に行こうって言ってるんだろ!?」
「違うよ、バカ野郎。」
「嘘つけ。」
魚の辛鍋屋でご飯を食べ、焼酎も飲んだ。夜明けに運転しなければならないので、ソクユンは焼酎を1本、ギルソンは1杯だけ飲んだ。あまり飲んでも酔わないギルソンだが、万が一の飲酒運転取り締まりに備えて1杯だけ飲んだ。アラームをセットして、ペンションで2、3時間寝た。午前1時に2人は起きて出かける準備をした。廃病院があるところへと出発した。
幹線道路に向かう途中、脇道に入ると夜中の時間帯で田舎のため通り過ぎる車もほとんどなかった。助手席に座っていたソクユンはキョロキョロとし、真っ暗な周囲を見回した。月明かりに照らされ、夕暮れ時の雲だけが見えるだけだった。 そうして7㎞ほど脇道を進むと、遠くに車一台がやっと通れる幅の狭い道路が右側に繋がっているのが見えた。
「もうすぐ着くぞ。」
「運転に気をつけろよ。こんなところで車が溝に落ちたら大変だからな。」
「分かった、分かった。」
車がほとんど通らないせいか、ヘッドライトに照らされる道には草が生い茂っていた。 そうして一本道を5分ほどゆっくり進むと、道の途中に錆びたバリケードがぽつんとあった。車をバリケードの前に止め、懐中電灯と簡単な荷物を取り出した。
「ここからは歩いて行くしかない。ソクユン、あそこを照らしてくれ。
あそこに建物みたいなのが見えるだろ。俺は写真を撮らないといけないから、お前が懐中電灯を持っていてくれ」。
車を停めて、道に沿って100mほど歩いた。道の途中には、コンテナ倉庫らしきものが1つあった。2人はその建物に向かって歩き続け、やがて建物の前に到着した。
「前にここを通った人たちが正門を開けておいたんだな。あの時動画で見たけど、鎖で閉ざされたドアをカッターで切っていたんだ。」
「ギルソン、こんな他人の建物に勝手に入っていいのか?」
「ここまで来て何言ってんだ。 廃墟の建物だから大丈夫だ。そのまま入ろう。」
「おい、入ったらざっと見てすぐ出ようぜ。」
「せっかくここまで来たんだから、記録は残さないといけないだろ。お前はただ俺ついてきて後ろからしっかり照らしてくれ。俺は写真を撮るから。」
1階には病院のロビーだったのか、待合室で待つ人が座れる長い椅子がそのまま置かれていた。壁には大きな鏡が割れていないまま、ソクユンが照らす懐中電灯の光を反射していた。鏡には2人の顔だけが明るく映り、後ろの背景は暗く、何が何だかよく見えなかった。
長い受付窓口と思われるところの左側に階段が見えた。階段を上り2階に上がると、真ん中には看護師が待機するときに使う斜めの大きな机があり、その上にパソコンモニターもそのままあった。机を中心に両側に病室が一列に並んでいた。病室のドアが閉まっているところもあれば、開いているところもあった。2人はドアが開いている病室に向かった。
病室番号は205号室だった。2人部屋のようだった。ベッドが両側に2つあり、布団もまだあった。床にはスリッパも無造作に転がっていた。ギルソンは延々と写真を撮っていた。 ソクユンはこんなところに突然人が現れたらどんなに怖いか想像してみた。映画を見ると、必ずこのような場面で突然人が登場する。
「写真撮り終わったか? もう行こうよ。」
「ソクユン、他の階まで行くのはやめにして、この横にある別の病室だけ見てから帰ろう。」
「はあ、まったく。」
「さっさと見に行こう。」
すぐ隣の病室はドアが閉まっていたが、ギルソンが先にドアを開けて中に入った。この部屋も先ほどの205号室と大差なく、同じ2人部屋でここも同じくベッド、ゴミ箱、衣類が散乱していた。隅々まで写真を撮っていたギルソンは、ソクユンに壁に掛かっているジャンパーを指差して懐中電灯で照らしてほしいと言った。元々は青色だったようだが、時間が経って色あせたのか、汚い紫色に変わっていた。
「おい、服なんかどうして撮ってるんだ?」
「なんとなくさっき誰かが脱ぎ捨てたような気がして。撮った写真を整理してネットにアップしようと思っているんだ。写真は1人で見るより、ネットにアップして他の人にも見せる方が楽しいからな。」
「もうたくさん撮ったよな?」
「うん、50枚以上は撮ったかな。ソクユン、もう帰ろう。」
「うんそうしよう。」
廃病院を出た2人は車を運転してペンションに戻った。時間は夜中の3時を過ぎていた。疲れたのか、洗うこともなく2人は服だけざっと脱いでベッドに横になって寝た。
ソクユンはギルソンと一緒に楊平旅行に行ったことを思い出しながら、エソンが距離を置き始めた時期を知ることができそうだった。楊平旅行に行った後、仕事帰りに会って一緒に夕食を食べる時だった。 席に座って料理を頼むと、エソンの表情がおかしくなった。
何か嫌なにおいでも嗅いだような表情をしたエソンは、突然ソクユンを見て、楊平に行って何をしたのか尋ねた。 廃墟に行ったという話は除いて、美味しいご飯屋に行ったりあちこち観光しただけだと答えたが、信じられない様子だった。キャバクラに行ったかどうか疑っているのかと思い、このまま黙っていると誤解されそうなので廃病院に行って肝試しをしたと話した。
廃病院に行った時に撮った写真を何枚かエソンに見せたところ、顔を真っ青にしてなぜそんなところに行ったのかと怒り、その日ご飯を食べずにすぐに帰って行ったことを思い出した。 そんなに怒ることなのかと不思議だった。女は男同士が何人か集まると、いつも彼女に内緒でナイトクラブで他の女と遊んだり、女がいるカラオケでワイワイやるんじゃないかと疑うものだと思っていた。
そんな遊びをしたわけでもなく、ただ肝試しをしただけでこんなにエソンを怒らせるとは思いもしなかった。エソンからは連絡もなく、冷めた雰囲気が1週間以上続いた。ソクユンはひたすら謝った。結局、謝罪を受け入れてくれ、エソンとまた付き合いが続いた。
そんな時に突然、教会や聖堂などには全く通わなかった彼女が教会に通い始めた。週に1度、自宅近くの教会が主導するボランティア活動にも参加するとのことだった。不思議に思ったが、良いことをするのだから止める理由はなかった。