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第5話

 第5話

 ソクユンは、エソンが自分の故郷について話したことを思い出した。記憶に残っているのは、故郷が聞慶で、父親は大学在学中に亡くなったという。幼い頃、家はもともと裕福だったが、父親が酒とギャンブルにハマって家計が崩壊したと話していた。

  故郷の町の名前も思い出した。無等岩谷(ムドンバウィゴル)だと言っていた。母がそこに住んでいるというので、一度行って会わなければならないと思った。 このまま警察が探してくれるのをじっと待つわけにはいかなかった。ムドンバウィゴルの位置を知るために、インターネットで「ムドンバウィゴル」と検索してみた。

  ブログがいくつか出てきた。ムドンバウィゴルに「ドゥルレ貯水池」があり、釣り愛好家たちがよく訪れる場所とのこと。釣り同好会の人々がドゥルレ貯水池に集まり、魚がよく釣れることで有名だそうだ。地図を見ると、聞慶市から雲達山(ウンダルサン)方向に15kmほど入ったところにある場所だった。 ドゥルレ貯水池の住所をメモしておいた。明日の朝早く出発する予定だ。携帯電話にエソンと一緒に撮った写真をタブレットPCに移しておいた。

  エソンの故郷の住所は知らないが、町名は知っているので近くまで行ってそこの近所の人にタブレットPCでエソンの写真を見せながら尋ねるつもりだ。

  ナビに「ドゥルレ貯水池」の住所を入力して出発した。 あまり何も考えずに出発したが、エソンの母親に会えるかどうか心配だった。幸い、住んでいた地域の名前は覚えていたので、エソンの実家を見つける可能性がないわけではなかった。途中、高速道路のサービスエリアに一度立ち寄った後、3時間半ほどかけて聞慶に到着した。とりあえず昼食を食べようと目に付いた食堂に駐車した。

  キムチチゲを食べて、雲達山方向にナビが示す方へと再び出発した。 往復2車線の道路で、田舎道なので往来する車もほとんどなかった。村の入り口と思われるところに樹齢300年くらいはありそうな大きなクヌギの木があり、ナビを見るとドゥルレ貯水池のすぐ近くまで来ていた。とりあえず角に見える空き地に駐車した。

  これから近所の人に聞いて家を探さなければならない。タブレットPCを取り出した。空き地の横に小さなスーパーが見えた。最近都会で見かけるようなスーパーではなく、子供の頃に見たような小さなスーパーだった。看板は古くて色あせ、文字も剥がれてボロボロになっていた。

  スーパーの前には黄色い板を張った平台があり、その上に4人の老人が昼間からマッコリを飲みながら将棋を打っていた。老人なら近所のことは大体知っているだろうと思った。とりあえずスーパーでつまみになるような干しイカとリンゴを買った。手ぶらで行って尋ねるより、何か差し出しながら話しかければ親切に話してくれるかもしれないと期待した。

  「こんにちは、これよかったら食べてください。」

  「ん?誰だい?なんで初対面なのにこんなものをくれるんだ?」

  「これでも食べながら将棋を楽しんでください。」

  「なんだ見慣れない顔だな」

  「あのちょっとお聞きしたいのですが、この町には観光客も来るんですか?」

  老人たちはソクユンをちらっと見た後、干しイカとリンゴを食べ始めた。

  「ドゥルレ貯水池に釣りをしに来る人はいるよ。そこで獲れるカワハギが美味しくて、釣り人の間で噂になったようだ。」

  「ああ、それで聞慶市内にカワハギ鍋の店が何軒かあるんですね。」

  「うんそうだ。君はここに釣りをしに来たのか?」

  「いいえ、あるお宅を探しているのですが、住所が分からなくて、ムドンバウィゴルにあると聞いてそれだけの情報でこちらに来ました。」

  「ムドンバウィゴルならここで合っているが。」

  「実は、私の婚約者の実家を探しているんです。」

  「ほう、ということは君の義実家を探してるってことか。」

  「はい、そういうことです。」

  「それなら婚約者に聞けばいいのに、なんでわざわざここまで来て探すんだ。」

  「ちょっと事情があってそうなってしまったんです。」

  用意していたタブレットPCでエソンと一緒に撮った写真数枚を老人たちに見せた。エソンと釜山の西面市場に遊びに行って一緒に撮った写真だ。

  「私と一緒に撮った写真です。この私の隣にいる女性が私の婚約者なんですが、どこの家の娘かご存知ですか?高校まではここに住んでいたと聞いているんです。」

  老人が好奇心旺盛にタブレットPCを覗き込んだ。昼間なので明るすぎて画面がよく見えないかと思い、ソクユンが手で日よけをして日光を遮ってあげた。

  「うむ、待てよ・・・この子は誰の所の娘だったかな。」

  「巫女の家の娘じゃないか?」

  「巫女の家? うん、よく見たらそうだな、この子はエソンだ。」

  幸いなことに、老人たちはエソンのことを知っていた。

  「そうです。名前はエソンです、苗字は'チョ'ですが、合っていますか?」

  「うん。そうだ、'チョ'だよ」

  「では、家がどこだか分かりますか?」

  「この近所にはその家しかないから、みんな知っているよ。」

  老人は町の向こう側の方向を指差した。

  「この先、つまりあそこに見える山の方に行くと道が急坂になるんだが、坂になる前に井戸が1つあるはすだ。井戸を過ぎて右に曲がると、古い瓦の家が見える。その家には旗があるんだ。 高い旗があるから、井戸まで行けばすぐ見えるはずだよ。」

  「そうですか。ありがとうございます。将棋、最後まで楽しんで下さい。私はこれで失礼します。」

  幸いなことに、エソンの実家を近所の老人が知っていた。村を通り過ぎ、山がある方向へ歩いた。10分ほど歩くと、遠くに赤と黄色の旗が長い棒の端から風になびくのが見えた。旗のある方向へ歩き続けた。

  井戸を過ぎると、竿が刺さっている古い瓦屋根の家が現れた。低い塀に囲まれ、中には20坪ほどの土間があった。大門は開いていて、入り口には海龍神堂と書かれた小さな旗が掲げられていた。瓦の家の外壁は黄土色で、一見すると小さなお寺のようにも見えた。

  瓦には長年の風化の痕跡でひび割れが見られた。塀の外面がゴツゴツしていた。恐らくこの家が建ってから60年以上経っているようだ。入り口に立って塀の内側を覗いてみると、誰もいなかった。

  「すみません! 誰かいませんか?」

  「.............」

  何の音も聞こえなかった。ちょうど家の中にいる黒い猫が玄関前を通り過ぎ、ソクユンを見た。そして、再び自分の行く道を行った。

  「誰かいませんか?」

  しばらくしてドアが開き、韓服を着た老婆が現れた。老婆と目が合った。老婆はまるでソクユンのことを知っているかのようなを目つきをした。老婆の目はソクユンの心の中までも覗き込むように、ますます力が入った。

  「何か用ですか? 誰かが尋ねて来るという連絡はなかったけど。」

  「あ.......えっと、占ってもらうために来たのではありません。 あの、もしかして・・・エソン、チョ・エソンのお母様ですか?」

  「チョ・エソン? はい。エソンは私の娘の名前ですが。」

  「あっ初めまして。 私はエソンの婚約者のイ・ソクユンと申します。」

  「えっうちの娘の婚約者だって?ちょっと待って。とりあえずここに座って。」

  エソンの母親は台所に行き、小さなお盆に麦茶を持ってきた。

  「はい、どうぞ。それにしてもここにはエソンはいないけど、どうして一人でここまで来たの?」

  「お母さん、エソンが行方不明になったこと知らないんですか。」

  「えっ、どういうこと?エソンが行方不明になったって? それは知らなかったわ。 娘とは普段あまり連絡しないから・・・とりあえず今電話してみるわ。」

 エソンの母親は何度か電話を試みたが繋がらなかった。

  「電話に全然出ないわ。エソンの家には行ってみたの?」

  「はい。行きましたが簡単な荷物だけ持って家を出たようなんです。 完全に音信不通です。」

  「警察には通報したの?」

  「はい、しました。」

  「それは大変だ。急に連絡が取れなくなるなんて、思春期の時もこんなことはなかったのに。」

  「エソンさんがもしかしたら実家にいるかもしれないと思って、ここまでやってきました。」

  「そう、ここに来てくれてよかった。どこに行ったのか探さないとね。」

  「ソウルでエソンの職場にも連絡しましたが、無断欠勤で連絡が途絶えたので、彼らもエソンがどこへ行ったのか分からないと言ってました。」

  「いや、いったいどこに行ったんだあの子。何か大変なことでもあったのかしら。」

  そうしてエソンの母親との初対面を終え、海龍神堂を出た。母親もエソンの行方を全く知らなかった。 もしかしたら何か情報が聞けるかもしれないと期待したが、無駄足だった。車を停めておいた場所まで歩いた。少しお腹が空いた。

  先ほど立ち寄った近所のスーパーでは簡単な食べ物も売っていた。キンパかラーメンでも食べようと思った。スーパーの前の平台には、さっき会った老人たちがまだ座っていた。スーパーでキンパ2本とコーラを買った。平台に座ってキンパを食べてからソウルに戻ろうと思った。

  「やあ、海龍神堂には行ってきたのかい?」

  「はい、お母さんに会えたので少し話してきました。」

  「エソンはどこにいるか分かった?」

  「いいえ、分かりません。 お母さんも行方が全く分からないというし、これからどうしたらいいのか.......」

  ソクユンは老人たちの隣に座ってキンパを食べながら話を聞いていた。

  「そういえばエソンが小さい頃に、おかしなことがあったよな。 20年ほど前のことだが、村の裏山の中腹で近所で飼っていた犬や猫が首を切られて死んでいたのを覚えているか。」

  「うん、うん、覚えているよ。それで近所の人達が不吉だと騒いでたんだよ。あれは後でエソンの仕業だと判明したんだ。」

  「そうそう、そんなことがあったな。」

  隣で聞いていたソクユンが会話に割り込んだ。

  「えっ、そんなことがあったんですか?」

  「うん。そのせいでたしか近所のおばさんたちが自分の子供たちが海龍神堂の娘と付き合わないように距離を置いたんだよ。」

  「父親なしで育ったからなのか、なんであんな風になったのか。大きくなって普通に皆と同じように過ごしているかと思ったら、今度は行方不明だなんてな。 母親の怨みがその娘に移ってしまったようだ。」

  「怨みって! エソンのお母さんは前に何かとんでもない事情でもあったんですか?」

  「この男はエソンが恋人だと言っていたけど何も知らないんだな。確か、海龍神堂の姓は(カン)だったよな。」

  「そうだよ、姜氏。名前はソンファ。若い頃は人格が高かったんだよ。ソンファは幼い頃に神授かりを受けたんだ。幼い子が神授かりを受けたと噂になって近所の人はみんな知ってたよ。元々、ソンファは寺の娘だったでしょう。 曹洞宗の娘。この近くのナツメの土地は(チェ)家が土地を多く持っていて、その家にソンファが妾に入ったらしいんだ。ただその相手の男が体が弱かったらしく、妾に入ってから2、3年ほどで病気で死んでしまったんだ。家の長男が死んですぐに本妻と姑が妾だったソンファを追い出したんだ。 当時、エソンがまだ赤ん坊の頃だ。 今の海龍神堂の場所は、(チェ)家がソンファを追い出した時にもう近寄るなと言う意味を込めて譲り渡した土地だろう?」

  「そうそう、よく覚えているな。よく考えたら海龍神堂が気の毒だよ。」

  「元々海龍神堂の親父さんという人がね、田舎の僧侶だったんだ。俺が子供の頃、父さんにその話を聞いたことがある。」

  「そこのお寺の名前は何て言うのですか?」

  「とう・・・とう何ていうんだっけ?」

  「東大寺じゃないか?」

  「ああ、そうだった、東大寺。」

  「では、その東大寺はどこにあるんですか?」

  「近いよ。ここから15里(6km程)の道だよ。 この前の道を渡った先、田んぼの後ろに浅い山があるだろ。 その山道を15里ほど進むと見えてくるよ。」

  「そうですか。では早く亡くなったというお父さんはどんな方だったんですか?」

  「金持ちの息子らしくなく、謙虚な人だったよ。」

  「人はいい人だったのに、身体が悪くて早死にしたせいで妻と娘を苦労させたな。」

  「エソンの父親は読者好きで詩なんかも書いたりして、知識があったよ。」

  ソクユンはエソンの故郷まで行った甲斐があった。エソンの家柄など、詳しく知ることができた。


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