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こういうのがいい

作者: あきの丘


 中学3年生になり、初の登校日。

昇降口は多くの人で混み合う。

新たな門出を祝うに相応しい、

昇降口前の桜の木は

桜花爛漫(おうからんまん)そのものであった。

多くの人で混み合っているのは、

桜に見惚れている…というわけではなく、

新しいクラス分け発表を

今か今かと待ち侘びているからだ。

あと5分もすれば掲示されるだろう。

前の人たちが騒ぎ終わったら、

じっくり見させてもらおう。

そう呑気に外から俯瞰していた。


しかし、いざ目の前に、

となるとやはり緊張してしまう。

多くの人が新しい下駄箱で靴を履き替え、

新しい教室に向かうなか、

僕は一枚の張り紙の前に立っている。

単なる紙なのに、

人のこれからを左右するような、 

こんなに重いものを背負わされて。

なぜか紙に同情している自分がいる。

僕もこれからを左右されるその1人であるというのに。

大きな変化には、リスクがつきものだ。

だから僕はあまり好まない。

失敗なんかしたくない。


「前川(かける)…あった。

 クラスは2組、出席番号は28番。」


出席番号は変わらずか。

書き間違えはしなくて済む。 

誰か知ってる人はいないかな。

目線を上へ、

1番から順々に目で追ってみる。


○23 七瀬はるか

 

ふと目を引く名前があった。

「何か聞き覚えが…

 (まこと)が言ってた人か。」

ちょっと変わってるとかなんとか。

その時は特に気にもかけず、

足早に教室へと向かった。


☆ ☆ ☆


 七瀬はるかは僕の元クラスメイトだ。

今でも忘れない。

登校初日、僕の隣に腰掛けた彼女は、

顔が小さく、肌は色白ーー

さらさらな茶色の髪に色素の薄い目の色も相まってか、

「ほんとにあいつ、この人のこと言ってたのか…」

親友の誠には申し訳ないが到底信じられない。

僕は目を疑った。


後々聞いてみたところ、

僕の第一印象は「ちょっと怖い」だったらしい。

緊張していただけなのに…ちょっと心外。

そんな彼女は変?というよりかは面白い人だった。


教科書読みの時、

よく読みを間違え、段落を飛ばしたり切ったり。

ツッコミを入れられ、訂正されることがしばしば…

グループワークの時間で2人同時タイミングで

「「まだ終わってない!!」」

とハモリツッコミを入れられていたところは

ほんとうに面白かった。


修学旅行もなんだかんだ同じ班だった。

コース決めも楽しかったし、当日だっていっぱい笑った。

同じ班の3人とは今でもたまに遊ぶことがあるぐらいだ。


ほんとうにこの1年間、僕は彼女に振り回されっぱなしだった。

でも楽しかった。

それで良かったと思えるほどに満たされていたのだ。


☆ ☆ ☆


 桜も散り、若葉を広げ、燦々とした陽射しを浴びる。

空は夏を覗かせながらも、

足元はじめじめと。

濡れた路面に水たまり、紫陽花が彩る通学路。

水たまりを避けながら自転車を漕ぎ、

川沿いの並木道を走っていた。

6月になり、高校生活も日常に溶け込むこの頃。

残念ながら、まだまともな友達すら作れていないのである。

「中学の時どうしてたっけな…

 顔見知りばっかだったしなんとなくか。

 あとはやっぱり、七瀬がいたからかな」

しかし、七瀬とは別の高校。

同じ高校だとしても同じクラスになる確率は低い上、

こうなることは必然的だった。

「わかってたのにな…」

かと言って、

もうすでに6月。

今から自分の居場所を作るなど、不可能に近い。

「誰か教えて欲しかったな」

出遅れたら最後、孤立だけ…と。

かといって完全な孤立というわけではない。

何か用がある時は話すし、軽い雑談ぐらいなら。

知り合い以上、友達未満、

ちょっと隅にいるモブのようなものだろう。

だがそれでも構わない。

今日は長い長いテスト期間を経て迎えた

試験最終日。

これが終われば解放だ。

そんな自分語り(アニメの一話冒頭風)を終え、

自転車を漕ぎ進める。学校は目前。

水たまりの照り返しが、ひどく眩しく感じられた。


☆ ☆ ☆


 テストも終え、帰路につく。

周りの人たちは遊ぶやら、

部活やら、ごちゃごちゃ騒いでいたが、

帰りのホームルームが終わると同時に、

足早に教室を後にする。

階段を降り、ロッカーに荷物を預け、

下駄箱で靴に履き替える。

駐輪場にやってくると校舎一帯が見渡せる。

友達と話す者。廊下を走る者。

部活の準備を始める者。

そしてここにいる1人で帰る者。

虚しさは感じるが、どうにもできない。

自転車の鍵を回す。

カンという甲高い音が鳴り、耳にこだまする。

周りには聞こえない、自分だけの音。

隔絶された世界というものを感じた気がした。

これから向かうのは自分の居場所。

もうすっかり常連だ。


見つけたのは高校入試も終え、

卒業式を済まし、

訪れた長い春休み。

 

☆ ☆ ☆


 本屋の帰り。

寄り道に寄り道を重ね、

ふと目に飛び込んできたこの喫茶店。

本屋で本を探すなか、

ふと目に入り、びびっと感じさせるそれに似ていた。

よく手入れされた庭。

赤、白、黄色。童謡の如く並ぶチューリップ。

桜の木も晴れ晴れと咲き誇っている。

石畳から玄関へ続く入り口。

なんだか誘われている気分だった。

「緊張する。」

こういう店に1人で入るのは初めてだ。

一つ深呼吸をし、扉に手をかけもう一度。

意を決して開くと、

ベルの音と同時に不思議な感覚に包まれた。


「タイムスリップ」


その言葉が相応しい。

アンティーク雑貨が部屋を包み、壁にかかる振り子時計。

外とは違う、隔絶された空気を纒う店内には

1人の店員と呼べばいいのだろうか。

ウェイター?

初めて来るのでよくわからないが

男の人がエプロンを着け、

カウンターで洗い物をしていた。

『お好きな席へどうぞ』

こちらに気づいた店員さんに声をかけられる。

軽く会釈をし、周りを見回す。

自分の他には誰もいない。

1人ならばカウンターで、

と行きたいところだかそんな勇気はない。

どう考えても不自然な部屋の隅。

ソファ席に腰を下ろした。

隅の方が落ち着く。

人間の心理なのだから仕方がない。

窓からは先ほどの桜、チューリップがよく見える。

ここで本を読んだら最高だろうな。

ひと通りメニューに目を通して見る。

長く歩いたことだし昼食に、

たまごサンドなんかがいいかもしれない。

「すみません」

意を決して声をかける。これだけでも一苦労だ。

『はい』

「たまごサンドをいただけないでしょうか」

妙にていねいになってしまった。

まあ、印象は悪くないだろう。

あとは、買った最新刊を読みながら、、

『“あとクリームソーダもお願いします!”』

「へ……?」

気づけば前に誰かが座っている。

頭が追いつかない。なぜ?いつから?

『たまごサンド、クリームソーダの

 2点でよろしいですか?』

『“はい!以上で!”』

ちょっと待て、何を勝手に、

「はい、それでお願いします。」

とりあえず穏便に済ませよう。

話はそれからだ。


☆ ☆ ☆


「で、なんでここにいるんだ…?」

七瀬だった。

白のパーカーにサラサラな茶色の髪。 

正直言ってなかなかの美少女である。

認めたくないが…

『まあまあいいじゃない、気になって

 寄ってみたくなっただけだって』

理由が同じなのが少々癪に障る。

「お金は払ってね」

『何言ってるの、そんなの当たり前じゃ、……』

おい、こっを見るな。

満点の笑顔を今は見たくない。

こいつまさか…

『いやちょっとうっかりしてたみたいで、ね!』

「返せよ…なるべく早く」

『ありがと〜』

悪びれもなさそうに…

『高校楽しみだね』

頬杖をつき、

何事もなかったかのように話し始める。

こちらを、色素の薄い目でまっすぐと見て。

「まあ、楽しみでもあるけど、少し不安だな。」

『きっと君ならそうだろうね。

 友達つくるの下手そうだし』

「そんなに火の玉ストレートで

 言われると傷つくんだけど」

『いやいや、今のはデッドボールだよー』

「もっとだめじゃねぇか!お前は退場したほうがいい」

『そこはレッドカードでしょ!』

「それはサッカーだ」

『そうだっけ?』


『“お待たせしました”』

ふと声が届く。

つい夢中になってしまった。

「ありがとうございます」

『どうもです』

美味しそう。これ頼んでよかった。

たまご分厚い。

『それ、美味しい?』

「まだ食べてないけど」

『ではどうぞ』

「いただきます」

手に持ち、まずはひとくち。

ふわふわ全開の真ん中から。

「そんなにジロジロ見られると、食べずらいんだけど…」

『いやいや、お構いなく。

 で、どう?』

「美味しい…」

『それはよかった。わたし嬉しいよ。』

「作ったわけでもないのに嬉しそうだね。」

『幸せそうにしてる人見て嫌な気はしないよー』

幸せそうに見えてたのか。自覚ないな。

「そっちはどうなの、美味しい?」

エメラルドのような輝きの海に、

ぷかぷかと浮かぶアイスクリーム。

正直、頼んでもよかったかも。

『ひとくちいる?』

アイスの乗せられたスプーンを

こちらによこしてくる。

「けっこうです。」

丁重にお断りした。

それからなんだかんだいろいろな話をした。

ついこないだの卒業式のこと。

今日買った本のこと。

春休みどう過ごしてるか。

そんな他愛のない話だけれども、

その時間はとても楽しいものだった。


☆ ☆ ☆


 会計も終え、店の外に揃って出る。

忘れていたけど、会計は僕持ちだ。

空は群青色に。桜は桜花爛漫に、

新しい季節を予感させる。

『絶対今度返すから!

 じゃあね〜』

彼女の笑顔も桜の如く、

美しく花開いていた。

「またね。」

そう言って彼女と別れた。

じゃあね。その言葉に。

また会える、という

胸の高鳴りを感じていた。


☆ ☆ ☆ 


 それからというもの、僕はここの常連となった。

6月上旬。彼女とはあれから会っていない。

連絡先ぐらい交換しておけば良かった。

お金返されてないし。

そして彼女の予言通り僕は今、学校で孤立していると思われる。

自転車を石畳の隅に停め、店の扉に手をかける。

あの頃のように緊張はしない。

カランカランと、ベルの音が鳴った。

アンティーク雑貨に振り子時計、外とは違う空気感。

そしていつものソファ席に、というわけにはいかなかった。

いつもくる時間ではないお昼時。

いつもより人が多い。

そして僕のソファ席 

(決して僕のではない)

に老夫婦が座っているではないか。

なんということだ。

これでは、店員さんと一対一で対峙しなければならない。

かといって、今から店を出るのは完全に不審者だ。

頭の中で中央委員会が開かれる。

どうする、最適解は何だ…

活発に意見が交わされること十数秒。

どうにもならないことを、どうにかするためには、

手段を選んでいるいとまはない。

by 芥川龍之介-羅生門-

やむを得えん、カウンター席に座ろう。

一歩二歩と確実に足を進める。

僕は常連。ここはすでに我のテリトリー。

椅子に手をかける。

よし!

ここで座る。

よし、完璧だ。

まずはメニューだな。

丁寧に、

ラックに立てられたメニュー表に手を伸ばす。

ひと通りぱらっと全ページに目を通す。

ひと通りメニューは制覇したし、

『あっ、新作出てる』

これにしよう。

『すみません』

「はい、今行きます」

『あじさいケーキひとつ、お願いします』

「あじさいケーキおひとつですね」

『はい』

本を読みながら待っていたところ、

ここで特別イベント発生。 

「いつも来てくれてますよね。」

店員さんが調理中に話しかけて来ているのだ。

『はい。』

不自然にならないように、

滑らかな対応を心がける。

「うちのメニュー、どれが一番よかったですか?」

どれがと言われると、結構悩むな、

どれも美味しいし。

でもやっぱりあれだな。

『たまごサンドですかね。

 初めて来た時に食べた、というのもあるんですけど

 たまごが本当に美味しくて、弾力はしっかりあるんですけど

 中はしっとりとしていて、もう好みです、あれは。』

滑らかだが喋りすぎだ…

ちょっと恥ずかしい。

『すみません!少し喋りすぎました。』

顔を赤くし、慌てながら言葉を紡ぐ。

「いえいえ、嬉しいですよ。

 ありがとうございます。」

びっくりした…。

今まで話しかけてきたことなかったのに。

カウンターだから?

やっぱりそうなの!

「お待たせしてすみません。

 こちら、あじさいケーキになります。」

『ありがとうございます。』

相変わらず可愛い。クオリティが高い。

紫陽花だ。この色合い、どうやって表現してるんだ?

赤紫の中にもグラデーションが。

葉っぱの差し色がまた良いな…

『いただきます。』

そっとひとくち。

ゼリー?寒天かな?

夏っぽい、爽やかだし今の季節にぴったりだな。

「どうですか?」

『あ、はい。さっぱりしていて美味しいですよ。

 見た目も可愛いですし。』

またもや話しかけられた。

「そうですか、よかったです。

 少し、心配だったんです。

 初めて自分で考えたので。」

『春季限定のいちごタルトは違かったんですか?』

「あれは、うちの祖母が考えたものでしてね。

 私のお気に入りです。」

『そうだったんですね。

 あれも、ただ甘いだけでない、

 甘さの中に甘酸っぱさが

 垣間見えて美味しかったです。』

「味の伝え方ご上手ですね。食リポ向いているかも。」

微笑みながら話すその声は、

お世辞には聞こえなくて、ほっと温かい気持ちに包まれた。

「彼女さん、昨日(さくじつ)来られましたよ。」

『へ…?』

あの時と同じ反応を。

言葉が、飲み込めない。

『あ、えーっと。はい?』

「初めて来られた時、一緒にいられた方が。」

『あー返されてない…』

名前よりお金が先行してしまった。

良くない良くない。

『で、どうかしました?』

「このメモをあなたに、と。」


[6月30日 12時 この場所に来い]

             ななせ


『了解です。ありがとうございます。』

やっとか、と思った。

でも、今は会いたくないかも。

お金……


☆ ☆ ☆


 6月30日、午前11時50分。

天気は雨。

白と黒を1対1。

絵の具を混ぜたような空模様。 

そういや彼女は美術部だった。

雨粒がビニールを叩き、無機質な音を響かせる。

彼女はきっと、いや確実に遅れてくる。

雨音が耳に痛い。

ちょっとした気分転換になればいい、

そんなふうに思っていた。


☆ ☆ ☆


 ドアを開けると同時にベルの鳴る音が聞こえる。

アンティーク雑貨に古時計。

時刻は12時過ぎ。

彩度の低い、フィルターのかかった店内で、

意外にも彼女、七瀬はすでにソファに腰掛けていた。

「遅刻だね、珍しい。」

声音に落ち着きがある。

凪いだ水面のようなゆらぎはあれど。

雨のせいか、それとも気まぐれか。

『雨降ってたから、思ったより時間かかっちゃって』

嘘ではない、実際いつもより時間がかかった。

「そう、なら許す。」

いつにもなく上からだ。

『お金借りてる側だよね…』

早く座れとばかりに睨んでくる。

「あ、はい」

え、怖いんですけど。

「すぐ返すから。で、たまごサンドでいい?」

『いいけど。奢ってくれるの?』

「そんなわけないじゃん」

『で、七瀬は何頼むのよ?』

「コーヒー」

古時計の針と雨の音が同期する。

「コーヒー!」

『本当に?』

「何、飲めないとでも思ってるんだー」

『そういうわけじゃ……ないけど。』

「少し迷ったよね?」

なんだか不服そう。

なんとなく窓の外へ目を逸らす。

水滴で霞み、外が良く見えない。

本当に外の世界と隔絶されたように。

「ご注文はお決まりですか?」

いつの間に。

『あ、はい』

「たまごサンドをお願いします」

『あと、あんみつで』

『たまごサンドとあんみつですね、

 ありがとうございます』

ささっとカウンターへ戻って行ってしまう。

気を使ってくれたのかな。

『学校はどう?』

やっぱり聞かれるよな…

「まあまあだよ。」

言葉を濁す。

嘘はつきたくなかった。 

『そっかー、それにしては

 浮かない顔してるけど。』

彼女はやけに感が鋭い。

心を見透かされているように

感じることが多々ある。

「雨だからかな…」

『さっきもそんなこと言ってたよね。

 雨アレルギーなの?』

「そんなものないでしょ」

『あるかもしれないじゃん』

実際どうなんだろうか、

僕は世界をまだ良く知らない。

「七瀬はどうなの?」

『まあまあだけど』

「ならよかった。」

『え〜それだけ?

 もっと何か聞いてよ』

「毎日を満足に過ごせてるならそれで十分。」

『君は満足できていないような言い方だね。』

話せば話すほど漏れ出してしまう。

この雨漏りを直したい。

もういいや、なるようになれ。

「そうだよ」

もう隠しようもない。

なんて言われるかな。

『その言葉を待っていた。』

彼女は微笑む、

分厚い雨雲の切れ目からに注いだ、(まばゆ)い陽射しのように。

「まずだ、まともな友達ができていない」

『というと?』

「話すといえば話す。でもそれだけ」

『十分じゃないの、何がご不満?』

「他の人はいつものメンバー的なのがいる。

 でも自分はいない」

どんどんと漏れ出してしまう。

『そういうのが欲しいの?』

「そういうわけではない。」

そういうわけではない?

自分でもなぜこの言葉が出たのかよくわからない。

『私に絡まれ過ぎて感覚

 麻痺っちゃってるんじゃないの?』

自分で言うなよ。

でも、それもあるかも。

中学のとき、

学校にいる間はだいたい七瀬いたし。

でもそれはなんだか違う。

「それはあるかも。でも、」

『でも?』

「うん、何だろう…」

雨脚が一層強まる。

屋根越しに、音が聴こえるほどに。

『自分を客観的に見てみたらどう?

 今までそんなの気にしたことあった?』

真正面から目を射止めて、

全てをわかったような顔で。

『君は私と今、喫茶店でおしゃべりしている。

 これを客観的にみるとどうかな?』

「借金の受け取り」

『それは主観だ』

真面目に答えたのに。

彼女は満を持して言う。

『そう、これはデートでしかない。』

腕を前で組み、神妙な面持ちで。

「それ言いたかっただけだろ。」

『え、バレちゃった。』


そんなふうにあしらったが

(かす)かに、何かが掴めたような気がした。

この状況を客観的に見れば、

楽しそうに話す高校生2人に見える。

僕だったらきっと、

羨ましい、楽しそうだなぁ、

と思っているだろう。

そうだとしたらこの時間はきっと、

僕が欲しかったもの。

そんな場面がこれまでもたくさんあったのだろう。

目の前のことに精一杯で、

取りこぼしていただけで。

「お待たせしました」

店員さんがやってくる。

彼と話している時間も、実は楽しかったのではないだろうか。

「『ありがとうございます』」

彼女はコーヒー、僕はたまごサンドを手に取る。

「1つあげようか?」

これはほんの、感謝の気持ち。

『えー!いいのー?

 じゃあわたしのコーヒーも』

「それは結構です」

『ちぇーっ』

たまごサンドを口いっぱいに頬張る。

やっぱりこれがいちばんだな。

『前川くん、リスみたいになってるよー!』

彼女の笑顔が花開く。

「ちょ、と、ばかにしてるでしょ」

外を見ると雨が止み、 

バケツをひっくり返し、水に(まみ)れた世界に、

きらきらと陽が射す。

空は青一色。迷いなく塗りつぶされていた。

ひとしきり、たまごサンドをもぐもぐする。

『あっ、そうだ!連絡先交換しようよー

 まだできてなかったし』

「おっけ、いいよ」

『あの2人とはもう繋いであるから、

 今度また、修学旅行のメンバーでどっか行こうよー』

興奮気味に(まく)し立てる。

さらりさらりと髪が揺れる。

上機嫌だな。

「とりあえず、ほら、登録だけしよう。ね!」

ひとまず落ち着かせる。

『え!?わかった」

この時間が楽しい。


感覚が麻痺ってるにしろ、麻痺ってないにしろ、

僕は、こうやって話している時間の方が好きだ。





 












お読みいただきありがとうございます。

今回は、もともと連載している「喫茶のまにまに」という作品のエピソード6〜9を

新たに再構築し直した、そういった作品になっています。


恋愛ジャンルか?と言われると微妙なところですが、

外から見ているぶんには付き合っているように見えるので問題なしです。


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