2話 お人好しの黒鎧
「隣国まで馬車で行かないといけないのは、中々しんどいですね」
「いやいや、歩くよりはマシですよ」
晴天の中、御者が乗せてる客と会話をしながら、ぽかぽかと音をさせて馬を歩かせる。何とも平和な昼下がり、心地よい風と音を感じながらの道中になっている。
「こっちとしては荷物がちょっと増えたくらいでお駄賃が貰えるから良いもんですよ」
「高速馬車もあるけど、あっちは高いから、貧乏人には大助かりさ」
「あっちはあっちで取り扱いしている物が高いからしょうがないんですよ、緊急じゃないものはこっち」
御者が幌の方をちらりと向いてから向き直る。
「移動手段は多く、速くなってるってのに、暢気な馬車旅になりそうだ」
「暢気な馬車旅を堪能してほしいね、今の速度なら3日は掛かるよ」
「それはなんとも……たまには隣で歩いたりしないと訛りそうだ」
はっはっはと大きく笑いながら客がちらりと後ろを見やる。
色々と置いてある荷物、生活必需品やら何かの建設に使うであろう木材、日持ちしない物を積んでいるわけではない。その中でひときわ異彩を放っているのが、大人一人分あろうかと言う両刃の大斧、それの横にいる黒い鎧を着こんだ人物。横になり眠っているのか特に喋ったりもすることもなく、動きもしないのが異様な雰囲気を漂わせている。
「……あれ、何なんだい?中身、生きてるんだよな……?」
「ああ、黒鎧って言われてる人だよ、有名な冒険者らしいんだけど、高速馬車の方に乗り遅れたってさ」
「有名人でもポカをするもんだ」
「こっちとしては良い額を貰ってるから理由はどうでもいいんだけど」
「商売上手だねえ、あんた」
二人で笑いながら相変わらず、馬の足音、車輪の揺れる音が響き続ける。
「おうおう、そこの馬車、止まってくれねーか」
あれから暫く、隣国まで残り1日と言うところで馬車が止まる。
正面には得物を持った盗賊が2人、周りのもまだ数人の盗賊がぐるりと馬車を囲んで完全に足止めをする。
「……悪いが、金目の物は積んでないよ」
「いいや、この定期便は色々良いもんが積んでるだろ?」
そう言うとリーダー格の盗賊が合図をし、馬車の中を物色し始める。御者はと言うと、特に抵抗するわけでもなく、されるがままに様子を見ている。
「へえ、逃げたりしないんだな」
「殺されたりなんだりするなら持っていかれたほうがマシって処世術だよ」
「兄貴、いいもんありましたよ!」
そう言うと2人で両刃の大斧をどすっと荷台から下ろす。使い込まれている感じが出ているが、全体を見ればかなりの装飾品としての価値も高いように見える。
「なんだ、いいもん置いてるじゃねえか?」
「知らんよ、頼まれた荷物じゃないからね」
あくまでも御者は自分の命を優先している。同じく乗っていた客も黙って身を縮めている。
「次は良いもん揃えとけよ!」
そう言ってめぼしい物をかっぱらっていった盗賊たち。
御者はがっくりと肩を落とすと共に、大きくため息を吐き出して安堵する。と、思っていた矢先ばたばたと荷台が揺れ、音を立てて黒鎧が起き上ったうえ、降りる。
「……武器、は」
「もってかれちまったよ」
隅の方で縮こまっていた客の一人が降りた黒鎧にそんな事を言いつつ、逃げた方向は教えてくれる。そちらの方を向けば、そこそこの大荷物を運んでいる盗賊がそこそこの遠さまで進んでいる。
「……」
じっと盗賊達の背中を見た後、黒鎧は地面を掬い、手の上に一山の土を持つと共に振りかぶって投げつける。その瞬間、盗賊達から悲鳴が上がり数人がのたうちまわり始める。
「ま、魔法か?」
「いや、土を投げてるだけじゃ……?」
それの様子を御者と客がびくつきながら伺う。原理は簡単ではあるが、あまりにも単純で破壊力の高すぎる攻撃に唖然とする。そんな単純な事をしながら黒鎧はのしのしと歩きつつ、地面を掬い、投げ付けを繰り返し、盗賊達を数人ずつ無力化していく。
「……疲れる」
鎧が重いのかあまり速い動きは出来ず、何回か土をぶつけた後に無力化した盗賊の近くまでのしのしと歩いて近づき、1人ずつ顔を殴って気絶させていく。
「あの人、全滅させる気か……?」
まだ何をしているか見れる距離で御者が様子を見ている。
黒鎧はと言うと取り合えず近くにいた盗賊を全員気絶させ、まとめて御者の方に引きずり戻ってくる。
「……縛って……」
「え、ああ、分かった」
荷台に乗っていた縄で後ろ手にして盗賊を縛り、逃げられないようにして馬車の後ろに繋げていく。それが終わってから一人の盗賊を黒鎧が起こし。
「ん、ああ……いってえ……」
「……ねぐら、どこ……」
「はっ、そんな事言う訳が……ぎゃあぁああ!?」
黒鎧が起きあがって反抗した盗賊の足を踏む。ミシミシと音が鳴るような強さで踏んでいるのか、悲鳴が次第に声にならなくなる。
「……どこ……」
「ひっ、ひっ……!」
「……次の、奴……」
足を退けると、赤黒く、骨が折れているのか変色したのが見て取れる。そして悲鳴を聞いて起き上った別の盗賊達はやられた一人を見て戦々恐々に。
「……親玉は、どこ……」
「あ、あ、それは、だな……」
黒鎧の無言の重圧と足を砕かれた盗賊を見れば、口を割るにはそこまで時間はかからなかった。