0話 プロローグ
今日は不運と幸運の入り混じった日だ。
いつも通りではない、いつもより少し報酬が高く危険性も高い依頼を受けてまあまあな人数のパーティで遠征をしている。そして不運と幸運の話に移るわけだが……こういう時には悪い事を先に言うと良いと言われているので、不運な事から。
今目の前で繰り広げられている魔法や、炎、強力な攻撃が飛んでくる命の危険をびんびんに感じる戦闘中であり、その相手が事前に言われていた奴以上のモンスターがいると言う事。
「防御障壁展開!」
今しがた降り注いできた炎を光の壁の様なもので防ぎ、体勢を立て直しながら相手の方を見る。正直あんまり経験のないドラゴン相手に戦うってのは幸か不幸か……生息域に足を踏み入れれば、人間ってのは餌みたいなものだが、それにしたって容赦ない。自分は腕っぷしがあるわけでもなく、どちらかと言えば一般人寄り。人数合わせと言うか、そこそこ器用にあれこれできるからってだけで誘われたのに、こんなにも命の危険を感じるのはしんどい。
「なんでこんなことになっちまったかな」
炎が途切れ、空に飛びあがったドラゴンを見ながら荒くなっている息を整えながらどうしようかと考える。まあまあな人数、自分を入れて12人くらいいるわけだが、そのうち半分くらいは遠距離攻撃ができるので、暫くはそっちの援護をしながら、どうにかあのドラゴンを倒さないといけない。って言うか普通の人間にあんなの倒してこいって言うほうが頭おかしい。上から炎だけ吹いてきて、こっちが全滅したらじっくり焼けた肉を食らうに決まってるんだろうなあ。
「おい!そこの黒い奴、さっさとこっちにこい!」
リーダー格の一人が黒い鎧を着こんだでかい人に声を掛けている。ああ、そうそう幸運な事って言うのは、その黒い鎧を着ている人の事。今回の遠征パーティは何国か共同での依頼だったのを忘れていた。本当はあのドラゴンじゃなくて別の奴が、環境やら生態をめちゃめちゃにしていて、そいつをどうにかしようって話だったんだけどなあ。おっと、話がそれた……で、幸運の話ってのに戻ろう。
あの黒い鎧を着た人、自分の所じゃなくて隣国でかなり有名な人、サインを貰いたい。2m近い身長で全身真っ黒な鎧、得物はそれに見合った大きい両刃の斧。鎧も武器もデザインがめちゃめちゃカッコいいんだよな。やっぱ男の子たるものああいうのを扱いたい。
「危ないぞー!」
2度目の火炎放射、障壁の外にいるその黒い鎧の人を焼いていく。普通だったら死んでるよ、外側が溶けてなくても中身が焼けるから炎の攻撃は一般的で殺傷力の高い攻撃方法の一つだし、どれだけ凄い人だって……とは、ならないんだよな。炎に焙られてるってのに飛んでるドラゴンを見上げてどうしようかって考えてる……考えてる?みたいだし。
「やっぱすげー人っているんだなあ」
こちとらビビりまくりだからすぐに障壁に引っ込んでひーひー言ってるのに……あ、今のは面白くないな。ああ、そうそう、それで隣国の有名人ってのは常人離れした耐久力、そしてなによりも膂力。背中に背負っていた斧を構えてからぎちぎちと体を捻り、溜め一つ。その様子をチラチラ見ていると炎が途切れ、もう一度はっきり様子が見れると、ぐるぐると斧を回し、ぱっと手を離せば、飛んでいるドラゴンの翼をあっという間に両断。吠えているようなうめき声を漏らしながらドラゴンが落ちてくるので、一気呵成。左右に展開して挟み撃ちの状態にしながら仕留めに掛かる。
「いけいけいけ!」
とは言え、挟み撃ちで攻撃してもこっちには目もくれず、自分を叩き落した黒い鎧の人に吠え突っ込んでいくドラゴンを止めるには人数が足りない。俺の剣技が光って致命的な一撃を……なーんてことは出来ないのでちまちま剣で切りつけるのが関の山。地上でもそれなりにでかいだけあって歩行速度は中々の物。
「危ないぞ!」
と言っても、さっきの光景を見てるからそこまで心配している人がさっきよりも少ないのは確かだ。大きく口を開けて噛みついていく所、上顎と下顎を抑え込み、少し後ろに仰け反りつつも突進を抑え込んで、そのまま地面に押し付ける。
「首を落とせ!魔法使いは氷で攻めろ!」
頭を抑えつけたままで動かないドラゴン、首から下は元気なのでじたばた暴れまわるせいで中々攻めに転じれないってのは作戦失敗じゃない?
そんな事を考えつつもひーこらやっていれば、ずんっと大きな音が一つ。さっきまでじたばた暴れまわったドラゴンが大人しくなったと思えば、黒い鎧の人が抑え込むのをやめる。
「……予想以上の大物だったが……隣国の黒鎧は凄いな」
そんな事を言われてもクールに頷いて返事するだけで、ひとしきり話を聞いたらのしのしとドラゴンに突き刺さった斧を持ち上げ、びっと血を払い拭ってから背負い直す。
「って事があってよー!」
「ビビりのおめーが羽振り良いのはそのおかげか」
ギルド兼酒場の一角で酒盛りをしながら先日の話を続ける。
「ああいうのは痺れるなあ……俺ら一般人には見れない景色が見えてるんだろうけど」
「まー、色々あるからなあ、人間の俺らは俺らのやり方があるんだ」
グラスに入ったエールを呷ってから一息つく二人。
「……その黒鎧様がお見えだぞ」
「お、マジで?」
一人が指を差す方向、入り口からがしゃんがしゃんと金属音をさせながら黒鎧が入りギルドの掲示板を眺め、掲示板にある依頼書を一枚取るとそれをカウンターに。
「って言うか隣国の奴なのにこっちにいるのは何だろうな」
「すぐ引き上げてなかっただけだろう、まあ俺たちにはあんまり関係ない話さ」
そうだな、と言いつつ残ったエールを飲んでいる途中、ギルドのカウンターから受付嬢が声を上げる。
「付き添い1人募集、仕事内容は荷物持ちだよ!」
「チャンス到来だぞ」
「……いや、やめとく、あの光景見てついていこうって思ったら命が何個あっても足りんわ」
違いねえと一言。
「それにしても、中はどんな奴なんだろうな」
「俺の予想じゃごつい男だね、種族も人間じゃねえよ」
「逆にでかい女だと、俺はそそるんだが」
そんな談笑を始めているうちに、荷物持ちが1人現れ黒鎧と一緒に外に出ていく。
これはいずれ黒鎧が故郷に帰るまでの物語。