婚約者候補たちの賭け事
少しだけ暴力的な表現があります
エミリアたち5人はクロム銀行の会議室に集まっていた。王子やルイーズと一緒に過ごすことが増えたヘイデンが今どうしているのかは分からなかった。
エミリアは告知広告見本をテーブルに置いた。
「王子の婚約者には『誰が相応しいか』『誰になってほしいか』の富得賭けを開催したいの。」
「未だに私たち3人が王子の婚約者候補であることは公表されていないわ。費用はこちら持ちで王妃教育を受けていることも非公開。なのに候補者は進学も留学も旅行もできない。良い縁談があっても断らなければいけない。それなのに変な噂まで流されて、もう我慢できないわ。」
クラウディアもモニークも頷いた。
「スペーシアにも釣書が届いていますわ。優良物件と言われる方々はどんどんお相手が決まっていますから焦りますわ。王子妃にはなりたくないし、王妃にも関わりたくないし。でも、変な噂のことはなんとかしたいと私も思っていましたの。」
「賭け事であればちゃんと読んでくれる人が増えると思うし、私たちの成績や功績を明かして噂の火消しをしようと思って。あとはお金をエサに、第四の人物であるルイーズさんを選ぶように王子を誘導するの。街での目撃情報を聞く限りもう決まったようなものだけど、念のためにね。ただ、ルイーズさんに関しては情報は伏せるし、私たち以外と表記するわ。書こうにも『王子からの寵愛』のみだし、そもそも何者なのか分かっていないし。」
カミーユがエミリアの隣に立って言った。
「『3人とも婚約者候補から降りたい』が共通認識で合ってる?王族になりたくはないってことで良い?」
3人は大きく頷いた。それを見てカミーユも頷いた。
「では、予定通りその方向で動こう。エミリア、二種類の富得賭けを開催するの?」
「実質一種類よ。募集は同時だし、そもそもが話題提供というか。『相応しいか』と『なってほしい』に違いはあるのか考えさせて、賭けが盛り上がっているように見せられたら良いなって。あと、『相応しいか』には賭け金がかかるけど、『なってほしい』はただのアンケートよ。差をつけることで何か意味があると思わせる効果もあると思うの。」
「なるほど。ちなみに今回の王族対応はどうするの?」
「王子には誰か1人を選んで夜会で発表してもらうから、その協力費として売上の25%を渡すつもり。第四の人物を選んだ場合、サプライズで相手を発表してくれたらさらに5%。」
モニークが手を挙げながら言った。
「王子の取り分が大き過ぎて疑われないかしら?」
「そうね。最初は少ないところから交渉を始めて、最大50%、としましょうか。10%くらいから交渉してみましょう。富得賭けの今の開催規模は知らないだろうし、入学年の時よりも多くなる試算なの。」
王子との交渉はカミーユに任された。王宮で部屋に案内されると、王子やルイーズと一緒にヘイデンがいた。カミーユは驚いたが、気付かないふりをして王子に書類を見せながら説明した。その書類を王子から渡されたヘイデンが言った。
「これだとルーメント王子には売上の10%しか入りませんね。王子が伴侶を選ぶことを賭け事にされているのです。もう少し割合を増やしてもらえませんか?」
ヘイデンは渡された書類にさらに目を通していた。カミーユはヘイデンの思惑に気づいたが顔には出さずに答えた。
「分かりました。では最初の金額の2倍はいかがでしょう?もうお心が決まっている場合にはなりますが、夜会でサプライズ発表していただければさらに5%を追加でお渡しできます。サプライズ発表で夜会が盛り上がること間違いなしですからね!お礼です。現在の試算によると、前回より多くなる可能性が高いです。」
ヘイデンが書類を王子の前に置いて言った。
「ルーメント王子、参加人数によってはもっと増えるかもしれません。ただ、しばらくはルイーズ様とのお出かけを控えていただいて、誰を選ぶか分からない状態にした方が賭けが盛り上がり、利益が多いかと。」
「分かった。ヘイデンに任す。城にいれば良いんだな?」
と言って契約書類を読まずにサインをした。
カミーユはサインを確認した。
「では、数日中に告知が出ます。夜会は2ヶ月後。王宮での開催となります。後日夜会の打ち合わせに来る時に、その日までの取り分をお持ちします。主催は三家合同ですので、王室側の費用の心配はございません。」
ルイーズはカミーユに甘えるような声で言った。
「素敵な会場にしてね。2ヶ月はお城デートで我慢するわ。ね、ルー。」
王子はルイーズを抱き寄せてイチャイチャし始めた。
「では、出口はこちらでございます。」
ヘイデンに案内されてカミーユは部屋を出た。
「ヘイデン、クラウディアのことはもう良いのか?」
人が少なくなったのを確認して小さな声で話しかけた。ヘイデンは何も言わなかった。カミーユもそれ以上は言わず、アタナシアのタウンハウスへ帰った。
3日後、大々的に王子妃選定富得賭け開催の告知が出た。
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クラウディア・スペーシア:16歳、13歳で王立学園第三位の成績で卒業、片手飯産みの親、クラウン商会会長
モニーク・アタナシア:15歳、12歳で王立学園第五位の成績で卒業、アシタナ商会会長、衣料品やぬいぐるみで人気
エミリア・クロムバンカー:14歳、11歳で王立学園第四位の成績で卒業、富得賭け主催者、ミリアム商会会長
第四の人物 上記3人以外の人物
王子に相応しいのは誰ですか?
誰に王子妃になってほしいですか?
興味のある方はクロム銀行窓口へ!
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慶事効果は想定以上に大きく、今までで1番の売上だった。4者には大体同じくらいの票が入り、エミリアは驚いた。新聞には姿絵も色付きで載せていたので、銀髪の自分への票は減ると思っていたのだ。噂はあまり気にされてはいないのか?成績や功績の公表に効果があった?結局なぜかは分からなかったが、エミリアの希望通り『相応しいか』『なってほしいか』論争は盛り上がり、イベントに華を添えた。
カミーユは打ち合わせのために王宮へ行き、その日までの売上金の20%をヘイデンに預けた。王子がフラッとその場に現れて、袋に入れられたお金を確認してニヤッとした。無造作にその袋を掴み部屋から出ていった。ヘイデンは打ち合わせの後、カミーユから預かった王への上納金を渡しに行った。
夜会の日になった。早めに王宮に行ったカミーユはその日までの王子の取り分を渡した。王子は満足げだった。エミリアたち候補者3人はその日初めて王と王妃に会った。結果次第では婚約者でなくなるため挨拶に来たのだ。クラウディアが代表して今まで貴重な経験をさせてもらったことに感謝を伝えると、王妃が言った。
「あなた、銀の髪で私の前に立つなんてどういうつもり?」
エミリアに扇子の先を向けた。エミリアはできるだけ低く床に座って謝罪した。
「申し訳ございません。いい染粉が手に入らず、変な匂いをさせるよりはと、このままを選びました。」
王宮の侍女からの情報だった。王が隣にいる場合激昂する可能性は極めて低いが、銀の髪に過剰反応する可能性はあった。王に聞こえないような声で王妃は言った。
「ふん。今回は仕方ないけど、気を遣いなさいね。今日は布を被っていなさい。見えないようにしておいて。不愉快だわ。」
侍女が言うには、この流れを経て布を被らないとそれはそれで絡まれるらしい。エミリアは用意していた布を被って髪を隠した。
王宮に貴族たちが集まり、夜会開始が宣言された。エミリアたち3人も会場に紛れた。楽団の演奏が始まり、貴族たちは皆頭を下げて王族の登場を待った。しばらくすると王子が1人で入ってきた。
「おもてをあげろ。今からおれの婚約者を紹介する。」
王子は自分が入ってきた方を見た。楽団の音楽が優雅なものに変わり、曲が盛り上がったところでルイーズが現れた。
「おれはルイーズを選んだ!」
突然のことに一瞬静かになったが、エミリアたちが目立たないところから拍手をすると、気づいた人から拍手が広がり会場中に鳴り響いていった。エミリアたちは目立たないようにさらに端に移動して動かないでいた。
「ではファーストダンスだ。」
王子の言葉を合図にダンス音楽が流れた。ルイーズの顔が強張ったが、王子はルイーズの手を得意げに掴んだ。
「おれに任せておけ。」
王子はダンスをするには近すぎる位置でルイーズを抱え、2人は揺れたり回ったり、独特なダンスを披露した。あまりの甘さに目を逸らす人もいた。
ファーストダンスが終わり、誰もが参加できるダンスが始まって賑やかになった頃、エミリアたちは会場を抜け出した。カミーユは説明しなかったが、王子がサインをした書類には、第四の人物を選んだ場合その他の3人との婚約は白紙に戻る旨も書かれていた。後は王のサインがあれば完全に解放される。エミリアたちは万感の思いで帰宅した。
その頃父親たちはカミーユと共に、ヘイデンが用意した婚約を白紙に戻す書類にサインをしていた。すでに王のサインは入っていた。ついでに、ヘイデンとクラウディア、カミーユとエミリア、モニークとクリフの婚約届を作り、正式な書類として受理された。
父親たちと共にカミーユとヘイデンが夜会会場に入った時、王と王妃の周囲で何か騒ぎが起こっていた。
「だから、あなたは誰なの?って聞いているのよ!」
王妃がルイーズに詰め寄った。ルイーズを庇うように前に出て王子は言った。
「ルイーズはマックオニールの娘です。あの伯爵の姉の」
話を遮って王妃はヒステリックに怒鳴った。
「何を言ってるの!マックオニールの兄妹に姉は居ないわ!平民に嫁いだ従姉妹がいるだけよ!」
叫んでいる王妃を見たヘイデンは悲鳴をあげた。
「うわー!!母上、父上!誰か助けて!」
ジョルジオはヘイデンを抱きしめた。
「ヘイデン!あいつか?あいつなのか?」
涙を流しながら、
「思い出した!あの顔!あの人だ!」
ヘイデンは王妃を指差した。
王妃はヘイデンを見て叫んだ。
「ヘンリー!なんでここにいるのよ!」
成長したヘイデンは父であるヘンリーによく似ていた。
ジョルジオは王妃に聞いた。
「王妃殿下、ヘンリー・マックオニールの事件現場にいらしたのですか?」
王妃は答えようとせず、ヘイデンを睨みつけていた。
「そんなことより、ルイーズが平民ってどういうことだ!」
王子が叫んだ。
「黙りなさい、ルーメント!平民だから平民って言ったのよ!」
そう叫んだ王妃は持っていた扇子でルイーズの顔を打ちつけた。倒れたルイーズは手で打たれた頬を押さえた。指の間から流れる血を見たルイーズは悲鳴をあげた。興奮した王妃はさらに何度も扇子でルイーズを打った。
「誰か止めろ!」
怯えた様子の王は必死に命じた。騎士たちは暴れる王妃をなんとか取り押さえて奥に連れて行った。ジョルジオの声が響いた。
「夜会はこれでお開きにする。王子妃については改めて発表する。王が退出される。礼を!」
貴族たちは皆無言なまま、カーテシーとボウ・アンド・スクレープで、マイクとユーリに支えられて会場を出る王を見送った。