王子
少しですが暴力的な表現があります
この王国では10歳になる年に王立学園の入学資格を得られる。10歳になった年から17歳になる年までに2年間通う必要があり、卒業できないと貴族籍を失って平民になってしまう。とはいえ、王立学園の教育は貴族にとっては基礎的なものが多く、余程のことがない限り卒業できないことはない。どれだけ優秀な成績で卒業できるかが大切で、成績次第で良い仕事を得られるかが決まるため、親の爵位を継がない者たちにとっては死活問題だった。
この学園には14歳で入学することが多い。その年まで学んでから入ることで在学中の負担が少ないと言われていた。授業は習熟度別に分かれていて、年齢では区切らない。エミリアが10歳になるのを待てば、6人で同学年として入学することができるので、それを待って入学することになった。ちなみに父親たちはたまたま同学年だったらしい。
王子と同じ時期に学生生活を送りたくない6人は、富得賭けで王子の入学時期をズラそうと考えた。王子が何歳で入学するかをテーマにして、王子にも賭けてもらう。こちらが希望する年齢の賭け数が少ない事を王子に匂わせ、王子にその年に入学してもらおうとした。エミリアと同い年なので13歳が狙い目か。王子には1番最後に賭けてもらうことにして、エミリアたちは富得賭けを告知した。
富得賭けと並行して入学準備も進めた。15歳以前に入学する場合は試験がある。王子は試験は免除されるので入りたい年に入れば良いのだが、他はそうもいかない。エミリアたちは学習慣れしていたこともあり、難なく入学資格を得ることができた。
王子の富得賭けは、エミリアたちの試験が終わる前に募集をかけた。エミリアたちの入学に合わされたら困るからだ。念のためいつもより当選金を高額にして、王子のお金を得たい気持ちが高まるようにした。王子が実際に入学することによって結果が出るので、数年結果を待つ賭けの参加者にも高額な当選金で関心を持ってもらえて一石二鳥だった。今回は採算度外視の設定で赤字にはなったが、王子は13歳での入学を選んだのでエミリアたちと一緒に入学することは避けられた。
ただ、賭けが成立するまでは王子と良好な関係を保つ必要があるとのことで、婚約者候補3人と王子とでお茶会をすることになった。お茶会は王宮の庭園で開催されるが、主催は婚約者候補が持ち回りで行うことになった。だったらせめて自宅でと訴えたが、王子が移動したくないと言ったので覆すことはできなかった。
お茶会の話が出る前にエミリアたちの学生生活は始まっていた。授業プログラムは4ヶ月単位で、既定単位数を得て2年以上通えばいつ卒業してもよかった。必要単位数を越えても授業を受けられるので、何年も通う者もいたし、一度卒業してからまた入学し直す者もいた。エミリアたちは成績優秀で、充実した学園での生活を送っていた。新たな友人も増え、王妃や王子のことがなければ幸せな日々だった。
王子とのお茶会の日に、以前モニークが言っていたエクステンションを念のため試すことにした。カミーユとヘイデンの事業も進み、流行に敏感な貴族や平民の富裕層を中心に流行っていた。新しくできた前髪用と以前からあった髪に編み込む用と、二種類用意してもらった。パッと見はピンクなので、近くで見なければ銀髪だとは分からない見た目にはなった。クラウディアとモニークもエクステンションを付けてくれて、3人でお揃いの髪型にした。
初回はクラウディアが主催で、エミリアにとってはトラウマの地だが、王宮の庭園の四阿で開催することになった。そこが1番警備がしやすく、室内に入られると守りにくいからとのことだった。今回は念のため護衛力が高い侍女を伴った。
お茶会が始まった。エミリアたちはカーテシーをして頭を下げ、王子の到着を待った。クラウディアとモニークは初めて王子に会う。エミリアも顔を見たことがないので実質初対面だった。誰かの足音がした。
「おもてをあげよ。」
王子だ。王が婚約破棄をしてまで迎え入れた、可愛いと評判の王妃に似た顔が、そこにあった。
「お前たちがおれの女か。まあまあかわいいな。かわいがってやるからこっちへ来い。」
エミリアたちは動揺した。何をすると言うのか。スッと王宮の侍女がエミリアたちを守るように王子との間に立ち、自然な動きで王子を四阿へ誘導して行った。その王宮の侍女は、王子の噂を聞きつけたマイクが心配して手配した侍女だった。
エミリアたちは侍女に誘導されて、四角いテーブルのあちらとこちらに分かれて座った。
「なぜそんな遠くにいるんだ。隣に座れば良いじゃないか。肩を抱いてやろう。」
「いえ、恐れ多くて。」
クラウディアが固辞すると王子の機嫌は悪くなった。
「なんだと!?こっちに来いと言っているんだ!」
声を荒げた王子は左端に居たエミリアの髪の束を掴んだ。
「いやぁ!痛い!」
「こっちへ来い!」
王子はグイッと引っ張ったが、普段から身体を鍛えているエミリアは動かなかった。
「生意気な!しかも銀髪のくせにピンクで誤魔化しやがって!オバケのくせに!」
王子は短剣を取り出した。
「ルーメント様!」
驚いた侍女が止めに入ろうとしたが、その時にはもう短剣はエミリアに迫っていた。
「あぶない!」
「エミリア!」
エミリアは咄嗟に逃げようとしたが、髪を掴まれたままで離れられなかった。避けるエミリアに激昂した王子は短剣でエミリアの編み込まれた髪の束を根本から切り落とした。
急に体が軽くなったエミリアは逃げることはできたが、短くなった髪に気付き、
「いやーっ!」
としゃがみ込んだ。クラウディアとモニークは侍女に守られて無事だった。刃物を持って暴れた王子は王宮の騎士が用意していた薬を嗅がされて眠ってしまい、そのままお開きとなった。
王宮は今回の件について公表する事を禁じた。その代わりお茶会の開催はしばらく見送る事となった。エミリアたちの心は重く、いずれ王子に身を差し出すと思うと恐怖で涙が出た。
そんな事があっても卒業に向けて学園に通う必要があったエミリアたちはエクステンションを付けて通うことにした。三人三様の髪型は好評で、真似をして髪を切った生徒もいたし、少し髪色を足したり全体の長さを変えたりして、エクステンションを楽しむ生徒が増えた。
ある日、エミリアはカミーユに乗馬に誘われた。
「エミリア、良い馬がいるんだ。乗ってみない?」
2人で過ごすのは初めてだったが、敷地内のことなので軽い気持ちで誘いにのった。エミリアたちは10歳になってから体力づくりの時間に乗馬も習っていたので、カミーユは乗馬歴4年、エミリアは習いたてだった。
「新しい髪型、俺は好きだよ。前の長い髪も素敵だったけど、短いのもかわいい。」
カミーユはエミリアの頭を撫でた。
「ありがと。気分転換に連れ出してくれたの?」
「エミリアの笑顔、目が笑ってなかったから気になって。」
「気にしてくれてありがとう、カミーユ。私… とても怖かった。髪を切られたのはもちろんだけど、それよりも『おれの女か』って言われたのが怖かった。『おれの』って何?何をされるの?って… 」
カミーユは思わずエミリアを抱きしめた。
「まだそうなると決まったわけじゃない。まだ間に合う。全然足掻けるよ!もしも、もしもだけど、どうしようもなくなったら、俺がさらって逃げるよ。」
「カミーユ!」
2人はしばらく抱きしめ合うと、ハッとして照れた顔で離れた。
「さあ!馬に乗ろう!競争だ!最初のかけっこで負けたリベンジだ!」
「習いたてだけど私上手いのよ。負けないと思うわ。」
「先に湖に着いた方が勝ちだ!」
「あ、ずるい!もう走り出してるじゃない!」
その日からエミリアは馬に会いに行く事が増えた。周囲はエミリアの心のケアに気を配り、必ず誰かが一緒にいるようにしていた。今日は、今も変わらず侍女を務めてくれているマイラだった。
「お嬢様、馬って綺麗ですね。絵になります。走る姿も美しいですね。」
「それよ!マイラ!馬よ!」
こうして富得賭けに馬のレースが加わり、しばらくしてエミリアは元気になった。