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『学びの時間』の始まり

 全てはバケーションハウスから始まった。仲良し4人組だった父親たちが購入した王都郊外の土地に、四家それぞれのタウンハウスと、その『バケーションハウス』がある。その土地に元々あった森と湖を楽しむのにちょうど良い場所に、四家合同で集まれる『バケーションハウス』が建てられた。


 残念ながらバケーションハウスが完成したのはヘイデンの両親が亡くなった後だった。彼らを悼む集まりが一度催されたものの、ハウス内に蔵書室があったジュリエッタ以外の利用者はほとんどなかった。彼女が亡くなった後も各家の担当者が毎日手入れをしていたので、昨日急に決まった集まりでも使うことができた。


「おはよう、みんな」

ハウスの談話室に集まった2組の親子と、ヘンリーの忘れ形見のヘイデン、愛娘のエミリアの前に立ったジョルジオは両手をパンッと打つと話し始めた。

「今日はこのバケーションハウスに皆で集まれた事を嬉しく思う。今は、姿の見えない仲間たちもきっと喜んでくれているだろう。」

さっと祈る仕草をしてから続けた。

「これから『学びの時間』が始まる。初日の今日は学び方の説明、ランチ、採寸がメインで、採寸し終えたらお茶をしながらマナーを習って解散だ。質問はあるか?」


 ゆっくり子どもたちを見渡してジョルジオは言った。

「ここに集まった子どもたちは年齢も学習進度も、興味や能力も全てバラバラだ。基本的には個人学習となる。学ぶ内容はそれぞれのレベルや興味に合わせて変わる。今日は居ないが、専門家に来てもらう日もある。希望があればその都度対応していくのでいつでも言ってほしい。」

ユーリが続いた。

「『学ぶ、食べる、動く』これを繰り返していく。段々と慣れていくとは思うし、そもそも学ぶ事には終わりがない。何をどのくらい詳しく学ぶかはそれぞれの判断に任せる。」


 ジョルジオがベルを鳴らすと、執事と料理長が現れた。

「明日からにはなるが、最初に好きな事を学ぶ時間がある。その後ランチについて全体で学ぶ時間をもつ。例えば食材や調理法、提供先の領地についてなどだな。午後は身体を動かす内容が主となる予定だ。体力づくりやマナー、語学、ダンス、護身術などを学ぶ。馬場が整ったら乗馬も始める。」


 テムズはジョルジオの合図を受けて説明を始めた。

「おはようございます、皆さま。ジョルジオ様の執事、テムズです。よろしくお願いします。そしてこちらはクロムバンカー家、料理長のエランでございます。今日はクロムバンカー領について学び、領の名産品を召し上がっていただきます。歴史と地理のお勉強となります。」

ジョルジオが続いた。

「今週はクロムバンカーについて学ぶ。次はスペーシア、アタナシア、マックオニールと続き、その他の領地や他国についても学ぶ。ランチスタディといったところか?質問は?」


「好きな事って絵でも楽器でも良いのですか?」

クリフが聞いた。

「構わない。ただ、先生の選定が終わってないからすぐに教えてもらうことはできない。芸術家の選定が終わったらこの近くに芸術棟を建てて住み込んでもらう予定だ。先生方との都合が合えば教えてもらえるようになる。それまでにアトリエや音楽室を使用するのは構わないよ。」

クリフの期待は高まったようだった。


「では、最初の先生はテムズとエラン。明日からしばらくは交代で俺たちが先生になる。何を学べるかは当日伝えるが、誰も質問に来ないと寂しいから苦手な内容でも聞きに来てくれたら嬉しい。それにやってみたら意外と面白い、となるのが『学び』の不思議なところだからな。とにかく色々試してみてほしい。」


 テムズの秘書が箱を持ってきてジョルジオに渡した。

「こちらにノートとペンを用意した。自分が気に入った事や覚えておきたい事、学んだ事、何でもいいから書いてほしい。まずはどれが自分の物か分かるように表紙に何かかくように。5分計るからできた者から休憩して、皆揃ったらテムズの話を聞こう。」


 ジョルジオからノートとペンをを渡された子どもたちはまず名前を書いた。その後思い思いにノートを飾った。奥のテーブルではお茶の用意が始まった。お菓子があることに気づいたカミーユとヘイデンは早々に終わらせてお茶の席に着いた。


「5分経ったぞ。ノートは家でゆっくり飾って構わないから、そろそろ皆で休憩をしよう。休憩の時間になったら作業の途中でも止めるのがここでのルールだ。」


 侍女の案内で席に着き、お茶とお菓子を楽しんだ。

「ちなみにこのお菓子は王都内で人気の物だ。王都には多くの店があるが、お菓子の名前と味をよく覚えておくと良い。美味しかった時にもう一度頼めるように。」

ジョルジオはニヤッと笑ってお菓子を頬張った。


 休憩を終えた面々が思い思いの椅子に座ると、テムズはまず地図を広げた。

「王都はここにあります。皆さんが今暮らしているお屋敷は王都のタウンハウスにございますね。」

と王都を赤色のペンで囲んだ。次に紫のペンを持ってクロムバンカー領を囲んだ。

「ここが本日学ぶクロムバンカー領です。観光業や林業が盛んです。後ほど、この街で作られた木製の食器でランチをご提供いたします。」

その街を茶色のペンで囲った。

「他には農業や畜産業も有名です。お肉はもちろんのこと、乳製品も好評でチーズが特に評判がいいです。本日はチーズの食べ比べプレートをご用意しましたので、それぞれの違いをお楽しみください。」


 テムズはチーズの食べ比べプレートが用意されている部屋に皆を案内した。部屋には今回のテーマであるクロムバンカーの紋章旗が飾られていて、特産品が展示されていた。子どもたちが順々に席に着くと『お気に入りのチーズを探そう』をテーマに最初のランチスタディが始まった。どの種類は好きだとか、これは苦手だとかノートに感想を書きながら皆でワイワイ楽しんだ。


 チーズの片付けが済むと、エランが本日のランチリストを配った。材料やその生産者、調理方法などが書かれている挿絵入りの可愛らしいリストだった。ランチはローストビーフと、領地で収穫された小麦を使ったパン、新鮮な野菜を使ったサンドイッチだった。エランは挿し絵にある地図のどこで作られているか、生産者の人柄を交えて説明してくれた。その日のデザートはプディングのフルーツ添えで、新たに配られたデザートリストの解説も可愛らしい挿し絵付きだった。そしてなにより、どれもとても美味しかった。


 ジョルジオが学習室にもなっているジュリエッタの蔵書室に子どもたちを連れてきた。

「ここにはジュリエッタが集めた本がジャンルごとに並べられている。どの本を読んでも構わない。明日からは司書のマーガレット女史が来てくれるから、迷ったら相談すると良いよ。今日は順に採寸があるから、待っている間はここで好きに過ごしてくれ。ここでのルールは1つ。必要な事以外は喋らないこと。」

こうして『学びの時間』は始まった。


 子どもたちに体力づくりの授業は思いの外好評で、鍛錬の話を聞いて不安がっていたクラウディアとモニークも嬉々として取り組んでいた。身体を動かすからかよく眠れるらしく、お肌の調子が良くなったと喜んでいた。1年早く体力づくりを始めていたエミリアは最年少ながら4歳上のカミーユより速く走ることができて、走ったことがあまりなかったカミーユはとても悔しがった。お互いに今度こそ!と追いかけっこが流行り、結局全員を巻き込んで最初の頃より速くなっていった。


 初日の採寸からわずか2日で作られた動きやすい服も好評で、ジョルジオが会長の商会で販売することになった。子どもたちは貴重なモニターとして服の改良やデザインの提案をして、いくらかの給与を得た。モニークはこの方面の仕事が好きらしく、ワンピースやドレスなどのアイディアを出したり、実際に着てみてどうか、などとどんどん関わるようになり、デザインの良さと指摘の的確さからアタナシア侯爵家の持つ商会での販売も始まった。


 ヘイデンとカミーユは数学が好きで、2人で問題を出し合ううちに親しくなっていった。パズルやチェスはもちろんのこと、モルックなどの体を使うゲームも好きで、他の子どもたちも誘ってゲームをしたことで、6人はより一層仲良くなっていった。


 日々過ごすうち、クリフの様子がおかしくなった。読書をしながら眠ってしまうことが増え、皆は気づいたら起こすようにしていた。ランチ中に眠ってしまったのをキッカケに、クラウディアが怒ったような口調で言った。

「皆さまご心配いただかなくて大丈夫ですわ。クリフったら寝る間を惜しんで絵を描いていたんですの。自己管理が上手くいっていませんのよ!」


 その日の担当はマイクだった。

「クリフ、今日までなかなか会えなかった僕の責任だ。気になる事をずっと続けるのは楽しいかもしれないが、子どもの頃にちゃんと眠らないと身体が育たないよ。皆に心配をかけてでも描かないといけなかったのかい?」

「お父さま、僕はとにかく描きたかったのです。」

クリフは泣き出してしまった。


「僕は芸術には疎いから気持ちは分かってあげられないが、その『描きたい』という気持ちが特別なものだというのは知っている。楽しかった?」

「楽しかったです。お父さまも描きたいしお母さまも!お姉さまも!って」

マイクはクリフの頭を撫でながら言った。クリフの涙は止まり、少し元気が戻ったように見えた。

「素晴らしい経験だ、クリフ。でもね、身体がしっかり育つまでは少なくとも寝る時間は守ろう。あとは鍛錬だな!」

その日からクリフは描く時間を決めて、時間が来たら止めるようにした。どうすれば気分よく描けるか段々分かってきたようで、子どもたちも安心した。


 1年が過ぎた頃ジョルジオが言った。

「ある程度『学び』が進んだので、自分が学んだ事を学友に報告してもらう。なるべく内容を知らない人が聞いても分かりやすく。説明がうまくいかなくてもそれはそれで学びだから、どんなアプローチでも良いよ。1週間で準備をしてほしい。」


 エミリアの今の関心ごとは東洋の歴史や文化についてだった。中でもジョパニンという国に関する記述を様々な本から集めていて、クロムバンカー領とは違うその文化や風習に興味があった。エミリアはジョパニンについて報告することに決めた。



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