クラウディアが聞いたこと
先月のある日、クラウディアは王立図書館にいた。あるジャンルの本が並ぶ本棚の前で、背表紙を読み比べたり手に取ってパラパラと読んでみたりしながら迷っていた。すると本棚の向こうから声が聞こえて来た。3人の子どもが話しているようだった。
「おれさー、ぎんいろおばけに会ったことあるんだー。」
「なんです?ぎんいろおばけって。ヤバいやつですか?」
「母上に聞いたら、ショウネノワルヤナオンって言ってた。」
「何ですかそれ?どういう意味なんででょう?」
「まーまー、まて。いいか、誰にも言うなよ?言っちゃダメだって言われてるんだからな。お前らだから話すんだからな。」
「分かりました。ルーメント様。だれにも言いません!」
「ぼくもです。早くおしえてくださいよ。」
「分かった。分かった。」
子どもたちはしーっと合図をし合っていたようだった。
「なんかおれ良い気分で歩いてたらさ、急にぎんいろおばけが襲って来たんだ。オバケの名前は母上に聞いたんだけどさ、長い銀の髪で白い顔のたぶん女って言ったら、ぎんいろおばけって言うのよって。でさ、おれにうわって来てさ、なんかギュッてされたんだ。気持ち悪いだろ?おれは動けなくてこうグイグイ押してたらさ、ドーン!ってすごい音がして、オバケの力が弱くなったんだ。その瞬間、『今だ!』っておれは走って逃げた。足が速いおれはなんとか助かったわけよ。逃げた先にちょうどお母さまのきしがいて、どこ行ってたんだとか言うからさ、オバケの話をしたんだよ。そしたらさー、ぷぷっ、大人のくせに顔を青くさせてさー、このことは誰にもいうなとか言うんだよ。あわてちゃってさー。いやー、面白い顔だった。あ、いいな?おれたちだけのヒミツだぞ!」
「約束します!だれにも言いません。」
「ぼくもです。ヒミツ守ります!」
嬉々とした様子の子どもたちの声が段々と遠ざかっていって、クラウディアはホッと息を吐いた。
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クラウディアの話を聞いたエミリアは、口を手で押さえて目を見開いていた。モニークはクラウディアが聞いてしまった「ヒミツ」を聞いてしまった自分は大丈夫なのか?と不安になっていた。
「クラウディア様、そのお話、私だけでは不安なのでおにさまにも話してくださいますか?おにさまは信頼できる人です。」
エミリアはクラウディアの了承を得て、マイラにヘイデンを呼んでくるよう伝えた。
会話を楽しむ雰囲気にはならず、紅茶とスイーツを眺めながら待っていると、ヘイデンが駆け足でやって来た。
「エム、どうした?」
「おにさま、クラウディア様のお話を聞いてくださいませ。」
「分かった。スペーシア公爵令嬢、ヘイデン・マックオニールと申します。ヘイデンとお呼びください。」
「ヘイデン様、クラウディアとお呼びください。こちらはモニーク・アタナシア侯爵令嬢です。」
「モニークとお呼びください。」
「モニーク嬢、ヘイデンとお呼びください。」
4人は四阿で話を聞いた。クラウディアから話を聞いたヘイデンは思案げな顔で言った。
「クラウディア嬢、この話は他でもされましたか?」
「いいえ。オバケの話はあまり好きではないので。」
「良かった。詳しくは言えないのですが、この話は他ではしないでいただけると。」
「分かりましたわ。ただ、ルーメント様がどうなさるかまでは… エミリア様のお髪、何か対策された方が良いのかもしれません。」
エミリアは自分の髪を見た。
「銀色は珍しいのでしょうか?」
「エム、実はそうなんだ。クラウディア嬢の茶色やモニーク嬢の金色は貴族に多い髪色で、平民には黒が多いんだ。ピンクや赤はどちらにもいるけど、銀色はマックオニールと後2つの貴族家にしか残っていないんだ。」
モニークも心配そうな顔でエミリアを見た。クラウディアは心配そうに言った。
「髪を染めても傷みますし、ウィッグも内側に髪を入れるので蒸れて傷んでしまいます。」
その横で、ハッとしたモニークは顔を輝かせて言った。
「ピンクの髪をエクステンションで内側に付けて銀と混ぜて見せるのはどうでしょう?あの、エクステンションというのはアタナシア侯爵領で作られている髪を増やす髪のことなんです。」
「髪を増やす髪?」
「小さな髪の束を目立たないように根元にくくり付けるんです。染色も上手くいっているのでバリエーションはあります。エミリア様が使ってくださったら良い宣伝になるかもと思ったのです。」
「なるほど!モニーク嬢、まずは試してみたいのですが、お父さまとお話した方が…… よ、さ、そうですね。アタナシア侯爵に会いに行ってきます。クラウディア嬢、お話大変興味深いものでした。お二人とももぜひエミリアと仲良くしてください。では、私はこれで失礼します。」
ヘイデンはニールに合図をして父親たちがいる談話室へ向かった。
エミリアはヘイデンが何か始めそうな様子にワクワクしていた。そう言えば、という顔をして聞いた。
「クラウディア様とモニーク様は何色の髪になりたいですか?」
「そうですわね。私はもっと明るい髪色が良いわ。茶色と言っても暗めだから、黄色とか金色を混ぜてみたいわ。」
「クラウディア様は赤も似合いそうですわ。赤と茶色は相性が良いんですのよ。私の金色に合うのは茶色、黄色、紫、ピンクですかしらね。」
「色を考えるのも楽しいですね。お勉強内容に入れてもらいたいわ。」
「エミリア様もお勉強がお好き?」
クラウディアは優しい笑顔になった。
「ええ。楽しいもの。新しいことを知るのは楽しいですわ。でもお父さまは体を鍛えろー、っておっしゃるの。きっと明日からお二人もたんれんすると思うわ。」
「鍛錬ですか?」
「ええ。ストレッチとランニング、タイジュツをする事になると思うの。自分の身を守るのですって。護衛はいるけど、最後は自分が何とかしなさいって。強く、強くなりなさいってお母さまに言われたのだけど、頭も体も強くするの。」
エミリアの話を聞いたクラウディアとモニークは明日から始まる公爵家での教育を思い、少し不安になった。
その頃ヘイデンは談話室で話したことを報告していた。
「当時、助かったと思われる男の子を探しましたが、見つけられませんでした。その時、迷子の男の子を探していた騎士のような男がいたんですが、その男は王妃付きの騎士で、先月から行方が分からなくなっています。事故の後から体調を崩すことが増えて、ある日気付いたら職場に来なくなったようです。男の子の髪色は黒でしたが、ここまで見付けられないとなると、ウィッグをつけていた可能性があります。平民の服装の割に良い布の物だった、と話す者もおり、お忍びの貴族説が濃厚かと。そして今回の話から、ルーメント王子であった可能性もあるのではないかと。」
父親たちは息を飲んだ。
「さらに、王子がぎんいろおばけの話をどこで誰に話しているかわからないため、エミリアの髪色対策を練る必要があるかと。これに関してはモニーク嬢から有益な情報をいただきました。」
ユーリ・アタナシア侯爵はすぐ分かったようだった。
「エクステンションのことか。あれをどうするのだ?」
「エミリアの髪の内側にピンクを入れて銀色と混ぜることによって印象を変えてはどうかと。髪の傷みも最小限になるかと思われます。」
「なるほど。それは良いな。ピンクなら何色かあるんだ。エミリアに合うピンクを探そう。」
「できれば流行らせて、エクステンションをしていることが目立たないようにしたいのですが、販売ルート等関わらせていただくことは可能でしょうか?」
「ヘイデン!急速すぎる。まずは事業提案書とデータを出せ。」
ジョルジオが慌てて言った。ユーリはジョルジオを宥めるように言った。
「ジョル、気にするな。ヘイデンは俺にとっても甥っ子みたいなもんだ。ヘイデンの父親のヘンリーはジョルと俺、そこのマイク・スペーシア公爵と学生時代からの友人なんだよ。4人は年齢も身分もバラバラだけどな。小さい頃のヘイデンを高い高いして泣かせたのは俺だ。」
「そうでしたか!私はあまり両親の事を覚えていなくて…」
「仕方ないよ。覚えていないのは、まだ思い出さない方が良いという事だ。それにしても、ヘイデンと事業ができるなんて嬉しいな。あ、ジョル、俺が関わっても構わないか?」
「ユーリが良いなら俺は構わないよ。ヘイデンの初事業は俺とだったしな。あのフルーツを使ったスイーツの店あるだろ?あれだよ。」
「あのスイーツの店!モニークも気に入ってるんだよ。良い店だ。」
「ありがとうございます。エミリアを喜ばせようとしてできた店です。」
「ははは。実質今回もエミリアのためだから、ヘイデンにとってエミリアは事業を生み出す女神だな。」
「うるさいな。そうだ、モニークの兄のカミーユも連れて来て良いか?公爵家での教育に参加させたいし、エクステンションの事業にも関わらせたいんだ。ヘイデンと同い年だし、以前2度くらい会ってるんじゃなかったかな?」
「申し訳ないのですが、記憶が…」
「まあ、また友達になれば良いだろう。マイクのとこのクリフォードはどうする?モニークと同い年だったか?」
「そうだなぁ。うちのクリフも連れてくるか。もうすぐ7歳になるとこだよ。クリフもヘイデンと何か事業させたいなぁ。また考えとくね。」
ジョルジオが手をパンっと打った。
「では明日また集まろう。説明もしたいし、衣装も作りたいし。やることがたくさんだな。あ、護衛と侍女も育てておきたいから連れて来てくれ。」