クマ、ウサギ、ネコ
エミリアが温室のサロンに入ると、
「エム、辛かったな。」
と、エミリアを見つけたジョルジオ・クロムバンカー公爵はすぐ歩み寄ってきてエミリアを抱き上げた。
「お父さま、わたくしお顔を見ることもできませんでした。あのような方、キライです。なんとかしてくださいませ。」
エミリアは頬をプクッと膨らませてジョルジオを見た。ジョルジオはエミリアの頬を突つきながら言った。
「エム、すまない。こちらから断るのは流石に難しい。幸いまだ3人の候補者のうちの1人だ。王妃候補の1人として教育を受けつつ様子を見ることになった。」
ヘイデンの執事のニールからジョルジオの執事のテムズに連絡が行き、王宮にいたジョルジオが今回の件を知った時その場に他の婚約者候補の父親たちもいて、今後についての話し合いができたようだった。
「少し前から王宮での王妃教育を始めたいと打診されていたんだが、今回の件が良い言い訳になった。王宮には行かず我が公爵家でエムを含む3人の令嬢の教育をする事になった。予算をケチりたい王室はこれ幸いと教育費は候補者持ち。教育が終わる頃、多分王立学校を卒業する頃だな、その頃に試験をすると言い出した。その試験に合格できなかったら賠償金を払わせるという条件だ。恐らく王妃教育を逸脱した内容になるだろうから合格は難しいだろうがな。浪費家が他所から金を集める為に思いつく事は想像を超えてくるな。候補者の親である我々はそれでも構わない、と全員一致だった。あの王妃のテリトリーである王宮で王妃教育を受けるより遥かにましだからな。」
その時ヘイデンがサロンに入ってきた。
「義父上、それをお聞きして安心しました。聞き耳を立てるような真似をして申し訳ありません。」
「これはこれは、ヘイデン・マックオニール伯爵。ごきげんよう。」
ジョルジオはボウ・アンド・スクレープで迎えた。
「後見人殿にはお変わりなく。父娘の交流を邪魔してしまい申し訳ありません。」
ヘイデンもボウ・アンド・スクレープを返した。
「だいぶ様になってきたな、ヘイデン。義兄上もお前の成長が嬉しいと思うよ。今回は迅速な対応ありがとう。ちょうど他の面々も揃っていて良いタイミングで話せて良かった。」
「ニールの機転のお陰です。僕は、まだまだです。」
「ふふふ。堂々としていれば良いんだ。ニールもお前の一部だよ。さ、まずは家族で食事をしよう。」
そう言ったジョルジオが視線で合図をすると、テムズは夕食の用意を指示した。
ジョルジオ、ヘイデン、エミリアが席につき食事が始まった。食事中はエミリアがマイラから聞いたジュリエッタの武勇伝にジョルジオの思い出話が加わって、可笑しくて少し切なくて、でもやっぱり面白くて。楽しい食事の時間を過ごすことができた。そのままデザートの時間になり、今日王宮であった事を話す事になった。
「私はカーテシーで顔を上げないように待っていたの。誰かがぎんいろおばけ!あっちいけ!って。そうしたらエプロンドレスが見えて、エミリア様こちらへってなってクッキーを食べてバラを見たの。」
「ん?エミリア様と呼ばれたのか?知っている侍女か?」
「いいえ。初めて会った人よ。」
「呼び方を許可しても無いのにそう呼んでくるとは…王宮の侍女の質が…というのは聞いていたが、エムを尊重するつもりは無いということか。」
思案顔のジョルジオにヘイデンは努めて明るくいった。
「義父上、王宮で教育が始まらなくて良かったですね。」
ジョルジオはハッと顔を上げた。
「そうだな。そもそも候補者の親同士問題を共有できていたのが良かった。王子の資質が低い場合、令嬢側に苛烈な教育をする場合もあるらしいからな。教育が行き届いているはずの侍女に尊重されないなら尚更だ。危ないところだった。こちらの常識で考えてはいけないな。それに万が一嫁ぐことになった場合に同行させる侍女や騎士にも教育をせねば。候補者の令嬢も学問だけでなく護身術も学ばせたいし…強くならねばな。」
ジョルジオに頷いたヘイデンはエミリアを見た。
「エム、お義父様のお話は分かったかい?」
「全部はムリでしたけど、身を守るために学ぶという事で合っていますか?」
「さすがエム。あともう一つ大事な事があるよ。」
「なんですか?おにさま。」
「お友だちができるかもしれない、という事だ。」
「一緒に学ぶご令嬢ですね!仲良くなれたら嬉しいわ。一緒にがんばれるようにがんばります!」
翌日、共に学ぶ予定のクラウディア・スペーシア公爵令嬢とモニーク・アタナシア侯爵令嬢との顔合わせがてら、スペーシア公爵とアタナシア侯爵も招き、どのように教育を進めていくか打ち合わせることになった。クラウディアは二つ上の8歳、モニークは一つ上の7歳だった。
「ではご令嬢方は庭園でお茶を楽しんでもらおう。エムには初お茶会だな。歳の近いもの同士仲良くな。」
ジョルジオはそう言ってスペーシア公爵とアタナシア侯爵を伴って談話室の方へ歩いていった。マイラがにこやかに言った。
「お嬢様方にお楽しみいただけるようご用意いたしました。こちらへどうぞ。」
エミリアは突然父親に置いていかれて固まっていた令嬢2人の手を握ってマイラの後に続いた。
「「「わぁ〜!かわいい!」」」
令嬢たちは庭園の四阿を見て声を上げた。入口には令嬢サイズのぬいぐるみがあった。クマ、ウサギ、ネコ。パステルカラーのリボンや布で飾られた四阿を見てエミリアも驚いた。3人はまず各々ぬいぐるみに抱きついた。クラウディアはウサギ、モニークはクマ、エミリアはネコだった。それまで緊張した様子だった2人も、昨日悲しいことがあったエミリアも笑顔で、今日の集まりのことを聞かされてから慌てて用意した使用人たちは満たされた気分になった。お互いチラチラと目線を交わし、お互いの健闘を讃えあっていた。
「お菓子もどうぞお楽しみください。」
マイラに言われて3人は四阿に入った。
「「「わぁ〜!」」」
立体的に飾られたフルーツやケーキ、クッキーに歓声が上がった。目立たぬようについて来ていた侍女たちが紅茶を淹れてくれて、3人はおやつの時間を楽しんだ。
「昨日イヤなことがあったのですって?」
クラウディアが悲しそうな顔でエミリアに尋ねた。
「イヤなことは言葉にするとちょっと軽くなるのよってお母さまに聞いたわ。」
モニークもエミリアに声をかけた。
「ぎんいろおばけって言われたの。お母さまとお揃いの大切な髪なのに!しかもあいさつも許されなかったの!」
エミリアは2人を見た。
「お母さまはこの前馬車の事故で、男の子を助けて死んでしまったの。」
エミリアは俯いた。クラウディアとモニークはエミリアの手をそれぞれ握った。何も言わないで労わる気持ちを伝えようとしてくれる2人の心遣いに、エミリアの心は温かくなった気がした。
「ありがとう。ごめんなさいね。暗い顔をしてしまって。今日は楽しんでもらう日なのにね。そうだわ。お庭を見て!お花がたくさん咲いているのよ。」
エミリアはなんとか母の話題を出さないように気をつけた。あちらこちらに母との思い出があった。
エミリアの手を握ったままクラウディアは言った。
「クロムバンカー公爵令嬢、私のことはクラウディアとお呼びください。」
「私のことはモニークと。」
「ありがとう。私のことはエミリアと。クラウディア様、モニーク様」
「「エミリア様」」
3人はスッと立ち上がってお互いカーテシーをして、
「ふふっ。」
と笑いあった。
「エミリア様、そのぎんいろおばけってどこで言われました?イヤなことを何度も思い出させて申し訳ないのですが。」
クラウディアが気遣わしげに尋ねた。
「王宮の庭園で言われたの。婚約者候補の方に会う、と聞いて行ったのだけれど会えなかったわ。」
クラウディアは眉間にシワを寄せて言った。
「ルーメント王子よね。私たちの婚約者候補って。実は以前彼がぎんいろおばけの話をしているのを聞いたことがあるの。」