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ぎんいろおばけ

「こっち見るな!ゆうれい消えろ!こわいよぉ!くそっ。ぎんいろおばけ、あっち行け!」

7歳になったばかりのルーメント王子はそう言い捨てると、あっという間に王宮の方へ走り去った。王子の許可を待って挨拶をしようとしていたエミリアは俯いたまま動けなくなっていた。


「エミリア様、紅茶が入りましたのでこちらへどうぞ。」

王宮の侍女のエプロンドレスがエミリアの視界に入った。エミリアが顔を上げると、侍女は人好きしそうな笑顔で言った。

「本日は新作のクッキーをご用意しました。庭園の薔薇も見頃でございます。ぜひお楽しみください。」

まだ6歳のエミリアは何も言えずに侍女の後について行くことしかできなかった。2つ用意されていた椅子の片方に座ってサーブされるのを待つ。後に続いていたエミリア付きの侍女マイラは、そっとその後ろに立った。


 クッキーは確かに美味しかった。薔薇も綺麗で、よく晴れた空の下で風に揺れたりもして、確かに素敵だった。

「なんなのよ!ぎんいろおばけって。しつれいしちゃう。お母さまと…おそろいの大切な髪なのに!」

ポロポロと涙がこぼれ落ちた。ドレスの上の小さな手はきゅっと握りしめられていた。

「おかあさま。」

マイラは上を向いて、何度も瞬きをして涙をなんとか消して、気を抜くと揺れてしまいそうになる声を抑えながら言った。

「エミリアお嬢様、そろそろお時間です。馬車乗り場までお散歩いたしましょう。」

エミリアはハンカチを出して半分に折り、涙袋に当てて涙を吸わせていた。それはエミリアの母ジュリエッタが、生前幼いエミリアの涙を拭っていた仕草と同じだった。


「マイラ!」

涙が止まらぬエミリアは駆け出した。マイラは飛び込んできたエミリアを抱き締めて抱え上げると、そのまま馬車に向かって歩き出した。

「エミリアお嬢様、マイラは急にお嬢様を抱っこしたくなってしまいました。ご無礼をお許しください。」

エミリアは小さく首を振ってマイラの肩に顔をうずめた。


 クロムバンカー公爵家へ向かう馬車の中ではマイラが面白おかしくジュリエッタの学生時代の武勇伝を聞かせてくれた。エミリアは思わず吹き出してしまって、そのうちに笑顔が戻ってきた。


 公爵家の玄関ホールに着くと義兄のヘイデンが待っていた。ヘイデンはジュリエッタの甥で、ジュリエッタの兄夫婦の忘れ形見だった。8歳で死に別れ2年前からジュリエッタの義息となった。

「おにさま!」

馬車から降りたエミリアはまっすぐ義兄のヘイデンに駆け寄って抱きついた。

「こらこら。淑女は走らないよ。」

と言いつつヘイデンは両手を広げてエミリアを迎え入れ、優しく抱きしめた。

「エム、おかえり。」

「ただいま戻りました。おにさま。」

エミリアはスッと兄から離れてカーテシーをした。

「ジュリー義母さまみたいだ。エムきれい。」

その途端エミリアの目に涙が溢れた。ヘイデンはすぐエミリアを抱き締め直した。


「エムはお疲れだ。入浴の準備を。落ち着いたら今日は温室のサロンで夕食を取ろう。良いね?エム。その時話してくれるね?エムは綺麗で賢い僕の自慢の妹だ。強く、強くおなり。」

ヘイデンがジュリエッタに教わったおまじないの言葉を言うと、エミリアはヘイデンの腕の中で小さく何度も頷いた。そして再びマイラに抱き上げられて部屋へ向かった。


 ヘイデンは護衛としてエミリアに同行させたクロムバンカー家の騎士に言った。

「僕は僕の執務室に向かう。そこで話を聞かせてくれ。あの頭お花畑な王妃から生まれたアレに何をされたのか。事と次第によっては社会的に抹殺してやる。」


 現王妃は「真実の愛」を貫いて結ばれた元子爵令嬢で、ヘイデンの母はその時婚約破棄をされた侯爵家の令嬢であった。ヘイデンの父は伯爵家の嫡男で、元々幼馴染の2人が秘密裏に結婚を約束していたところ、王命で婚約をねじ込まれて引き裂かれた過去があった。父は落ち込んで新しい婚約者を決められないまま過ごしていたが、王立学園卒業直前に母が婚約破棄をされた為、何事もなかったかのように母と結婚する事ができた、という経緯があった。その上両親の事故の影に、王妃の生家、ナルデニン子爵家の存在が示唆されていて、当時力及ばず証拠を抑えきれなかったヘイデンには苦い思い出となっていた。


 自身の執務室でルーメント王子の言動を聞いたヘイデンは舌打ちをした。

「あの王妃が何か言ったに違いない。ジュリー義母さまを嫌っていたと聞いたことがある。義母さまは美しかったからな。ん?まさか義母さまの事故もナルニデン子爵家が?」


 2ヶ月前、教会のボランティアをしていたジュリエッタは、道に飛び出た子どもを庇って事故にあった。助けられた子どもは走り去ってしまったので無事だと思われるが、助けたジュリエッタは打ちどころが悪く、目覚めることもないまま息を引き取ったのだった。


 ヘイデンは自身の執事、ニールの顔を見た。

「その方面からもう一度調べます。」

ニールが指をパチンッと鳴らすと、天井からノックが2回なった。

「判明次第ご報告いたします。」

ヘイデンは頷くと公爵家の図書室に向かい法律書の棚で調べ物を始めた。


 自室で侍女に髪を洗ってもらいながら少し眠ったエミリアは段々と冷静になってきた。着替えさせてもらいながら段々と怒りが込み上げてきた。

「あんな人のお嫁さんになるのは絶対イヤだわ!お兄さまとお父さまになんとかしてもらうわ!」

そう決意したエミリアは、温室のサロンへ向かった。





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