「更地になった後で」 蓮下
そっと屈んで暗がりを覗いた。懐中電灯が照らす縁の下は無数の埃が泳いでいる。半身だけでも入り込めないかと身体を傾けてみたが無理そうだ。昔は祭りも定期的にあって賑やかだったらしいが、見る影もない朽ちようだ。今ではこの神社自体、大人どころか子どもにすら嫌われる狭隘なボロ小屋になっている。木々が背伸びして昼間でも薄暗いボロ小屋周辺なんか、物騒なこの頃、警戒されても仕方がないのかもしれない。―――そしてこの見捨てられた神社は一週間後に取り壊される。
「待たせてしまってすみません」
背後からの足音と声に振り返ると、待ち合わせをしていた権太と女性が立っていた。枯れ葉を踏む音が林の中に小気味良く響いている。
「遅かったな」
「ちょっとしたトラブルがあったんです。間に合うかと思って連絡を入れてなかったんですが、少し遅れてしまいましたね」
「そっちの子は?」
権太の隣の女性に目を向けた。
「ただのトラブルメーカーなので気にしないでください」
聞くなり彼女は飄々とする権太を肘で打った。それでも石のように彼は動じないので余計に怒りを募らせているようだ。
「ちょっと! 紹介くらいしなさいよ!」
「勝手についてきた挙げ句、トラブルを起こしたやつが何を言ってんだ」
「落とし物を探しただけでしょ!」
「実際には落としてすらなかっただろ。ずっと手に握りしめてたくせに、なくしたって大騒ぎして」
肘打ちされようが罵られようが、落ち着いている権太の態度とは裏腹に女性はヒートアップしていく。女性をなだめつつ、俺は権太に目配せした。
「普段、お前が女の子を連れてくることなんか滅多にないのに、何かあったのか?」
権太は渋々ながら話し始めた。
「こいつは大学の同級生の薫なんですが、俺と実家が同じ市内ってことで一緒に帰省することになってたんです。それが途中で、弟への土産を落としたとか言って探し回ってたんです」
「でも実際は手に持っていたと……」
「もうそんな話いいでしょ! 第一、神社の取り壊しだって一週間後なんだからそんなに焦らなくてもよくない? 第一に私は権太の幼少期の話が気になってついてきたんだから、神社見学はどうでもいいの」
「お前なぁ……。罰当たりすぎないか? そもそも、お前なんかにする昔話はない。俺は彼方さんと神社を懐かしむつもりで」
「だって神様なんていなそうなボロ小屋じゃない」
いなそうどころか実は内陣に御神体すらおいてなかったりする。
「いや、この神社に神様はいるぞ」
権太のやけにはっきりとした物言いに俺は思わず吹き出した。子供みたいに自信満々な様子が可笑しかった。
「俺はここの神様に小学生の頃、助けられたんだ」
「大げさね。どうせ、お願い事して叶ったとかそういうものでしょ? まさか、神様の姿が見えたり声が聞こえるわけないし」
「嘘じゃねえよ。実際に神様が俺の悩みを聞いてくれてたんだ」
「妄想じゃなくて?」
今度は、権太の舌先に熱がこもり始めたようだ。訝しげな薫を説き伏せようと躍起になりかけている。
「違うんだよ。妄想なんかじゃなくて、本当にこの神社の中から声が聞こえたんだ」
「へえ?」
「……信じてないな」
「威厳もないボロ小屋に神様がいるなんて信じられるわけないでしょ。具体的なエピソードを聞いたわけでもないのに」
「は? エピソードなんて山ほどあるぞ! よく聞けよ! いいか、あれはまだ……」
権太の昔話を聞きたいと言った彼女と、話したくなかった権太。薫の策略にはまって昔話をはじめていることに彼はきっと気付いていないのだろう。
神様の部屋
昔から愛想がないやつ、と言われていてそれが悩みだった。
―――ちょっとくらい笑いなさい。感じ悪いったらありゃしない。
無慈悲な言葉が何度も幼い心を抉った。無理して笑うことなど彼にはできなかった。大人達は隣人の悪い噂を口にしながら、当人達とは笑顔で話す。それが理解できなかった。しかし、権太の愛想のなさを疎んだのは大人だけではなかった。学校の同級生達までもが彼を、口数が少なくて何を考えているか分からないやつと口々に言った。
いつも、クラスメイトに罵られて一人でとぼとぼ下校していた。その日はどこか家に帰りたくない気持ちもあって、逃げ込むように寂れた人気のない神社にやってきた。縁に腰かけてみっともなく鼻水を垂れ流していた。しゃくり上げる声が今にも爆発しそうになっていた時。
「……なに泣いてんの」
唐突に背後から声が聞こえた。とっさに振り向いたが、そこには内陣への扉が立ち塞がっているだけだ。扉には南京錠がかけられていて中に入れないようになっている。しかし、確実に内陣の奥から声をかけられた。
「みんな、気持ち悪いって。僕に近づきたくないって……」
権太はふと聞こえてきた声に驚きつつも返答した。不思議な現象のおかげで、泣き声も少し落ち着いてきていた。
「クラスの連中にお前、何かしたの?」
権太は、ぐしゃぐしゃの顔をそのままに立ち上がって内陣を覗いた。しかし、昼間でも底なし沼のように暗い空間に鼠一匹も認めることはできなかった。
「おい」
権太はびくっと肩を跳ねさせ、後退りした。不快そうな声に脅すような声が加わったのだから無理もない。
「のぞくな。ここは神様が住んでる部屋だ。それともお前には他人の家を平気で覗く趣味でもあるのか?」
「ご、ごめんなさい……」
「で、何をしたんだよ」
「……神様、なの……?」
暗がりの奥に潜む、得たいの知れない存在は問いかけても返事をしなかった。いなくなってしまったのかと思ったが、異質な存在感だけは未だにある。どうやら神様は権太が今日の出来事を話すのを待っているらしかった。
「今日、昼休みの運動がドッジボールだったから楽しみにしてたんだ。始めは本当に楽しかった。でも……。途中、他の遊びをしてた女の子の方にボールが飛んでいって、僕、外野だったから近かったの。女の子を押したら倒れちゃって……」
「女の子は怪我したの?」
権太は力強く頷いた。
「……悪気がなかったんだし、助けようとしたのは偉いと思う。でも、怪我させたんだからそこは謝らないと駄目だろ」
「でも……」
「でもじゃない。大体お前、なんで女の子を突き飛ばしたのか他の子にちゃんと説明したのか?」
神様の言うように、権太に悪気はなかった。怪我させたのは悪いと分かっている。膝をすりむいて泣きわめく女児の姿が脳裏に浮かんだ。真っ赤でざらざらの傷口……。きっと明日には大きい絆創膏をつけて学校に来るだろう。自分のせいだと分かってるからこそ、神様の責めるような口調が突き刺さる。
「説明しようとしたけど、みんな聞いてくれなかった……」
「そう……。じゃ、アドバイスな。悪いことしたと思ったらまずはごめんなさいだ。言い訳とか説明はそれからすればいい」
権太は目を瞬かせて、呆けた表情を見せた。伝っているのやらいないのやら。やれやれ、と神様は呆れてごろりと横になった。どうせもう会うこともないだろうしどうでもいいと思っていた。だから、神様アドバイスに味をしめたらしい権太が、この日を境に毎日ボロ神社に通うことになるのは予想外だった。
花はしおれて
「お前、クラスメイトの前で泣いてみなよ」
「どうして?」
権太は、お小遣で集めている宝物のキラキラ光るカードを日の光にかざして首を傾げた。
「お前、愛想がないとか何を考えてるのか分からないって言われてるんだろ。それなら感情を大げさに表現すればいい」
「でも、急に泣けなんて言われても無理だよ……」
「じゃあ、大声で笑ってみるとか」
ますます無理だ。というように権太は眉を八の字にして肩を落とした。虹色の光がぼんやりと悲しげな顔を照らしていた。
「別に、無理に笑ったり泣いたりする必要はないけど。泣きたかったら思い切り泣けばいいし、笑いたかったら思い切り笑ってみたらいいと思うだけ。そうすれば、わざわざここで隠れて泣くこともなくなるでしょ」
「……でも、皆の前で泣くなんて恥ずかしいし」
意地だけは立派な子供らしい返答に神様は吹き出した。ガキなんて四六時中泣いたり喚いたりするものだろうにと笑った。
「じゃあ神様は、皆の前で泣くことあるの?」
「泣くわけないじゃん」
「それなら」
「お前はガキだけど俺は大人で神様だからね」
確かに、周りの大人達が泣いているところを権太は見たことがなかった。喜怒哀楽をあらわにすることが許される時期が子ども時代限定ということなのだろうか。もしそうだとしたら自分は損をしているのかもしれないとも考えた。
数日後、校舎の裏にある原っぱにもようやく春が来たらしかった。小さい青い花に紫の花、ピンクの花……と冬にはなかった華やかさが一年ぶりに戻ってきた。こんなにいい天気だというのに室内で遊ぶなんて勿体ない。校舎内で談笑に耽る生徒達を尻目に、権太はたんぽぽを一本毟った。息を強く吹きかけると綿毛は散り散りになって逃げていく。しかしほとんどは途中で力尽きて雑草の間に落ちてしまった。神社のあの神様も部屋にこもって外に出ないつもりなのだろうか。内陣をのぞいた時の暗闇を思い出して権太は一人眉を寄せた。
「綺麗なお花持っていったら喜ぶかな」
花にじっと顔を近付けて花弁が欠けてないもの、茎が折れてないものなどを吟味して一本一本摘んだ。やがて小さな花束ができあがった。完成すると渡すのが楽しみでたまらなくなった。そうだ、どこかに置き忘れないうちに教室のロッカーにしまっておこう。意気揚々と昇降口に向かうと同じクラスの生徒が四,五人楽しげな様子で学校内から出てきた。クラスでしょっちゅう爪弾きにされている権太とは、あまり関わることもない上に仲が良いわけでもない子達だ。案の定彼らは権太に目もくれず去って行った。
「さっきの顔見た? やばくね?」
「笑いすぎて腹痛いわ」
「今度はもっとすごいやつにしようよ」
サッカークラブに入っている少年達とお洒落好きな少女達だった。直樹に絵美、武史と美香子、それに翔。普段、外遊びに熱中する彼らが室内に残っているのは珍しい。むしろ不気味なほどだ。
「どうしよう……どうしよう……!」
元気っ子集団が去ったのに教室の中は騒がしかった。誰か走り回っているような音と焦ったような声がする。うっすら嫌な予感を胸に抱えながら教室に足を踏み入れると、信じがたい光景が目に飛び込んできた。一人、教室の隅で狼狽える少女の前に水槽が置いてある。クラスで飼っている金魚の水槽であることは明らかだが様子がおかしい。まるで金魚が血を流したかのように水が真っ赤に染まっているのだ。
「え、何……これ」
しかし、血と言うには赤い色はほんのり白みがかっている。それに、水槽の壁に見覚えのある赤い塊がついているのを見るに恐らく絵の具だと権太は理解した。
「ねぇ、何があったの? 誰がこんなことしたの?」
泣きじゃくる少女に問うと彼女は血を吐くような声で叫んだ。
「直樹くん達がやったの! ゆみが一生懸命お世話してるのにミミとリボンに意地悪したの!」
ミミとリボンというのじゃ金魚の名前だ。生き物係のゆみは、ミミとリボンに餌をやったり水槽の掃除をしたりと、いつも熱心に世話をしている。権太もゆみがミミとリボンを大切にしていることを知っていた。それから先程の集団を思い返す。これは彼らにとっての「遊び」の一つに過ぎないのだろう。そう考えると、春だというのに嫌な寒気が足の裏から這い上がってきた。金魚たちは水面に浮かんでこそなかったが、しきりに口をパクパクさせている。こんなところにいたのでは遅からず金魚は病気になってしまうに違いない。権太は強引に水槽を掴むと水道に向かって早足で歩き始めた。その後をゆみが泣き喚きながらついてくる。流しに水槽を降ろして息をついた。
「水を捨てないと」
焦りから勢いがついた水槽がぐらりと傾いた。
「あっ! しまっ……」
流水に押し流されてミミが水槽から飛び出しかける。ぎりぎりのところで水槽の縁に手でアーチをつくりミミを受け止めたが、ゆみが悲鳴を上げた。
「やめて! ミミがやけどしちゃう!」
あわてて手を離して水槽をおくとすかさずゆみが駆け寄ってくる。ミミは権太に触られようが波に揺られようがいつも通りの仏頂面だ。
「ミミ! 大丈夫?」
ゆみが水槽を覗き込んでいると遠くから「先生、こっちです」という生徒の声がした。振り返ると、直樹達が担任を連れてこちらに向かってくるところだった。担任は流しをのぞくなり
「権太君、どうしてそんなひどいことをしようとしたの?」
と半ば呆れたように聞いてきた。権太は訳も分からず口を開いたが、言葉が見つからない。間違っているのは直樹達であることは分かるが、どうして自分が責められているのか分からなかった。やっとの思いで
「言ってる意味が分からない、です」
と言う。途端に野次馬が騒ぎ始めた。
「お前、ミミを流しに捨てようとしただろ!」
「ゆみがやめてって言ったのに!」
そんなつもりはない。結果として流しに捨てかけたけど悪意は微塵もなかった。
「本当に、最低!」
権太は野次馬の罵声の中に僅かな嘲笑が含まれているのを敏感に感じ取った。権太の中で疑念が確信に変わった。「奴等は僕に罪を着せるつもりなんだ!」と。熱湯が脳まで噴き上がったように目の奥がカッと熱くなった。衝動のままに飛びかかって気がつくと、直樹の横っ面を殴り飛ばしていた。一瞬、自分の行動に驚き怯んだが、再び上げた拳で悪人の頬を殴る。
「権太くん! やめなさい!」
担任の怒号が響き、近くにいた女子達は泣き叫んで逃げ回る。瞬く間に廊下は悲惨な状態になった。やがて、やられてばかりの直樹も鼻血まみれの顔で飛びかかってきた。廊下で静かなのは薄汚れた水槽の中だけだった。
騒ぎが収まって教室に戻って初めて、集めた花のことをようやく思い出した。しかし、ロッカーにも机にも花は見当たらない。ゴミ箱の中にしおれた花がねじ込まれているのを見つけたのは、掃除当番が終わった後だ。放課後、埃まみれになって潰れた無残な花や、濡れ衣を着せられたことを思い出して権太は神社で泣き狂った。神様ならこの悲しみをなんとかしてくれると期待していたのかもしれない。しかし、神様は権太が勝手に事情を話すのを聞いて「そうか」と一言。慰めの言葉もアドバイスもない。内陣と外をつなぐ扉にしがみついて泣く権太の傍にいるだけだった。しかし、後になって思えばあの日、権太を責めなかったのは神様だけだった。
巣は壊れた
殴り合いの一件があってから、何日も神様のところへ行くことができなかった。自暴自棄になっていたのだ。誰も自分の話を聞いてくれない、と。何もかもどうでも良くなって、家でも学校でも投げやりになっていた。そして結局、魔が差した。腕に巻かれた包帯を権太は凝視してため息をついた。
「おい、これ」
しょぼくれた権太に直樹は缶ジュースを強く押しつけた。
「俺のおごりだからな、全部飲めよ」
「……ありがとう」
缶ジュースは権太の嫌いなナタデココ入りジュースだった。顔をしかめながらも権太はそれを一気に飲み干した。缶の底にのこったナダデココを睨みながら数刻前の出来事を思い返す。
学校から帰る時のことだった。頭上で鳥の羽音がして権太は上を見上げた。少し前から木の上にはヒヨドリが巣を作って卵を温めていたので、親鳥がもどってきたのかなと思っていた。しかし、違った。巣を見下ろしているのは濡れたように真っ黒な鳥だ。どう見てもヒヨドリではない。カラスが親鳥の不在を狙って卵をつつきに来たのだ。権太はランドセルを放り投げると大急ぎで木に登り始めた。
「やめろ!」
権太の声に反応するようにカラスがこちらを見てギャアァと嫌な声で鳴いた。怒鳴りながら巣の傍まで登ってきたが、カラスは卵を諦めるつもりはないらしい。図々しく巣の上に両足を広げて立っている。
「どっか行け!」
手を振って追い払おうとすると、カラスはぴょんぴょん跳びはねながら鋭いくちばしを突き出した。その凶器が手の甲に当たりうっすら血が滲む。
「痛い! やめろ!」
一人で騒いでいると、木の下を通りかかった直樹が足を止め驚きの声を上げた。
「うわ、権太! お前何してんだよ! 降りろよ!」
「嫌だ! こいつを追い払うまでどかない!」
カラスとの格闘を続けているうちに直樹以外にも人が集まってきた。学校の外ということもあって、近隣住民や下校の時に来る見回りおじさんもいる。皆口々に降りろと言ったが権太は譲らなかった。
その後のことはぼんやりとしか覚えてない。権太が突き出した手が巣を空中に押しのけてしまったこと。巣を捕まえようとしてひっくり返った空が気の遠くなる程真っ青だったこと。断片的な映像が脳に残っている。
卵とヒナが全滅だったこと、植え込みに落ちたおかげで腕の骨にヒビと軽い脳しんとうで済んだことを聞いた。「野鳥のヒナのお世話って大変なのよ。人が関わってもどうしようもない時もあるの。良い勉強になったと思うしかないわね」という担任の言葉は何の励ましにもならなかった。
***
「木から落ちた時、救急車を呼んでくれたのは彼方さんなんだよ」
「そうだったな、懐かしいね」
植え込みの中に落ちて動かなくなった権太とそれを見て泣く直樹の姿は未だに覚えている。偶然通りかかった(・・・・・・)俺が通報できてよかった。
「それから暫くして神社に行ったんだけど、もう神様はいなくなったみたいでさ。声をかけても扉叩いても返事しないし」
「あんた、割と罰当たりなんじゃ……」
「何日通っても声が聞こえないし気配もしないし、もう諦めたんだ」
恐らく、漫画やアニメだったら主人公が成長して霊的なものに鈍感になったというオチが綺麗につくだろうな、と相づちを打ちながら考えた。
「うーん、なんか言う割に全然神様が活躍してないじゃん」
「神様と会話したってだけですごいだろ。それに実際当時は心の支えになってたし」
権太は言いたいことを言えてすっきりしたようだった。唸る薫を差し置いて神社の扉を嬉しそうに軽く叩いている。が、不意に思い出したように言った。
「そう言えば、多く作りすぎたので彼方さんもどうですか?」
権太は言いながら、何かを鞄から取り出した。透明なフィルムにかわいらしいリボンが括ってある。どうやら、押し花をラミネートして栞にしたようだ。
「権太がつくったの? すごいな」
「押し花以外にも葉脈標本とかありますよ」
権太が鞄を漁るのを薫が隣から興味津々にのぞいている。俺はラミネートされた花をじっと見て「これもらってもいい?」と聞いた。
「え、たんぽぽなんかでいいんですか? 他にも綺麗な花ありますよ」
「たんぽぽがいいんだよ。分かんないやつだなー」
権太は不服そうな顔を見せたが、俺は構わず暇つぶしで持ち歩いている本に栞を挟む。押し潰されても生き生きとしている色鮮やかな黄色が、網膜にいつまでも焼き付いていた。