「あせもの治療」 古住楠雄
「ちょっと待て、馬鹿はどっちだ!」
と、次元の隙間を開けてあるものがやって来て、君のそばにずっといた、男神と名乗っていたそれの頬をひっぱたいて倒した。君の腰ほどの背丈のユーモラスな顔つきの彼は、自身の長い白髪を振り乱して、赤くなった右頬を押さえながら、たった今現れたものを見上げて震えている。見上げられているそれもまたユーモラスな顔つきで。それは黒髪ショートの白いワンピースな女のように見え、驚くほど豊満な胸部も携えていたが、もしかして男であり、倒れた男神ももしかして女なのだ。恒久の微笑みを湛えて黒髪は白髪のその腹を追い討ちとばかりに蹴り込む。白衣とシスターもそれに加わって蹴る。そして君もそれに加わることは可能だったし、そうせずともよかった。一通り蹴り終えて白髪のそれがプルプルとしか動かなくなったあたりで、黒髪は君に「ごめんね~」とだけ謝って、この世界を消してしまったので、この物語はこれでおしまいです。
しかし君がこれを観測し続けるのであれば、もう少しだけ話してもよさそうなものだ。もう二分だけ、シークバーを延ばす。
「ひどい! いきなり叩くなんて!」
「何の罪もない地球人一人を捕まえて共犯に仕立て上げたり無能な創造神のように扱ったりするキミの方がひどいじゃあないか。キミもわかってるはずだろ。キミにとって二人目の神にふさわしいのはこのボクだけ。もっとも、キミは『二人の神』を履き違えているんだ……キミとボクがラニアケア超銀河団おとめ座超銀河団おとめ座銀河団偽天の川銀河に作った、あの世界は確かに上出来だった、とはボクの口から言うことはできないが、少なくともボクらのお気に入りにはなった。ほとんど地球の三次創作だったがな。知っての通りボクらは地球チルドレンだ。そして彼らの元ネタの世界もそうだ。……ボクらはこの力でいくつもオキニの生命にオキニの世界を創り出すことができたが、ついに自分で創ることにも飽きてしまったんだね。だからって、ただ観ていることしかできない彼を元凶のようにしてはいけない。彼がこれを観測し続けても、途中で止めても、こんな結末に至るように仕組んだのはキミでしかないんだから……」
さ、行くよ。
と白の神が、黒の神に呼びかけて、その全身を包む黒い袖を引っ張ったところで、神は内臓にダメージを負ったのでまともには動けない。しかたなく神は次元を切り裂き、その隙間に神を放り投げて消え去った。少し離れたところでは、蓮がいかんせんピンと来ない感じで立ち尽くしていたが、ヴィーナスに手を引かれて新たな次元の狭間へ消えていった。彼らもどこかの世界に戻るのだ。
そういうわけで、いったいどういうわけか、ひっくり返りまくったちゃぶ台とシチューが散らかるこのおもしろ空間に君と私が二人きりで残されたわけだが、私から特に何か言うことがあるわけではない。強いて言えば、私はこれからこの世界を消すことになるが、君が目の当たりにしたものは君の中に何らかの形で残ることになるだろう、ということくらいだ。それは君の力によってまったく異なる展開を迎える、新しい世界かもしれないし……あの……ずっとある消しゴムのカスみたいなものかも……まあここが無くなってもマジで無くなるわけじゃないってことだ。あとは神なんて身勝手だし、観測者はいつも被害者ってことくらい。かわいそうだよな、見せられてるだけなのに「なんで助けてくれないの?」とか聞いてくるROM。
しかしこんな話を一方的に聞かせる私も同罪だ。ここまで付き合わせてしまってすまないが最後にもうひとつだけ、もし観測することに嫌気が差さなかったなら、また観測者を引き受けてもらえないか。君も知っての通り、私たちは創造されるだけでは存在できない。観測されて、初めて存在を許されるのだ。あらゆる世界は、男神と、男神以外の共犯によって運営されるのだから。
評価:いまひとつ
その晩、神は、おなかが痛くて泣きました。