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「性癖と美少年」 虎野継美

 O先生は、とても良い先生ですが、少し変わっています。私のようなあまり人との関わりが多くない人間を気にかけてくれるとても優しい先生で、O先生のおかげで不登校だった生徒が保健室登校できるようになったこともありました。しかしいつもグループを作っている生徒たちには、何故か必要最低限の交流しかしません。彼らに何かを聞かれたら答えるくらいで先生の方から彼らと接することは今までなかったと思います。私は最初、O先生が彼らのことを軽蔑しているのではないのだろうかと思っていました。しかしO先生は、彼らのことを執拗に注意したり私たちのような人間と比較したりしたことはなく寧ろ彼らと交流しているときは、必要以上に彼らのご機嫌を伺っているような口調になります。私はそんなO先生をモデルにした吉沢進という男子高校生を主人公にした日記形式の小説「性癖と美少年」を書きました。O先生もこんな風な高校生活を送っていたのではないでしょうか。


 


 吉沢進の日記


 


 九月十三日


 俺はつくづく女子になりたいと思っている。クラスでは、今日も皆、男子だけのグループ、女子だけのグループを作っていた。この多様性が叫ばれている時代にだ。グループに分かれているせいで俺は女子と話したことがないし、男子とでさえ、数回くらいしか話したことがない。俺は女性と親しくすることさえ許されないのか! 


 


 九月十四日


 授業中にふと昨日の日記のことを思い出した。グループに話しかけることができないなら、一人でいる人に話しかければ良いんじゃないかと思って教室を見渡したけど群れていない人はいなくて、どうしようかずっと考えていた。他のクラスならいるかなと思って授業が終わった後に他のクラスを見に行った。四組の教室を見ていたら照井亜矢さんが一人でつまらなそうにしていた。思い返してみれば僕が見る限り、照井さんはいつも一人で、体育祭や学園祭のときでさえも一人でいたような気がする。照井さんは美人過ぎて話しかけられないのだろうか。それとも、僕の知らないところで、友達とか彼氏がいるのだろうか。あるいは大人しそうな感じだから人のことが嫌いでわざと友達を作らずに一人でいるのかしら。そもそも僕なんかの話を聞いてくれるのだろうか。どうしようかな。話しかけようかな。


 


 九月十五日


 思い切って照井さんに話しかけた。授業のことを聞くなら変に思われないから良いかなと思って選択科目で一緒だった生物基礎の授業の後に話しかけた。宿題の提出期限も知っていたし終わらせていたけど無難な宿題についてのことを聞いた。僕が「生物基礎の宿題って何でしたっけ?」と聞くと照井さんは「えっと、確かプリントの問題を解くんだよね。ちょっと待ってて」と言って四組の自分の席に急いで駆け寄った。そして僕の元まで来て、


「このプリントを解くのが宿題だったはず。プリントにも書いてあるけど提出期限は明後日までだね」


 照井さんが思ったよりも親身に宿題のことを教えてくれたのでとても申し訳ない気持ちになった。


「すみません、いきなり話し掛けちゃって。照井さんは宿題終わりました?」


 こんな感じのことを言った後、もしかしたら照井さんは僕のことを知らないかもしれないと思って僕は内心、とても焦った。でも照井さんは「まだ終わってないんだ。吉沢君は終わった?」と自然な感じで返答してくれたので僕は少し安心した。そのあと十分くらい照井さんとお話をした。初めて話をしたからあまり踏み込んだことは聞けなかったし、女子とこんなに話したことがなかったから緊張したけど楽しかった。照井さんは本当に優しくて良いひとだった。


 


 九月二十七日


 照井さんが挨拶してくれた。しかも手を振って笑顔だった。可愛かった。同級生の女子に挨拶されたのは、小学生の頃以来。嬉しくて少し恥ずかしくてなんとか平然を装ったつもりだけど挙動不審になっていたかもしれない。照井さんに気付かれていないと良いが。今日一日で何度もお話をした。女子と話すのに慣れていなくて緊張したけど話しているうちに心を開けて楽しかった。照井さんも楽しそうだった。思っていたよりも女子と話すのは難しくなかった。


 


 十月四日


 照井さんと、遂に連絡先を交換した。言い出すまで心臓がバクバクした。言ってみたら照井さんは意外と、すんなり承諾してくれた。でも僕から「連絡先を交換しよう」と言ったからもしかしたら照井さんは、断り切れず、無理に承諾したのではないのだろうか。それだけが心配だ。


 


 十月六日


 今日は照井さんから、お昼ご飯に誘われた。


 僕は弁当を食べるときは、いつも一人だったから食べ物を食べながら人と話すのが少し難しく感じたけど照井さんと一緒に食べることができて嬉しかった。照井さんはお弁当をとても美味しそうに食べていて、僕はその幸せそうな顔に思わず見入ってしまった。それに気づいたのか、照井さんは見られたくないものを見られてしまったかのように少しの間、食べるのを止めてしまった。僕はこのとき気持ち悪く思われていないか心配になったが、その後は照井さんも楽しそうだったし嫌われてはいないと思う。多分。


 


 ***


 


 物語の途中ですが、ここで再びO先生のことをお話ししたいと思います。O先生は、Sさんという舞台俳優の方とお友達だそうです。Sさんは、O先生と同じくこの高校のご出身で、前にこの高校の講演会に来ていました。Sさんは舞台俳優の中では結構、有名な人だそうで、とてもお顔が整っている方です。講演会の数週間前からO先生は、高校生のときからSさんと友達だったとか僕のおかげでSは舞台俳優になったとか自慢げに仰っていたので講演会の日まで私はO先生とSさんは対等な関係だと思っていました。しかし講演会の日、Sさんと話しているときのO先生は憧れのアイドルを目の前にした乙女のようでした。Sさんは「久しぶりだね!」と嬉しそうに話していたので、お友達だというのは嘘ではないと思いますが、やはり対等な関係だとは言い難い感じでした。ここからの「性癖と美少年」は、日記形式で吉沢進の高校時代を描いた後、答え合わせをするようにSさんをモデルにした青柳麗という人物の手記を書こうと思います。


 


 ***


 


 十月十三日


 今日は、転校生が来た。青柳麗という名前だ。中性的で、カッコいい人だったから最初は男か女か分からなかったけど、声はどちらかというと女性っぽかったし制服はスカートだったから女子だ。とにかくカッコ良いから僕は青柳さんのことを心の中で「王子」と呼ぶことにした。この日記でも青柳さんのことは「王子」と書こう。とにかくそんな感じの見た目だったから王子の自己紹介が終わって授業の準備時間になった途端、女子たちが王子の元に駆け寄って、話しかけてきた。


「名前は何て呼べば良い?」


「麗で良いよ」


「麗ちゃんってまつ毛長いね! 目も大きいし肌も綺麗!」


「そうかな? あまり思ったことはないけど」


「カッコいいよ! なんか王子様みたい!」


「ありがとう。嬉しいなそういわれると(このときの笑顔が特にカッコ良かった)」


「今日、お昼ごはん皆で一緒に食べない!?」


「良いよ」


 僕が盗み聞きした限り、こんな感じの会話をしていた。王子は口数が少なかったけど微笑みながら女子たちと楽しそうに会話をしていた。自分の話をし過ぎるような奴より王子のように相手の話を聞きながらしっかりと返答する人間の方が会話していて楽しいのかもしれない。第三者の僕から見ても不快じゃなかった。今日はほとんどの女子が王子にくぎ付け。いつも陽気な男子ばかりに話しかけている女子でさえも男子そっちのけで王子にばかり話しかけていた。


 


 十月十四日


 照井さんが王子とお話ししていた。二人が仲良くしていて僕はとても嬉しい。僕も一緒に話したかったな。


 


 十月十七日


 今日、王子に話しかけられた。僕が密かに王子のことを見ていたのが気付かれてしまったと思って焦ったが、楽しい会話をした。王子は僕の名前をご存じでいらっしゃった。


「吉沢君だよね。よく読書してるけど、本が好きなの?」と尋ねられた。僕のことを見ていてくださったのだろうか。その後、王子は本のことや僕のことを色々尋ねられましたが、僕は緊張と恐れ多さで何を聞かれたのか覚えていない。とにかく僕は王子に話しかけられて幸せだ。王子は性別に関係なく僕に接してくれた。王子は僕にとっての心の救世主だ。


 


 十月二十日


 前言撤回、青柳麗は王子でも救世主でもない。週に三、四回くらい照井さんと俺はなんとなく自然な流れで昼ご飯を食べていたのに最近は、一緒に食べることは無かったので、俺はなんとなく不安に思っていたが、最近は青柳麗と一緒に昼ご飯を食べていたらしい。今日、青柳麗が照井さんとコソコソと話しているのを見つけてしまった。


「今日も、一緒に昼ご飯を食べない?」


 普段の青柳麗は堂々としているのに、その時はヒモ男みたいにヘラヘラしていた。照井さんも満更でもなさそうな感じで承諾していた。こんな感じで毎回、昼ご飯を誘っているみたいだ。女性という立場を利用して照井さんに近づきやがって! あんたには他の女子たちがいるだろ! 俺から照井さんを奪うな! 


 


 十月二十五日


 前言撤回、王子はやはり人格者、救世主でした。僕は照井さんを取られると焦って、王子のことを嫌ってしまった自分のことがとても恥ずかしい。今日こそ、照井さんと一緒にお昼ご飯を食べようと、二時間目が終わったときに勇気を出して廊下にいる照井さんに話しかけてお昼ご飯を誘った。すると照井さんは、「ちょっと、待ってて」といって教室に入っていった。ドアから教室を見ると照井さんは女子に囲まれて席に座っている王子に話しかけていた。女子たちがいるからなのか、照井さんは少し、申し訳なさそうな感じだった。王子は、照井さんの話に何度かうなづき、席を立った。


「ごめんね、皆。ちょっと待っててね。」と王子は女子たちに謝っていた。王子は万人に心遣いのできる優しいお方。


 照井さんは王子を連れて、戻ってきた。


「実は昨日、麗とお昼ご飯を食べる約束してたんだ。でももし二人が良かったら、今日、進君と麗と私の三人でさ、一緒にお昼ご飯食べない?」


 昨日から約束? 僕と王子が一緒に? 王子を呼び捨て? 僕はとても混乱したし王子は承諾しないと思い込んでいた。


「僕は別に構わないよ」と王子は笑顔で承諾していた。良いのか。


「進君はどう?」


「ああ、良いですよ。僕も」


 僕はなんとか状況を把握して、返事をした。


「ああ、良かった。麗も前から進君とも話したいって言ってたもんね」


 え、王子が僕と話をしたがっていた? それはどうゆうこと? 僕は嬉しかったけど、半信半疑だった。昼になるまでそのことばかり考えていて授業に集中できなかった。昼ご飯は外で食べた。最初は王子と話すことに対する緊張で食べ物が喉を通らなかった。王子も照井さんとだけお喋りしていた。照井さんと二人で話すことさえ、最近、やっと慣れたばかりなのに、王子と一緒に食事、しかも三人の会話なんてできるわけがない。そう思って僕は照井さんとしか話せなかったし、王子と照井さんがお喋りしていたとき、僕は黙っていた。


「吉沢君は、いつもお昼は弁当なの?」


 王子の方から僕に話し掛けてくださった。


「はい。でもたまに食堂で食べることもあります」


「そうなんだ。食堂は、から揚げ丼が美味しいよね。僕は食堂に行くときはいつもから揚げ丼、大盛で頼んでるんだ」と仰った。から揚げ丼は結構、量が多くいのにそれを、大盛で食べられるなんて王子はなんて男らしい人なんだと思った。


「僕も、から揚げ丼好きです。食堂で昼ご飯を食べるときはから揚げ丼にしています」僕はから揚げ丼を食べると胃もたれするけど見栄を張ってしまった。すると照井さんが「二人ともそんなにカロリー高い物好きなのにスタイル良くていいなぁ。私なんてすぐ太っちゃうから羨ましいよ」と言った。こんな風に照井さんは可愛いのに何故か自信がない。照井さんは王子みたいに全身がスラっとしている訳じゃないけど、膨よかで可愛いし、照井さんは食事をしているときがとても楽しそうなのに。女性は瘦せるべき、体重が軽いほど良いという悪い風潮が照井さんのような美しい女性を苦しめている。一部の男の理想に照井さんのような人が振り回されるのは、許されてはいけない。


 余計なことを書きすぎた。その後、照井さんが僕と王子が似ていると言った。恐れ多い。僕なんかがカッコ良くて、何でもできる王子と似ている筈がない。申し訳なかった。でも嬉しかったのもまた事実。照井さんにとって僕は王子と同じくらいの存在なのかもしれない。やはり照井さんは僕に気があるんじゃないか。とにかく今日は、王子と照井さんと色んなことを話した。あんなに食事が楽しかったことはない。会話が弾んで良かった。ありがとう! 神様! 


 


 十一月四日


 今日も照井さんと王子と一緒にお昼ご飯を食べて修学旅行の話になった。そういえばもうそんな時期か。京都とか大阪に行くんだよなぁと思ってそのことを話したら王子が血相を変えて「ホントに大阪にも行くの!?」と僕に詰め寄った。あんなに感情を剝き出しにした王子を見るのは初めてだった。照井さんは笑っていた。「修学旅行さ、一緒の班になったりして私達、三人で楽しめたら良いよね」王子が「そうだね」と言って頷いたこともあって、照井さんのその言葉で僕は、修学旅行が楽しみになった。こんな幸せな気持ちになるなんて照井さん、王子と仲良くなる前の僕は想像もしていなかっただろう。


 


 十一月十五日


 修学旅行の自主研修の班は、男女別なのが前提らしい。中学生の頃は、性別は関係なかったのに。好きな人と組んでも良いので僕は何回か話したことのある男子数人がいる班に入れてもらった。まあ、修学旅行が無くなった訳ではないので別に良いんだけど。これ以上、書いても解決する訳ではないからもう寝よう。


 


 十二月十日


 修学旅行の間は、同じ部屋の人にバレたくなかったので日記は書けなかった。その分、今日は修学旅行のことを書く。まず一日目、歴史を感じさせる美しき神社仏閣を見て回り、夜にはすき焼きを食べた。二日目は、一九一四年に創設され、時代の変化にも対応しつつ伝統を繋いできた宝塚歌劇団の素晴らしい演劇を見た。三日目は、ファンタジー世界を完全再現した某テーマパークでアトラクションを楽しみ自分も別の世界に来たかのような気分になることができた。四日目は、水族館で幾度も変わりゆく地球環境に適応し、今日まで生き延びた多種多様な海洋生物の生態を垣間見えることができた。いや非常に、非常に素晴らしい修学旅行でした。しかし、しかし王子と照井さんとは、全然話せませんでした。泊まる場所や自主研修だけでなく食事やバスの中、電車でも男女別でした。これはしょうがないことですが、しかし水族館とかテーマパークとかは一分、一秒でも王子、照井さんと楽しみたかった。舞台役者と観客、水槽の中の美しい海月とそれを見る束の間の休日を楽しむ人間のように王子、照井さんと僕はお互いのことが見えているのに、分断され交流することができなかった。いやぁ、非常に残念。


 


 十二月十三日


 今度の日曜日、王子と照井さんとA市に遊びに行くことになった。修学旅行では食事も男女別だったから今日は久しぶりに王子、照井さんと昼ご飯を食べたが、案の定、修学旅行の話になった。二人は楽しそうだったし、僕も修学旅行自体は楽しかったので会話自体は楽しくできたけど、どこか上辺だけの会話になっていた。そんな中、二人は他の班の人のことについて話し始めた。二人の話によると同じ班の他の女子のせいで王子と照井さんは、二人の時間さえ満足に楽しめなかったらしい。僕も同じ班の人との三人以上の会話で空気のようになってしまったことや班の人との意思疎通が上手くいかなくて自主研修で行く予定だった映画村に行けなかったこと、同じ人との会話のネタが無くなって気まずくなったこととかを話したら、会話が盛り上がった。話していくうちに王子が「本当は進も僕たちと一緒に行動したかったんだろ?」と僕の心を見抜いたような笑顔で言った。僕は少し恥ずかしくて何も言わずに頷いたら照井さんが優しい目で「ねえ、今度の日曜日、吉沢君、麗と私と一緒にA市に遊びに行かない?」と言った。僕は嬉しくて頷きながら承諾した。こんな感じで日曜日、二人と遊ぶことになった。そういえば僕は高校生になってから一度も友達と遊んだことがないな。修学旅行も楽しかったが、やっぱり僕は王子と照井さんと一緒に何処かに行きたかったから嬉しい。今度こそ、僕は二人と同じ側の、光の人間になれる。とにかく僕は日曜日まで、日曜日までは何としても生き延びてやる! 


 


 十二月十七日


 約束通り、王子と照井さんと共にA市で遊んだ。王子の私服はボーイッシュなパーカーを着てデニムを履いていた。クールな王子様という感じで制服を着ているとき以上にカッコ良かった。しかしそれ以上に僕は、照井さんのファッションに驚いた。照井さんはネイルをして、上瞼が赤い派手なメイク、膝が見えるくらい短い丈の黒いドレスのような服を着ていた。普段、大人しい照井さんからは想像できないファッションだったが不自然さがなくとても似合っていた。僕はこういうファッションが好きじゃないはずなのに私服の照井さんを見て、胸がドギマギした。そんなオシャレな二人のことをすれ違う女子高校生や大学生、オシャレな大人たちが注目していた。僕はファッションのことは全然詳しくないし服装にも気を遣っていないから、二人と不釣り合いな自分のカッコ悪い外見が恥ずかしかった。でも二人は学校にいるときと変わらない、いつも通りの二人だった。特に照井さんは「メイクとか張り切り過ぎたから同じ学校の人に見つかりたくない」と恥ずかしがっていた。可愛い。まずショッピングセンターに行った。照井さんが王子や僕に似合う服を選んでくれた。王子には全然、及ばなかったけど僕でもある程度、カッコ良くなれるということが分かって嬉しかった。でも照井さんも王子も僕のことを過剰に褒めるから恥ずかしかった。お昼は古民家カフェみたいな感じのところでカレーを食べた。いつもみたいに学校でお昼を食べているときより楽しくて、食後、カフェを出るつもりだったけど会話が弾んで結局、デザートまで頼んだ。僕と王子は普通サイズのパフェを頼んだけど照井さんは大きいパフェを頼んだ。学校と違って他の知り合いの目がないので照井さんは笑顔で大きいパフェを頬張っていた。パフェを半分くらい食べた辺りで照井さんが恥ずかしそうに顔を赤くして「私、食べ過ぎかな」と言った。可愛い。王子が「そんなことないよ。亜矢が幸せそうにいっぱい食べてる姿、可愛いよ」と照井さんを見つめて微笑みながら言った。カッコ良い。イケメン。そんな幸せな空間でしばらく楽しく会話をしていた。照井さんがA市は海が綺麗だと言ったので、三人で海を見に行った。そのとき外は既に空が夕日で赤く染まっていた。海沿いを歩いていたら王子が長い黒髪で上品な感じの女性に声をかけられた。その人は和香さんという、王子の叔母さんだった。王子のことをとても可愛がっていて抱き付いて頭を撫でていた。王子は恥ずかしそうだったが、どこか嬉しそうだった。晩御飯は和香さんの提案で和香さんの家で食べた。和香さんは王子に久しぶりに会ったらしく、とても張り切って料理を作っていた。和香さんは綺麗な大人の人なのに子供が宝石を興味深々に見るように僕や照井さんにも色んなことを聞いてきた。進路の話になったとき照井さんは真剣そうな顔で「実は私、メイクアップアーティストになりたいんです」と言った。僕はこんなに真剣そうな照井さんを初めて見た。そういえば照井さんは化粧もバッチリ決めていたし、化粧品売り場で楽しそうにメイクのことを話していた。食べ物を食べているときもだけど照井さんは学校にいるとき、自分の好きなこととか隠しているのかもしれない。僕は思わず照井さんに「僕は照井さんの好きなことを尊重するし照井さんの夢を応援してます」と言ってしまった。王子みたいにスマートに言葉を発することができなかったけど照井さんは嬉しそうだった。王子には「進、カッコ良いじゃん」と揶揄われるし和香さんは小さい子供を見るように微笑んでいたのでとても恥ずかしかった。とにかく王子、照井さんと一緒に遊ぶことができて楽しかったしいつもとは少し違った二人の一面を見ることができた。


 


 二月十五日


 三年生になるというのに年末年始、冬休みはダラダラしていてこの日記すら書けていなかった。


 王子が「僕は、舞台俳優になろうと思っているんだ」と言った。その顔は今までにないくらい真剣だった。最近になって進路のことをちゃんと考えるようになったらしい。和香さんが王子と話しているとき頻りに「宝塚」と言っていた気がする。修学旅行でも宝塚の演劇を見たし、もしかして宝塚を受験するつもりなのだろうかと思ったが、そういう訳ではないらしい。王子は舞台俳優になる第一歩として演劇部に入ったらしい。三年生が劇をする機会は、もう数回くらいしかないし、王子は途中から入って演劇をした経験がないのにも関わらず、天賦の才能と努力によって既に役を貰っているらしい。


 


 五月四日


 三年生に上がってから、僕も進路のことを考えるようになり勉強ばかりしていて日記を書けていなかった。僕は多くの時間を勉強に費やしているが明確な志望校すら決めていないので勉強に身が入っていない。頭の中では自分の進路じゃなくて照井さんと王子の夢のことを考えている。今日、というかここ最近は、照井さんに誘われて演劇部の稽古を見ていた。王子は別人かと思うくらい役になりきっていた。演劇部は毎年、県大会に出るくらいの実力があるので稽古も割と本格的だった。でも去年から台本を担当する人がいなくて、そのせいで文化祭の脚本、台本は、まだ全然、決まっていないらしい。ああ、勉強なんかしないで演劇部の台本を書きたい。


 


 五月十七日


 本当に演劇部の文化祭で発表する劇の脚本、台本を担当することになってしまった。どうやら僕が脚本、台本を担当したいということを王子が鵜吞みにして、そのことを演劇部の顧問、寺沼先生に言ったらしい。


「君が吉沢君か。青柳から話は聞いている。聞くところによると吉沢君は脚本に興味があるらしいね。大会の台本は完成しているんだが、文化祭は大まかな脚本さえまだ決まっていないから吉沢君に任せようと思う。よろしく頼むよ。ハハハ!」


 熊のようにガタイが良い寺沼先生が大きな迫力のある声でそんな感じのことを言って励ますように僕の肩を叩いた。寺沼先生の厳しい稽古の様子を見ていたので僕は断る訳にいかずヘコへコと頷いた。王子も「楽しみにしてるよ」と言っていたが、正直不安しかない。


 


 五月二十五日


 何の脚本にしようかが決まらない。演劇部は王子をヒーロー役にしたいらしい。なら王子をロミオ役にしてロミオとジュリエットにするか。ダメだ! 王子が、誰かと両想いになる役をやるなんて、嫌だ。照井さんならまだ良いが。というか照井さんも演劇部に入れば良いのに。王子を桃太郎役にするか、あとは浦島太郎? よくある昔話しか思いつかない。あんなに脚本を担当したいと喚いたのに俺は文学を知らなすぎる。いっそのこと人間失格にでもしようかしら。勿論、王子が主役。堕落する人間を演じる美少年以上に美しい人間はこの世にはいない。


 


 六月六日


 「冬の花火」という作品を構成して脚本にすることにした。演劇部の人たちはどうしても王子を男役にして他の誰かをその恋人役にしたいみたいだ。この作品は、実は誰も結ばれないし物語の中心は恋愛ではないことを言わずに通した。本来よりは恋愛描写を多めにするつもりだけど、王子が演じる男の結ばれない恋の結末を変えるつもりはない。題名は「清蔵の冬」とでもするか。


 


 七月二日


 今日は、文化祭二日目「清蔵の冬」の本番だった。演劇部のみんなの演劇力のおかげで見ている人はとても面白そうだった。特に王子の演技には老若男女、あらゆる人間が虜になっていた。王子の演じた役は原作ではそこまで良い男という訳ではないので、僕の文章力の賜物とも言える。脚本について話す生徒は誰もいなかった。そもそも脚本を担当したのが僕だということを知っている生徒はあまりいない感じだった。何人かの先生は僕の脚本を褒めてくれたのでそれは嬉しかった。とりあえず脚本について外野から文句を言われなくてホッとしている。しかし文化祭が終わったということは、脚本を用意する必要が無くなったということだ。勉強しない言い訳を見失った。あーあ


 


 


 十一月二十四日


 この日記を書いたのは高校生以来か。受験が終わってからも大学の準備とか大学に慣れるのに精いっぱいで書けていなかった。あれから僕は勉強に励んで世間的にはあまり凄くないけどこの県で一番、頭が良いらしい大学に合格した。と言っても全然、勉強に身が入らなかった。勉強に身が入っていたらもっと頭の良い大学に入れたかもしれないけど自信がなかったし頑張るのが面倒くさかった。勉強に身が入らなかったのは文化祭の日以来、脚本家になりたいという思いに駆られていたからだ。王子は演技に目覚めて演劇を学べる専門学校、照井さんもメイクアップアーティストになるために美容の専門学校に受験して無事、合格した。しかし二人と違って僕は、夢ではなく保身、安定を選んだ。もっと早くから具体的な夢を持っていれば、王子や照井さんのように僕も心置きなく夢に向かって行動できたかもしれない。受験が終わってからも、そんなことを考え込んでいる。


 この日記は、和香さんの家で書いている。大学生になってから和香さんに会ったのは去年の六月くらいだ。僕がスーパーで買い物をしていたら声をかけられた。和香さんの家は大学や僕が一人暮らししている下宿に近かった。そのときは少し話すだけで終わらせるつもりだったが、僕と和香さんは王子の話題でつい盛り上がってしまった。しばらく会話を続けていると自炊の話題になって和香さんが「自炊するの大変だよね? 良かったら今日、私と一緒に夕飯、食べない?」と言った。僕は戸惑ったけど自炊が面倒くさいのは本当だったのでその言葉に甘えて和香さんの家で晩御飯を食べた。その日は晩御飯を食べた後、下宿まで送ってもらったけどそれ以来、何度も和香さんに誘われて晩御飯を食べに行った。和香さんと交流するうちに僕の方から和香さんの家に行ったり和香さんの家に泊まったりするようになって今では下宿よりも和香さんの家にいることの方が多い。今、この日記を書いているこの部屋は王子が使っていた部屋らしい。王子が演劇の道を選んでから、王子は両親との関係が悪くなってこの部屋や照井さんの家に泊まっていたと和香さんが話していた。和香さんは顔には出さないけど王子に会えなくて寂しいらしい。僕も王子や照井さんの夢の邪魔をしたくなくて最近は、連絡も取っていない。


 


 青柳麗の手記


 


 いよいよ公演が明日に迫った。この劇団に入って初めての主演だから緊張する。今日は約束通り、姉さん(青柳麗は幼少期まで和香のことを歳の離れた姉だと思い込んでいたので、その名残で今でも姉さんと呼んでいる)が来てくれた。しかも進も一緒に来ていた。姉さんは進の腕を組んでいた。聞くと二人は付き合っているという。進は嬉しそうにしながらも申し訳なさそうに僕の方を見ていた。思えば僕が進と仲良くなったのは、亜矢がきっかけだった。僕が転校して、すぐに亜矢に一目惚れした。でも亜矢があまりにも美人だったからいきなり話しかけるのはマズいと思って、タイミングを伺っていたけど、亜矢に話しかけようとするたび、進が亜矢に話しかけて、しかも亜矢も楽しそうで、正直、最初は進が邪魔だった。だから亜矢とだけ仲良くするつもりだったけど、僕が亜矢と仲良くなるほど進は元気が無くなっていった。転校する前の高校では「俺の彼女に色目を使いやがって」とか「女の癖に男みたいなことをして私の彼氏に近寄らないで」とか言いがかりを付けられることも多かったけど、このときばかりは本当に進から亜矢を奪ったみたいな感じがして罪の意識を感じて、僕はちゃんと進とも話すようにした。進は良い奴だったから、僕は亜矢と進の三人で話すのが楽しくなっていった。僕は進とも交流するようになってから、進の肌が白いところとか、まつ毛が長いところ、自分に対して自信がないところが姉さんと似ているような気がしてきた。姉さんは転校する前までは、よく家に来ていたけどその頃は親父が姉さんに「麗が転校しなくちゃ行けなくなったのは、あんたが麗を男っぽくしたせいだ!」みたいなことを言ったらしく姉さんが家に来なくなっていた。姉さんの連絡先とか住所が分からなかった僕は姉さんに会えなくて心が晴れないことがあったけど進との交流のおかげで何とか心を落ち着かせていた。僕が演劇のことに詳しくてそのおかげで途中から入った演劇部、専門学校、劇団でやっていけたのは姉さんが小さい頃から宝塚のことを教えてくれたおかげだけど、僕がキラキラした優等生よりも堕落した男を演じる方が合っていると分かったのは、進の脚本のおかげだった。二人は僕の役者としての人生に大きな影響を与えてくれたところまでそっくりだ。そんな二人がああゆう関係になったからなんか不思議な感じがした。進は何故か申し訳なさそうな顔をしていたが、僕は安心した。進が亜矢のことを好きで亜矢一筋の人間だと思っていたからだ。僕は亜矢と同棲してもう三年くらいになる。専門学校を辞めたいということを姉さんにすら言えずにいたとき亜矢が相談に乗ってくれたことが同棲のきっかけだった。亜矢も美容の専門学校があるのに僕のことを支えてくれたしお互いに弱いところを見せたり甘えたりして恋人同士みたいな関係になった。けど亜矢との関係が深くなっていくうちに進から亜矢を奪ったみたいで罪悪感を覚えることもあった。この先、進が亜矢以外の女性と親しくなることがあるのだろうか。それが心配だったけど、そんなことを進に聞けるわけがなかった。亜矢にそのことを話したら「吉沢君は優しいから友達も恋人もできるに決まってるでしょ」と笑いながら言った。その言葉で少しは楽になったけど、それでも今日まで不安だった。けど進にも恋人ができて、しかもその相手が姉さんだったので僕はホッとした。「良いカップルだね。二人とも」僕がそう言ったら二人とも同じように恥ずかしがっていて可愛かった。二人は亜矢との再会にも喜んでいたが、亜矢と同棲していることにそこまで驚いていなくて寧ろそうなることを期待していたと言っていた。とにかく明日は、亜矢と姉さん、そして進も公演を見に来るから頑張らなくちゃ。


 


 ***


 


「性癖と美少年」はこれでおしまいです。いかがだったでしょうか。吉沢進と青柳麗は陰と光のようですね。私はO先生とSさんもこういう風な関係だと思っています。でもO先生は陰だからこそ人の痛みが分かる、優しい先生なのだと思います。O先生にはSさんにはないO先生だけの魅力があるのではないでしょうか。


【追記】O先生が退職しました。劇曲のコンクールで最優秀賞を受賞したそうです。あと、地域ドラマの脚本を担当することになったそうです。おめでとうございます。


 

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