「むずかしいこと」 せら
象になっちゃう
もう大丈夫だよって
その口でもう一回
嘘ついてほしい
やさしかった?
やわらかな髪の音が耳の奥に残る
から少し泣いちゃおうか
だんだん色が付いて
残酷になる
ゆるしてあげない
緩やかに すごく緩やかに
つもっていく
何があったっけ
忘れたくなかった気がする
忘れたくない
踊るみたいに溶けて
なくなっちゃった
忘れたくない
忘れたくなくて
ちょっと泣いた
銀色の部屋
ずっとぼうっとしていたみたいな
せいかつが干からびて、
手元までおぼつかなくて
ブローチを皮膚ごととめた
目が覚めない
目が覚めない
ままならない、
目が覚めない
穴の空いたからだがきしむ
ままならない
体を起こして
空洞をかばうみたいだ
なにもかもままならない
ままならないせいかつが
堆積してかたちづくる、
ブローチがころがっている
くすんだ留め具が
ひかりをたくわえる
ここにころがって
ひかりは
ひかりは果たして
とどまってくれるだろうか
あかり
これが境界だよという声を
頼りに していました
スプーンと あと
ポット入りの砂糖
月の海を埋めて
もうあと どのくらい経てばいいでしょう
便りは 尾を引いて
海を渡りました
灯台の放つ明かりしか見えずに
ふもとに佇んでいます
鳥は沈んだので
返事を聞けずにいます
光に当てられて影さえ生まれずに
ぽつりと立っている
開かない幕が固く
固くなろうとしています
どうか どうか
色だけで
いい
分けてください
川の底を横たえた部屋の前で
泣いてしまわないことなんて
できなかった
まだ象の足の裏で街は
煌々と輝いています
どうか
どうか
数えないでください
途方もないこと わかってしまう
だけですから
どうか
数えないで
ただ
待っていてください
言葉が水になって虎になって数式になっても
待っていてください
果てという一点が無数の霧になって
惑ってしまってもいいので
どうか
境界を握りしめて
あとで
海に捨ててください
むずかしいこと
なんだかつめたい微睡が
首すじを這って
眠れない
眠りたい
眠りたい
つめたい微睡のちいさい手足が
存在を顕にして
目が閉じられない
つめたい手足のこまかい指が
よわく
しがみついている
どうしてこんなに冷たいんだろう
毛布を手繰り寄せて
どうしてなんだろう
そっと息を
ちいさい手がはなれないように
そっと息を
する
ここにはなんにもないよ と腹がさざめくのを
しいとなだめて
つめたい手足が触れている
境目を
ずっと存在させてしまっている