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「Re.ありきたりな愛の話」 輪廻

これは、互いに想い合っていた男女の話。




昨年度の文芸誌に掲載されている『ありきたりな愛の話』のアンサーストーリーではありますが、こちら単品でもお楽しみいただけます。また、『ありきたりな愛の話』については、文芸誌巻末に記載されている『小説家になろう』様にてご覧いただけます。

 拝啓


 


 群青の夜空に花火が上がる季節になりました。あなたもきっと空のどこかで、一面に咲く美しい菊の火の花を見ていることでしょう。


 


 あなたと出会ったのは、覚えていない程小さな頃のこと。家が隣同士だったから、家族ぐるみで仲良しでしたね。私はお母さんがいなかったから、あなたのお母さんにいっぱいお世話になって、あなたのお父さんは、私を庇って事故で死んじゃったから、私のお父さんはあなたを気にかけてた。……思えば、その頃から私はあなたが好きだったのかもしれない。だけど、あなたが愛してくれていることを笠に着て、何も言わなくてもあなたがそばに居てくれている生活を、当たり前だと思ってしまっていました。


 


 あなたとの関係が変わったのは高校の時。あなたに構って欲しくて、告白してくれた、好きでもない人と付き合っては別れる、を繰り返していた時、あなたから告白してくれましたね。嬉しくってつい、可愛くないことばっかり言ってしまったけれど、あなたはいつもの呆れ顔で、私を安心させるような言葉をかけてくれました。それからの生活は何も変わらなかったけど、あなたの彼女でいられるだけで幸せだったの。


 


 進学した専門学校を卒業して、社会人になった初めての夏。いつも何も言わずとも一緒に行っていた夏祭りに、あなたが畏まった様子で誘ってくれましたね。実家を継ぐために花火師になったあなたが、ついに花火を一から一人で作れることになったって聞いていたので、それを見せるためなんだろうなってワクワクしていました。……付き合ってすぐの頃、プロポーズには大きな真っ赤の菊をちょうだい、なんて言ったのはすっかり忘れて。


 


 夏祭りまであと二週間になった頃、私はいつも通り仕事をしていました。とってもワクワクしていたけれど、社会人として仕事はちゃんとしないといけないから、なんでもない風を装って。そしてやっと帰った家で、お父さんからあなたが事故で死んだと聞きました。赤信号で飛び出した子どもたちを守ったんだって。……なんで、あなたが。どうして私を置いていくの。いままで、ずっと一緒だったのに。辛くて、悲しくて、苦しかった。


 


 あなたのお葬式はあっという間だった。……あなたが庇った子どもたちも、泣きながら参列してくれていました。あなたが守ったんだもの、もちろん怪我一つ無い状態で。お葬式の後、子どもたち……飛び出したって言う女の子が、一緒にいた男の子と一緒に、私の所に来た。女の子は私に小さな箱を渡しながら、ごめんなさい、ごめんなさいって。……ああ、この子は私だ。あなたのお父さんに庇われて生き延びた、私と同じだ。すぐにわかった。……理解、してしまった。もう、この子たちを恨むことはできませんでした。


 


 約束のお祭りの日がやってきて。その時になってやっと私は、あなたからの小さなプレゼントを開ける事ができたの。……中はわかっていたけど、開けてしまったらなんだか、あなたの死を受け入れなきゃいけない気がして。……こうやって考えていた時点でもう、受け入れていたのかもしれないけれど。包装紙を破かないように丁寧にテープを剥がして、赤いベロア調の箱をそっと開けた。……指輪が入っていた。私の仕事の邪魔にならないようにシンプルだけど、かわいい指輪。それ以上良いものなんか無い、最高の指輪だった。その指輪を、左手の薬指に着けると、なんだか居ても立っても居られなくて、私は急いで浴衣に袖を通しました。お祭りが始まるまで一時間。まだ間に合う。間に合わせなきゃ行けない。


 


 私は走って約束の場所に向かいました。花火がよく見える、高台の神社。いつも私たちが一緒に花火を見ていた場所に。小さなお社だけど、縁側に座って花火が見られるから特等席でしたね。私はいつものようにそこに腰掛けて、花火が上がるのを待ちました。ここまで届くような、大きな声のアナウンスの後、一発、二発と花火が上がる。連続した花火が少し上がった後、アナウンスが流れた。聞いたことのある声。花火師の師匠でもある、あなたのおじいさんの声でした。


 


「これは、私の孫が始めから最後まで作った、最初で最後の花火です。大切なお嬢さんへ向けた、一世一代の花火なんです。……嬢ちゃん、どうか、その目に焼き付けてやってくれ」


 


 火の玉が群青色の空に上がって。ふっと消え、パッと真っ赤な菊の花を空一面に咲かせた。……バカ、いくら何でも大きすぎるよ。


 


 硝煙の匂いが風に乗ってきました。ふと、隣から香ってくるシトラスの香り。……あなたが私に会う前につけていた、制汗剤の匂いでした。そうだ。あなたは、染みついて抜けきらない硝煙の匂いと混ざって、こんな匂いをしていた。涙が、止まらなかった。


 


「馬鹿よ。ほんとに馬鹿。あんたがいなきゃ、なんの意味もないじゃない」


 


 涙が浴衣にこぼれて、色を濃くしていきました。私は指輪を包むように、右手で左手を握りしめていました。


 


 


 ――愛してるよ、心から――


 


 


 手に、自分のものではない温もりが重ねられて、何故だかあなたがそう言ってくれている気がしました。……あなたはきっと、来てくれていたのでしょう? 私との約束を破る人じゃなかったもの。だから私、笑って言ったのよ? あなたが安心できるように。


 


 


 


 


「私も、愛してる。ずっと、あんただけだった。愛してるわ。これからも、ずっと」


 


 


 


 


 


 ……匂いは、温もりは、消えてしまった。悲しくはなかった。きっとあなたは待っていてくれているから。


 


 ***


 


 あれからもう、四十年が経とうとしています。私は独立して自分の花屋を開き、裕福では無いけど、一人静かに暮らしています。……そうそう、この間懐かしい顔が遊びに来てくれたのよ。あなたが庇った、子どもたち。もういい大人だったけど、面影が残ってた。結婚したんですって、二人。子どもも三人。なんと、その中の一人が私の花屋を継いでくれることになったのよ。私も通った専門学校に今通ってるんですって。卒業したら来てくれることになったの。楽しみだわ。私ももう歳だもの。一人じゃできないことばかりなの。


 


 ……ねえあなた。私きっともうすぐあなたの所に行くわ。待たせ過ぎちゃったよね。すっかりおばあちゃんになっちゃった私を、あなたは気付いてくれるかしら。……なんて、あなたは気付いてくれるに決まってる。


 


 ……転生って本当にあるのかしらね。あるのなら私、またあなたと幼馴染みに生まれたいわ。そうして今度こそ、あなたと一緒に生きていきたい。今生の記憶は無いかもしれないけど、それでもきっと私、あなたを好きになる。もう二度とあなたにいなくなって欲しくなくて、過剰なことしちゃうかもしれないわ。それこそ、犯罪まがいなことまで。それでもきっと、あなたはなんてこと無い顔でそれを受け入れちゃうの。今度は私が男に生まれたいわ。あなたは女の子で。それで私があなたを守るの。でもあなたはきっと、女の子でも私を救ってくれるの。自分の事に無頓着なあなただから、私が服のコーディネートしてあげて、メイクも教えてあげる。きっと私は来世も器用なままだもの。……ふふっ、なんでかしら、簡単に想像できちゃった。


 


 あなたがいなくなってから書き続けた手紙ももう、二千通を超えました。私が死んだとき、一緒に持って行きたいと思います。書きすぎだって怒られるかしら。きっと重くて大変だから、どうかすぐ側まで迎えに来てください。それでは、もう少しだけ待っていてください。


 


 愛しています。


 


 敬具 

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