仮面の告白。
ぼくは昔から女の子になりたかった。長いさらさらとした髪。ふりふりとしたスカートに、髪飾り。すべてが憧れの対象だった。だがぼくは生まれた瞬間からいや生まれる前から男の枠組みを超えることはできなかった。つまり女の子として生を受けることはできなかったのだ。幼少期から父は私に野球をやらせた。その時は地元球団が最盛期を迎えていて地元ではちょっとした野球ブームが到来していたのだ。そんなわけで僕は野球の練習をすることとなった。小学校の校庭にある鉄の壁の前でボールをその小さな手で抱えながら僕は「何回なげればいい?」と聞くと、父は「100回。10回を10回する。」と答えた。「わかった。」といい僕は壁にボールを投げ始めた。「1回、2回、3回....」これの何が面白いんだろう。僕には何もかもが分からなかった。僕には常識的な男の価値観が欠如していたのだ。
そんなわけで生活しているといつの間にか僕は高校生になった。高校受験のことはよく覚えていなかった。きっと覚えていないということはつまらないものだったのだろう。「パズドラの〇〇ダンジョンがさぁ...」昼休みにはクラスの男子は往々にしてスマホゲームのことを語っていた。僕は男が興味のある一般的なものには興味を示さなかったため当然のごとくその輪の中に入れなかった。
「谷口君どうしたの?」そう僕に話しかけてきたのは同じクラスで幼馴染の菅井だった。「いや特になにもないよ。何もないからこうなってるんだ。」と僕。「みんなと話さなくていいの?」と菅井。「いや、みんなが好きなものとか全然わかんないし、いいんだよ。」「そう。谷口もおとなしくなったねー。昔はあんなにはしゃいでたのに。」「そうだっけ。全然覚えてないや。」僕と菅井が話しているのをクラスのみんなは不思議そうに見つめていた。菅井は成績優秀、運動神経抜群、おまけに人柄もいい非の打ち所がない女の子だった。その菅井と僕なんかが話しているのを見て不思議なのは当然だった。そして何よりも菅井はかわいかったのだ。菅井が僕に話していると菅井の取り巻きの牧野は僕を睨んだ。「あのさ、もういいよ。」「ん?」と菅井。こいつはわかっているくせに分かってない振りをする。「僕がクラスで浮いてるのを見て気を使って話しかけてくれてるんでしょ。菅井も僕なんかと話したら評判が落ちるよ。」「それは...」図星だったらしく菅井は黙り込んで暫しの沈黙。「でもさ、」その瞬間に「ごめん。ちょっとトイレ。」と僕は席を外した。
放課後。気づけばもう夕日が落ちかけていた。僕は長い間補習を受ける羽目になっていたためこんな遅くに帰ることになった。電車の窓から夕日がさす。僕の目の前に座った会社員は眠そうに大きなあくびをしていた。その時、菅井が電車に乗ってきた。どうやら部活を終え、たまたま僕と同じ時間に帰ることになったらしい。「隣、いい?」特に断る理由はなかった。「うん。」と答えると菅井は隣に座った。部活後で制汗剤のにおいがした。「谷口君。今日はごめんね?」と菅井。「菅井は何も悪くないよ。」菅井はただただいい奴だった。僕のみじめさのせいで彼女に謝らせているのが情けなくて涙がこぼれそうになった。僕がうまくクラスになじめたら。もっとうまく菅井みたいにふるまえたら。ただつらかった。「菅井、明日からはさ無理に僕に話しかけなくていいよ。みんな噂してるの知ってるでしょ。僕と関わっても菅井はなんも得しないよ。むしろ損だよ、」「そんなことない。」菅井は食い気味に答えた。菅井のまっすぐな言葉とその瞳に僕は圧倒された。「別に私のことは気にしなくていいよ。評判とか気にしてないし。」菅井の優しさがすさんだ心に染み入るようだった。だけど菅井の優しさがひどく僕の心を突き刺した。「ごめんね。ごめん。」と僕。菅井の純粋な嘘偽りのない笑顔もみていてつらかった。涙がこぼれそうになる。目から涙がこぼれるのを菅井に見られたくなかった。「谷口君!?」僕は家にはまだつかないのに電車から降りた。車掌が「ドアが閉まります。」といいドアが閉まる。僕と菅井は永遠に隔絶されたように思えた。いつも走らないので動悸が激しくなる。僕は気づけばいつもの高架橋に来ていた。夕日が海岸線に沈む。夕日が海に溶け込んでいくようだった。僕は昔から些細なトラブルがあればここに来る。そしてこの夕日を眺めたものだった。家出した時もここに来たことがある。夕日が沈みかけるのを眺めていた。すると「谷口君!」と菅井が走り息も絶え絶えの様子でやってきた。小さなころ菅井と喧嘩をしたときもここで仲直りをした。だからここに来ていると分かったのだろう。「心配したんだよ。谷口君はほんと直ぐにいなくなっちゃうんだから。」と菅井が笑いながら言う。「ごめんね。なんかつらくて。」と僕が言う。「谷口君はさ、その、昔から他の男の子とはちょっと違うよね。なんかさ、みんなが外で遊んでる中、谷口君だけは教室の中にいたりしてさ。」「うん。」「私さ、谷口君の気持ちわかる気がする。うまくクラスで馴染めてるように見えてもあれは演技で本当の私じゃないんだよ。私の上っ面な個性。いつもこんな私でいいのかななんて考えたりしてさ。」「あのさ、実は僕、菅井だけに言うけど、昔から女の子になりたかったんだよね。」「知ってるよ。」菅井ははにかんで笑いながら答えた。「え!?そうだったんだ。」と僕。「私もさ、似た者同士だよ。いっつも仮面つけてピエロみたいに踊ってるんだ。」「あのさ、この高架橋から飛び降りたらさ、」「「僕(私)たちひとつになれる気がしない?」」僕たちは目を見合わせ笑った。結局幼馴染って考えてることまで似るんだねって。「ありがとう。好きだったよ。」僕たちは一緒に高架橋の地面を蹴り上げた。夕日が沈み切った頃、海からざぶん。と音がしたのだった。