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小さな一歩(4)

よろしくお願いします。

『魔法が無い?』


 エノ国の人間は特殊な能力を生まれつき持っていて、その能力を使って人々は協力し合って良い生活を送ることが義務付けられている。確かめるのは【診断魔法】と呼ばれる、どの様な魔法を持っているか調べる魔法のみだ。病院が杜撰では無い限り、診断忘れは無いだろう。それに何よりノエルさんはこの年になるまで普通に生きている。つまり「魔法が無い」ことを、周りの人は了承しているのだろう。


「うん、俺は【魔法診断】で何も感知されなかったんだ。この国に生まれたら魔法を授かるはずが、ただの人間が生まれたということだよ。俺の家は何というか、男は強く女は賢く…みたいな家だから俺は既に眼中外ってわけ」


 ノエルさんは諦めたように笑うと、ズボンのポケットから懐中時計を引っ張り出して時間を確認した。そして私の方を見ると言う。


「そろそろ戻らないと、また来ても良いかな?」

『ぜひ!晴れの日は来てるので、色々とお話しましょう』


 書いた紙を見せると、先ほどまでの曇っていた表情が明るくなり嬉しそうに笑っている。書いた紙を膝の上に戻していると、ノエルさんは立ち上がってから振り返る。そしてペンを持っていない私の手をさり気なく握って口元に寄せた。


「ありがとう、また明日……だね」


 手の甲に柔らかく温かい何かが一瞬だけ当たった。しかしそれは直ぐに離れると同時に私の手も解放される。私は何が起きたかわからず最初はポカンとしていたが、状況が読み込めた途端に顔が熱くなる。


(今の温かいのって、もしかして唇……)


 気づけばノエルさんの姿は消えていた。周りにはいつも通り野生動物たちが日光を浴びて寝ているようだ。動揺と混乱が同時に来て、今すぐでも叫びたいくらい。手の甲には未だに熱の感触が残っているような気分になって再び羞恥心が押し寄せてくる。せっかく作ったサンドイッチを一緒に食べるタイミングが無かったことに気づくのはもう少し後だった。


 この日以来、晴れの日は二人で他愛のない会話をするのが日課になった。あの手の甲キス騒動はノエルさんがケロッとした顔で来ているせいで言及できていない。


『ノエルさんは苦手な食べ物ありますか?』

「俺は辛いものが苦手かな…激辛料理食べて美味しいと思ったことない。リズは苦手な食べ物とかあるの?」

『私は苦いものが苦手です。だからコーヒーもお砂糖は沢山入れます!』

「へ~可愛いね」


またある日。


『マフィンを作りました。食べますか?』

「いいの?やった!昼ご飯食べるの忘れてたから助かったよ!」

『お昼ご飯を食べ忘れた?』

「そうそう、いま新種かどうか調べている花があるんだけど、あれやってると没頭して時間すぎるの忘れるからさ……ありがたく一ついただきます」

『お口にあったら良いのですけど』

「……美味しい!こんな美味しいもの毎日食べられる人がいたら幸せ者だね」


別の日。


『顔色が悪いですよ?』

「ああ、普段は研究所に泊まり込みなんだけど、久しぶりに実家に帰ったら疲れちゃった」

『ご苦労様です。ところでノエルさんは一人っ子なんですか?』

「いや、三人男兄弟の真ん中。兄も弟も優秀だから、俺みたいな魔法も使えない人間は相応しくない家だよ……全くね」

『ノエルさんは国の発展の為に研究をしてくださっているのですよね?とても凄い事だと私は思います!』

「ありがとう。騎士の国として名高いエノ国では研究者は蔑ろにされがちだから、純粋に認めて貰えるのは嬉しいことだよ。ところでその、図々しいのは承知なんだけど…ひ、膝枕お願いしても良いでしょうか?」


 何日か一緒に過ごしていると、ノエルさんがどんな人なのか私は何となく理解してきた。例えばノエルさんは感情表現がとてもストレートで、その上実行力もある人ということ。

 膝枕も、研究者仲間から教えてもらったから体験したかったと、珍しく顔を赤らめながらノエルさんは言っていた。私が頷くとノエルさんはぎこちなく頭を乗せてきて、いつもより低い位置にある顔をまじまじと見てしまう。


(わあ!肌もきめ細かい……それに目もキラキラしてて本当に綺麗だな~)


「リズ、見つめられると恥ずかしいんだけど」


 私は言われてから気づく。膝枕をして目を合わせて、まるで恋人同士のような甘い空気になりかけていることに。慌てて顔を上げると森の奥の方を見た。珍しく野生動物すらいない二人だけの空間はムズムズする。ノエルさんも特に話しかけてくる様子が無い。それどころか規則正しい呼吸音になっている。


(あれ?)


 チラリとノエルさんを確認すると、私のお腹に顔を向けるようにしてノエルさんは寝てしまっていた。少し体を揺らしてみたが起きる気配が無い。日々の研究や家のことだろう、最初に会った頃より明らかに顔色が悪くなっていたノエルさんが寝てしまうのは仕方が無いことかもしれない。私は何の気もなくノエルさんの頭を優しく撫でた。サラサラとした髪の毛が指の隙間を通り抜けていく。どのくらい経っただろうか。


「んん……」


 ノエルさんは小さく声を発してから、薄目を開けた。寝ぼけているのか、目が合うようにノエルさんは正面を向くと私の顔を見て優しく笑う。私もそれに応えるように微笑むと、ノエルさんは私の頬に手を伸ばし、そっと撫でる。私の頬を簡単に覆えそうなほど大きな手に胸が熱くなる。しかしノエルさんは手を降ろすと再び目を閉じて眠ってしまった。


(今のは何!?)


 起きた時に一度目を覚ましたのを覚えているか確認したが、ノエルさんは何も覚えていなかった。あの時の情けない自分の顔を見られていないことに安心したものの、どこか心の中では失望している自分がいたのだった。

読んでいただきありがとうございます。

もしよろしければ評価のほうをよろしくお願いします。

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