表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

運命の出会いは森の中で(3)

休みの日は比較的に読者が増えるので投稿します。

つまりストックが消費されるということです!

「「「ジャーンケーンポン!」」」


研究室内に響く三人の男女の声。


「よっしゃ!じゃあノエルが取って来てね」

「紫色の花だからね?覚えた?」

「わかったよ」


 俺、ノエルは研究所の裏口の扉から出ると〈エノの森〉へ入った。途中で白衣を着たままであると気づくが戻るのも面倒だから羽織ったままで目的地に進む。

 俺が向かおうとしているのは最近見つかったとされる〈妖精のお立ち台〉と呼ばれる森の中で最も奇妙な場所である。そこは気が滅入りそうなほどに暗い森の中に突如現れる、唯一太陽が出ている場所のことを指している。中央に樹齢が500年程の木の切り株があり、様々な花が咲いている神聖さを込めて研究仲間の間ではそのように呼ぶらしい。民間人が入って来て荒らすことのない場所なので、珍しい花が盗まれることなく咲いているのだ。

 俺はエノ国の研究所で働くごく普通の研究者である。今回俺が探しているのは、そんな〈妖精のお立ち台〉の周りに咲いていると言われている、資料に一切描かれていない新種かもしれない紫色の花だ。その花には特殊な効果があるかもしれないらしく、研究材料として少し採取しようと決まった。


(初めてジャンケンに負けた。さっさと見つけて採って帰るか)


 所々で野生動物を見つけて警戒をするが、人間に興味が無いのかフイと顔を反らして何処かに行くような動物ばかりだ。最初は自分に興味が無いからだと思っていたが、行動に法則があることに気が付く。


(あれ?同じ方向に向かって歩いている)


 動物たちは決まって〈妖精のお立ち台〉がある方向を見ている。そしてまるで何かに引き寄せられるように、そちら側へ歩いて行く。目的は恐らく違えども、俺も野生動物たちと同じ方向へと向かった。

 更に数分歩いた頃だろうか。それは唐突に、風に流されるようにして俺の耳に届いた。


「~♪~♪~♪」


透き通るような優しい歌声。余りにも美しいその声に、心臓がおかしくなっている。


(なんだ?)


 手が震えている。今すぐにでも声の主を確認するために走り出したい気分になってきた。感じたことのない高揚感が暴走し始めている。


(なんだなんだ!?抑えろ、抑えろ、深呼吸だ!)


 震える手を反対の手で抑えて、ゆっくりと深呼吸をする。何度も繰り返していると、体の中で暴れまわろうとしていた欲が冷めていく。むしろ自分が急速に落ち着きを取り戻したことが一番驚くべきことだ。


(さっきの一瞬だけ起きた体の異常は何だったんだ?それにこの声の主は?野生動物たちもこの歌声に反応しているようだし……気になる)


 小走りになって森を抜けていく。時々歌声が流れてくるが、先ほどのような不整脈になる事はない。むしろ急いでいることが原因で心拍数は益々上がっている。


そして見つけた。


(ここが〈妖精のお立ち台〉か。そして切り株の上に寝転がっているのは……)


 お立ち台の上に女性が寝転がっていた。気持ち良さそうに歌を歌っている。彼女の歌声に引き寄せられた動物たちが日光に当たって日向ぼっこをしている。そして他の研究員が言っていたように色とりどりの花々が咲いていた。


「綺麗な歌声ですね」


 気づけば俺は声をかけていた。驚いたように起き上がって女性はこちらを見てくる。薄い紫色の腰ほどまで伸びているウェーブした髪、新緑のようなはっきりとした緑色の瞳、小さな鼻と唇の可愛らしい人がそこに座っていた。


(妖精?)


 圧倒されて次の言葉が出てこない。女性の方は女性の方で俺の顔を見て目をキラキラさせている。見つめ合うこと数十秒。女性はハッとした表情を浮かべて立ち上がった。その一連の行動を見て自分も我に返る。


「あ、ちょっと!」


 呼び止めるも時すでに遅し。女性は脱兎のごとく〈妖精のお立ち台〉から逃げていってしまった。遠くて届くわけないのに、捕まえようと空を掴んだ手を引っ込める。動物たちも彼女が帰ったのを確認して解散しているようだ。俺は混乱した頭で切り株に近づいた。


「何だったんだ?」


切り株の表面に触れてみると、ほんのりと温かい。そこに人がいた確かな証拠だ。


(何者なんだ?ダメだ全く分からない。とりあえず花を採って戻るか)


 本来の目的である紫色の花を摘もうとして視線を切り株から逸らすと、一冊の本が落ちていることに気が付いた。真っ赤な表紙の、何度も読まれているのかボロボロになりかけている分厚い本だ。試しにページめくってみると、騎士と羽の生えた女性が向かい合っている絵が描かれている。恐らく恋愛小説だろう。


「騎士…か」


 自分が大きな鎧を着ている想像をして馬鹿らしくなる。こういうのは似合う人がやれば良いのだ。少なくとも自分には似合わない。それに向いてない。


「雨が降ってはいけないから回収しておくか。明日また来たら良い」


 俺は本を閉じて小脇に抱えると、紫色の花を採取して来た道を戻り始める。明日またあの女性に会えるかもしれないと考えると、俺は少しだけ、ほんの少しだけ嬉しくなった。

読んでいただきありがとうございます。

もしよろしければ評価のほうをよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ