学校建設
実は、私が侯爵家令嬢であることをこの街ではあかしてはいない。
そんな中で目の前のシスターは、私の身分をしる数少ない人間だった。
それ故に明らかに丁寧な物腰となるシスターに、私は思わず苦笑する。
「……今の私はただの商人の娘よ。そんな過度な出迎えなんていらないわよ」
「いえ、ここまで孤児院に親身に尽くしてくださる方に礼をなくした対応などできません」
そう言って、かたくなに態度を変えないシスターに私は何も言えず笑う。
といっても、このシスターも子供達の前ではきちんと親身に接してくれる。
ここで必要以上に柔らかい態度を求めるのも酷な話だろう。
そう判断した私はこれ以上そのことに言及する事をやめて、代わりにあることを伝えるべく口を開いた。
「そう、シスター少しお願いがあるのだけどよろしいかしら?」
瞬間、シスターの顔に緊張が浮かぶ。
しかし、覚悟を決めたようにシスターは私にまっすぐな視線をむける。
「何なりと。マーガレット様のご温情がなければ、ここにいる子供達は半数も生きていなかったでしょう。子供達も恩返しをさせなければなりません。……ですが、どうか幼少の子供達だけは避けてあげてください」
悲壮な覚悟を滲ませるシスターに、私は再度苦笑する。
これは、大きな勘違いをされているな、と。
といっても、この反応は決しておかしなものではなかった。
通常貴族が貧民、それも孤児になにか依頼するときなど、使い捨ての依頼だ。
……そして、それを理解してもいきる糧を得るために依頼を受けざるを得ないのが、孤児という存在だ。
といっても、そんな危険なことを頼むつもりなど私にはなかった。
「では、孤児達に希望を募っておいてくれますか? ──学校で知識を学びたい子供はいるかと」
「……っ!」
瞬間、シスターの顔に明らかな安堵と、それと比にならないほど大きな驚愕が浮かんだ。
そのことに気づきつつ、私は言葉を続ける。
「私は今後、孤児にむけて学校を開き保護、そして教育することを考えています。その試験段階として、ここにいる子供達を学校に通わせて頂きます」
「……マーガレット様」
茫然とつぶやくシスターの声はかすれていた。
長く生きてきただけあり、シスターは理解しているのだろう。
私の申し出は、孤児達の未来を大きく変えると。
そんなシスターに私は微笑みかける。
「ハンスという逸材が孤児から出てきた以上、その貴重な人材を見逃す手はありません。これからの侯爵家には多くの人材が必要なのですから。なので協力して頂いてよろしいですか?」
「はい! ……本当にありがとうございます」
「いえ、これも侯爵家の未来を切り開く為ですから」
そう涙を流すシスターに私はあくまで、公務だという態度を崩さない。
……しかし、内心ではこうして素っ気ない態度を取るのに必死だった。
嗚咽を聞きながら、私はふと思い出す。
婚約破棄されたとき、歩むのをやめようとも考えたそのときを。
けれど、こうして歩むことをやめなくて、本当によかった。
そう、小さく私は笑みを浮かべた……。