ハンスの怒り
私を見つめるハンスの目には、隠しきれない怒りが浮かんでいた。
「……正直、マーリク様も私はよくは思っておりません。あの方がお嬢様の婚約者にならなくてよかったとも思っています」
それは本来執事の身分として行きすぎた言葉。
けれど、その言葉の根本にあるのが自分への心配だと理解できた私はあえてとがめない。
「それでも、あの女のやったことは絶対に許せない! 俺は……」
「ハンス口調が乱れているわよ」
「……っ! 失礼しました」
しかし、さすがに冷静さを失ってきたと止めた私に、ハンスはわずかに顔を赤くして頭を下げる。
わずかにみえるその歪んだ顔は、ハンスの情けないところを見せたという後悔を物語っていた。
それを見て、私は思わず笑ってしまいそうになる。
その表情こそが、ハンスがどれだけ私を大切にしてくれているかの証明だと理解できたから。
ハンスは知りもしないだろう。
あの時、私がアリミアなんてどうでも思えた理由は、ハンスの存在であることを。
あの時アリミアに言った言葉は、全て私の心からの言葉だったのだ。
……しかし、流石にそのことを本人に言うのは照れくささを感じる。
だから私は、代わりにハンスの頭へと手をのばした。
「ほんとに貴方はいつも過保護ね」
「……っ! お嬢様なにを!」
次の瞬間、私に頭を撫でられていると判断したハンスの行動は早かった。
下げていた頭を勢いよく上げ、椅子からはねるように立ち上がる。
その顔は先ほどの怒りとは違う理由で真っ赤になっていて、そのことがさらに私の笑みを誘う。
「お、お嬢様こういうことはやめてほしいとあれだけ……」
「あら、昔は撫でてあげると喜んでくれたのに」
「昔の話を持ってこないでください! 今はもう私も成長しているのです!」
「残念だわ。昔はあんなにかわいかったのに」
「お嬢様!」
さらに顔を赤くするハンスに、うまく誤魔化せたし、さすがにもうからかうのはやめておこうと判断した私は、椅子から立ち上がり伸びをする。
「ん、んんー! それじゃ、今日はここまでにしときましょ、ハンス」
「……もう、そんな時間ですか」
そういって、時計をみるハンスの腕をとり、私は上目遣いせ笑いかける。
「それじゃ、今日も息抜きに行きましょうか」
「……はい」
私の言葉に、顔を赤らめて返事をするハンスに、先ほどまでの怒りはもうなかった。