最後の会話
マーリクが去った後、私達のいる部屋の中を支配したのは、私の鼻をすする音だけだった。
時々、水を机の前に準備し、涙を拭く布を用意すること以外、何の音も立てずにハンスは立っていた。
まるで、私が落ち着くまで待っているように。
その存在を感じながら、私は内心呟く。
……またやってしまったと。
今回、私は分かっていた。
ハンスがいなければ、私はまたマーリクの言葉に踊らされていただろうと。
そう理解し、私は唇を噛みしめる。
今回はハンスに頼るつもりなど無かったのに、と。
「……ハンスだけには迷惑をかけるつもりはなかったのに」
なぜなら、私がマーリクと話せるだけ回復したのは、ハンスのおかげなのだから。
前にも言ったよう、マーリクの言葉に私は少しの間は立ち直れなかった。
あんな風に否定されたのは初めてで、だから私は何も信じられなくなっていて。
そんな時に私を立ち直らせてくれた人こそ、ハンスだった。
そんなに気になるならば、確認に行けばいい。
そういってハンスが、お父様を引きずり出してきた時を、私は一生忘れられないだろう。
その時の会話があったからこそ、私は今こうしてマーリクと話すことが、過去を完全に乗り越えることができた。
「本当に、私は……」
けれど、その為にまたハンスに迷惑をかけたことを、私は強く悔やむ。
またこんな風に迷惑をかけるなんて、どういう風にハンスに謝罪すれば、そう私は考えて唇を噛む。
──お嬢様、私が保証しましょう。貴方がすばらしい人であることを。
私の脳裏にふと、ハンスの言葉が蘇ったのは、そんな時だった。
その瞬間、私はとっさに自分を自制しようとする。
困らせておいて喜ぶなど、不謹慎だと。
……けれど、その自制心が長く持つことはなかった。
何せ、自分の大好きな人が、自分を身をはって助けてくれたのだ。
普段ハンスは私を主として線を引いているこそ、そんな態度をとってくれるのは珍しく。
どうしようもなく、私にはうれしかった。
そして、そんなことを考えていただろうからか、私はさらに自分を信じられなかった時、ハンスに告げられた言葉を思い出してしまう。
──ハンスが、私に告白してくれたその瞬間を。
その瞬間、私の顔に急速に熱が集まってくる。
それを感じながら、私は思わずにはいられなかった。
……ここで、ハンスに顔をみられてなくてよかったと。
けれど、私の幸運は長くは持たなかった。
「お嬢様、少しよろしいですか?」
空気が変わったと思ったのか、ハンスが口を開いたことで。
「は、はひ!」
「……本当に大丈夫ですか?」
想像していなかったタイミングに声をうわずらせた私に、ハンスが心配をにじませてそう問いかけてくる。
それに罪悪感を感じながらも、なんとか平静を装えた私は口を開いた。
「ちょっと、びっくりしただけだから大丈夫よ。それで話って?」
そう私が半身で振り返り告げると、ハンスは怪訝そうに、けれどそれ以上深堀することなく口を開いた。
「えっと、少しお聞きしたいことがありまして」
「何について?」
「お嬢様に慕う男性がいるというのは本当ですか?」
「へ?」
瞬間、私が繕った平静が消え去る。
「お、お嬢様……?」
余程間抜けな顔をしていたのか、ハンスが心配そうにそう尋ねてくる。
しかし、今回ばかりはすぐに取り繕うことはできなかった。
……どうして今、そんなことを聞いてきたのか、私の胸の中疑問が走り回る。
それらの疑問を、震える手で紅茶を飲み、何とか流し込んで、私は笑みを顔に張り付けた。
「そんなこと聞くなんて、思ってなくて驚いたわ」
「……気になるに決まっているでしょう」
押し殺したハンスの声に、私の手が大きく震え、机におこうとしていた紅茶がさらにこぼれる。
「お嬢様?」
「何でもないわ」
不思議そうな顔をするハンスに、内心この鈍感執事と叫びながら、私はなけなしの平静を顔に張り付ける。
そして意を決して口を開いた。
「ええ、本当よ。私には好きな人がいるわ。……それで、だとすればどうしたの」
私の言葉に、一瞬悩んだあとハンスは決意のこもった表情をその顔に浮かべ、口を開いた。
「大切な話がお嬢様にあります」
瞬間、私の指からカップがすり抜け、机へと落下した……。
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