最後の会話
「なあ、知っているか? お嬢様は一人で声を押し殺しながら泣くんだ。それがどれだけ痛ましいか、貴様には分かるのか?」
ハンスはそう淡々と告げる。
しかし、それは感情をこらえているだけにすぎなかった。
「そして、お前を守ろうとすれば、どれだけお嬢様が不利益をかぶることになるか知っているか? 今、伯爵家にお前から手を引くように説得する労力が、この改革において不利益とならないわけがないだろうが」
ハンスは怒りを隠そうともしなかった。
肌が焼けるような怒気を発しながら、ハンスはマーリクを睨みつける。
……その頃には、マーリクは呆然とハンスを眺めることしかできなくなっていた。
「それでも、お嬢様はお前にもう一度手をのばすことを決めた。傷つけられ、損しかないと知って、それでも幼なじみを救うために手をのばした」
ハンスの言葉、それは私の心を完璧に言い表していて。
……聞いている内に、気づけば私の目は一度乾いたはずの涙で濡れていた。
私は必死に涙をこらえる。
またこの人の前で涙を流すのは恥ずかしすぎると、自分に言い聞かせながら。
「──お前が泥を浴びせ、振り払ったのはそんな手だ」
「……っ!」
しかし、無理だった。
その言葉を聞いた瞬間、私の目から堪えきれず涙があふれ出す。
私の思いによりそい、代弁してくれるハンスの言葉。
それはあまりにも暖かくて、その暖かさをしって涙を堪えることはできなかった。
「ちが、違うんだ、俺は……」
呆然とした様子のマーリクが口を開いたのはそのときだった。
その顔に、隠しきれない罪悪感を浮かべ、こちらを見てくるマーリク。
その姿から、私はようやくマーリクが全てを正確に理解したことに気づく。
……けれど、それはあまりにも遅かった。
「もう、終わりにしましょう。幼なじみという関係も、元婚約者という関係も全て」
その言葉に、絶望を顔に浮かべ……けれどそれ以上マーリクが何か言うことはなかった。
ふらつく足取りで、マーリクはゆっくり扉の方へと歩いていく。
その背中へと、私は最後となる言葉をかけた。
「……伯爵家には言わないでいてあげる。だから、早くこの街から逃げなさい」
「っ!」
マーリクの顔はこちらからは見えない。
けれど、その背が一度震え、マーリクはゆっくりと扉から出て行く。
「……すまなかった」
それが私とマーリクの最後の会話だった。




