踏みにじられた慈悲
一瞬、ハンスの言葉にマーリクは言葉を失う。
しかし、そうして黙っていたのは一瞬の間だった。
その表情を再度怒りに染め上げ、口を開く。
「……ふざけるな! そんな言葉を信じられる訳があるか! 何が慈悲……」
「お前は、実家のことを何も知らないのだな」
「……え?」
呆然と言葉を止めたマーリクにどうしようもない人間を見るような目を向けながら、淡々とハンスは告げる。
「お前の実家の伯爵家は、お前のことを罪人として追っている。全ては、家の評判を汚したお前を自ら制裁することで、名誉を回復する為にな」
「は?」
「嘘だと言いたげだな。だが真実だ」
そこで私はマーリクへと口を開く。
「ハンスの言葉は本当よ」
「そんな、いや、まさか父上が……」
瞬間、呆然としたマーリクの顔を強引に持ち上げ、ハンスは吐き捨てる。
「お前にそんなことをいう資格はないだろうが。お前が裏切られたんじゃない。──お前が裏切ったんだから」
「……っ!」
自分のおかれた状況をようやく理解したのか、マーリクの顔から血の気が引いていく。
けれど実のところ、それはマーリクがようやく理解したのは、話の前提にすぎなかった。
そのことを示すように、ハンスは淡々と告げる。
「ここからがようやく本題だ」
「え?」
「これだけの話をして、まだ分かってないのか? お嬢様がどれだけの覚悟を持って自身の商会に引き入れると言ったのかを」
……マーリクの顔にわずかながら期待が浮かんだのは、その瞬間だった。
そしてその表情のまま、マーリクは何かを言おうとして。
それが言葉になる前に、ハンスがマーリクを再度殴り倒した。
「あがっ!」
その拳は先ほどよりは弱い威力、とはいえよろめきマーリクは態勢を崩す。
しかし、胸ぐらをつかんだハンスが、マーリクが倒れ込むのを許しはしなかった。
突然のことに文句を言おうとでもしたのか、怒りの炎を目に浮かべ、マーリクはハンスを睨もうとする。
「ひっ!」
……だが、その怒りはハンスの顔を見た瞬間消え去ることになった。
私の方からは、ハンスの表情を伺うことはできない。
「お前はどれだけお嬢様に泥を塗れば気が済む?」
だが次の瞬間、顔を見るまでもなく、私はハンスの怒り具合を理解することになった。




