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その人は

「なあ、嘘だよな? 下働きなんて、何かの冗談だよな?」


 そう震えた声で訪ねてくるマーリク。

 その姿に対し、私の方が唖然と立ち尽くすことになった。

 しかし、背後ハンスが動いたことで、私は正気を取り戻す。


「……ハンス、大丈夫だから」


「っ!」


 怒りを隠せず、それでもハンスが下がったのを確認して、私はマーリクに視線を戻す。

 そんな私に、マーリクは感情的にまくし立て始めた。


「ふざけるな! 俺は伯爵令息だぞ? こんな扱いをされて……」


「悪いけどマーリク。貴方はもう貴族じゃないわよ」


「……っ!」


 私へと、憎悪を込めた目でにらんでくるマーリクを、私は、真っ正面から見返す。

 その私の様子に一瞬マーリクが気圧されたように唇を噛むが、次の瞬間その目がさらなる激情に濁った。


「相変わらずだな、マーガレット。冷酷にかつての知りあいに対してそんな対応をとるのか」


「縋りついてきただけの人間に、そう言われるとは思わなかったわ」


「なっ!」


 そんなマーリクを、私は鼻で笑ってみせる。

 その私の様子にマーリクの顔が屈辱で朱にそまり、けれど次の瞬間、マーリクは薄ら笑いを浮かべ、口を開いた。


「お前は確かにそういう人間だったな。助けを求める人をまっすぐにみない。……だから、お前は気づかないんだよ」


「なんの……。いえ、そんな戯言聞く価値もないわ」


 そう断言するも、私の内心は動揺が走っていた。

 その私の様子に、マーリクは大きく口元を歪めた。


「おっと、俺がこれだけ聞いているというのに、お前はまるで知らないのか?」


「だから、そんなでたらめ……」


「勝手な改革を押し通す侯爵の一人娘。……仕事を奪われた人間がどれだけその存在を恨んでいるかを、聞いたことあるのか?」


「っ!」


 それがマーリクの狙いで、本当かどうかなんて分からない。

 そう、私は理解している。

 それでも、私は自分の動揺を押し込めることはできなかった。


 ……実際に私は、多くの人の仕事を奪ってきたのは事実だから。


 もちろん、サポートもなしに職を奪った訳じゃない。

 それでも、少なくない反発があったことは私の記憶にも残っていて、私は固まってしまう。


 けれど。


「汚い口を閉じろ屑」


「がっ!」


 ──そんな私の代わりに動いてくれる一人の人影があった。


 不意打ちの殴打になんの反応もできず、吹き飛ばされるマーリク。

 それを冷たく一瞥し、その状況を作り出したその人は歩き出す。


「本当に腹が立つな貴様。最低限の配慮をしていたこちらが馬鹿のようだ」


 そして、何があっても私に傷一つつけない、そう言外に語るように私とマーリクの間にたったその人……ハンスは私に優しく笑いかけた。


「お嬢様、私が保証しましょう。貴女が素晴らしい人であることを」


「ハン、ス?」


「もちろん、お嬢様に恨みを持つ人間が皆無とは私にも言えません。けれど、お嬢様に救われ、その近くで働きを見てきた者として、これだけは誓えます」


 そういって、優しく私の頭をなでながら、ハンスは告げた。


「お嬢様に恨みを持つ人間の何百倍の人間が、お嬢様に感謝していると」

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