忘れられない記憶
その日のことを私ははっきりと覚えている。
いや、もうこの先忘れることはできないかもしれない。
なぜならその日は。
「婚約を破棄してくれ、マーガレット」
……私、マーガレット・ムストワールの全てを否定された日なのだから。
最初、私はその言葉の意味が理解できなかった。
思わずその言葉の主……婚約者である伯爵家令息マーリクを見返す。
「……何を言っているの?」
そのとき、私がそう言ってしまったのも仕方ないことだろう。
それ程にも非常識な言葉だったのだから。
そもそも、マーリクに婚約破棄などを行う権限などありはしない。
何せ、マーリクは侯爵家の分家たる伯爵家の令息で、侯爵家の入り婿でしかないのだから。
両親ではなく私に婚約破棄をいいにきている時点で、そのことはアルクも理解できているはずだった。
けれど、そう言外に滲ます私に対し、マーリクはさらに告げる。
「……好きな人ができたんだ。その人の為に、婚約なんて早く解消したい」
瞬間、私の顔がひきつったことを責められる人間はいないだろう。
入り婿という意味をマーリクは理解しているのだろうか、そう私は思わず言いたくなるがなんとかその気持ちを奥にしまい込む。
とりあえず、その相手を確かめないと話は進まないのだから。
頭痛を堪えながら、私はマーリクに尋ねる。
「とりあえず、その相手は貴族じゃないでしょうね? まさか、噂になるような行動をしたりもしてないわよね」
「……っ」
瞬間、無言になったアルクに私の中で血管が切れる音がした。
「なにを考えているの!?」
「だって彼女から……」
「そういう問題じゃないのよ!」
アルクを睨みつけ、私は叫ぶ。
「貴方が愛人を持つことまで私も止めようとはしないわ。でも、第二夫人をもてるような身分は貴方はない……」
「第二夫人なんて彼女に許される訳がないだろう!」
今まで青かったアルクの表情が変わったのはそのときだった。
怒りに顔を染めながら、マーリクは私を睨みつける。
……嫌な予感を私が覚えたのはそのときだった。
この発言の理由が、マーリクが相手の女性に入れ込んでいるだけなら問題はない。
だが、そうでなかったら……相手が高位貴族であったならば。
その可能性が否定されることを祈りながら、私はアルクに問いかける。
「……相手は誰なの?」
「公爵家令嬢のアリミナ様だ」
自慢げな様子を隠そうともせず、そう告げたマーリクに私は茫然と立ち尽くすことになった。
番外編を完結までかけたので、投稿させて頂きます。
自称ヒロインもエンディングまで書いて、近日中に投稿できれば……。