6話ネフィルティティ2
春江は、猫耳少女のフィギュアを見つめて楽しそうにしています。
エドは、少し難しい顔をしていました。
「どうか、しましたか?」
メフィストは、エドに声をかけました。エドは、そこで、はっとしたように慌てて笑顔を作りました。
「いえ、何でもありません。フィギュア…と言うものがよく分かりませんので考えていました。」
エドは、何か、心に引っ掛かるものがあるような顔で言いました。
「確か、エドさんは、珈琲カップの物神ですよね?」
メフィストがエドに聞いた。
「はい…。私は、大正時代に英国の陶磁器の製作方法を模倣されて作られた、珈琲茶碗の精霊です。」
「だからですかね?抜けるような透明感のある滑らかな肌。開きかけのエデン・ローズの花弁のような華やかで清楚な唇…女性のような美しさをしていますよね?」
メフィストは、エドに謎かけでもするように質問をする。
その様子が、少し不躾に見えて、家守が心配そうに二人を見る。
が、エドは、メフィストに屈託なく答える。
「そうですね。私を作った人間は、無口で一人、山で暮らしているような男性でした。
私は、彼の為のカップですから、冒険活劇の色男をイメージしてしたのかもしれませんね。」
「そうでしたか。分かります。わかりますよ。
私、メフィスト フェレスも、悪魔と呼ばれた時期はありますが、人間が劇で使ったので、この通り、見目麗しい姿なのです。」
メフィストは、自分の姿を自慢し、家守と春江を呆れさせました。
が、メフィストは、そんな事を気にする風でもなく話を続けました。
「ええ。男という生き物は…それが精霊や妖怪であっても、心に住む、美しい女を永遠に閉じ込めたいと考えるもの…なのかもしれません。
古代、エジプトでは、亡くなった人の魂が帰る時まで肉体を保存しようとミイラを作りましたが、美しいまま、とは、行きませんからね。
紀元前1345年。身分違いの恋をした彫刻家トトメスは、使いなれた商売道具で、永遠の恋人を作り上げたのです。」
メフィストのロマンチックで物悲しい語りに、春江は思わず聞き入りました。
「で、どうなったの?」
春江が自分を食いつくように見つめることにメフィストは、いい気持ちになりながら話を続けました。
「トトメスは、王家のために彫刻を作るのが仕事でした。
それ故、普通、見ることが叶わない美しい王妃の姿を見ることが許されたのです。
彼は、この王妃に恋をしました。けれど、王妃と彫刻家…いいえ、例え、トトメスが王だとしても、アメンヘテプ4世の妃に手を出すことは叶いません。
それでも、彼は王妃を近くで見つめることが出来るだけで幸せでした。
そう、彼女が亡くなるまでは!」
メフィストが大きな声をだし、春江は驚いてメフィストを見ました。
「死んでしまったの?」
「死んでしまったのです。」
メフィストは、深く頷いてさらに話を続けました。
「美しい王妃、ネフィルティティの死を王様も嘆き、彼女に関するすべての記録を消し去りました。
トトメスはそれを悲しみ、自分に出来る…すべての技術をかけて、石灰岩にネフィルティティの美しい姿を残したのです。
その時、彼は、胸像に魔法をかけました。
あの方の美しさが永遠でありますように。
そうして、王にこの胸像が奪われませんように。と。」
メフィストのロマンチックな語りを、家守は呆れながら聞いていました。
随分と、史実からロマンチックに創作している気がしたからです。
それでも、恋ばなにトキメク春江の姿に負けて知らない顔を決め込みました。
「トトメスは、王妃の右目を作りませんでした。
そうする事で、王に見つかったとしても、製作途中だと言い訳が出来るからです。
その魔法は、成就しました。
トトメスは死ぬまでネフィルティティの胸像と暮らすことが出来ました。
トトメスは、死の国へと旅立つ事が叶いました。しかし、右目の無い王妃の胸像の魔法は続き、1912年、ドイツ人の考古学者に発見され、現在ではベルリンで美しい姿で永遠の魔法の中で暮らしているのです。
ですから、いまだに、彼女は、王家…エジプトに戻ることが叶わないのです。」
メフィストの話を聞きながら、エドは、不思議な既視感を感じていました。
自分を作ったあの人物は……何を思っていたのだろうか?
ふしくれ、日焼けした両手で、その男は、エドの依り代のカップを愛しそうに包み込んでいました。
それは、恋人に語りかけるように優しい一時。
エドは、そんな風に考える自分が不思議に思えました。
なぜなら、エドは、冒険活劇の探偵の姿を貰い、男性の魂を持っていたからです。
すいません。予定より長くなっているので、途中で少し、変更するかもしれません。
次は、エドの物語です。